本を読む #001〈ホルモン焼きとゴルフ〉

①〈ホルモン焼きとゴルフ〉

                                 小田光雄(2016.2.15)

 馬齢を重ねて早六十有余年、本を読み始めたのはこれも半世紀前のことで、思い起こせば、それは一九六〇年代半ばだった。

 ここでいう「本」とは時代小説や推理小説を始めとする当時の「大衆文学」をさし、時代がそうだったように、出版業界もまた、それらの多くが出された高度成長期であった。だが現在と異なり、文庫全盛期ではなく、新潮文庫や角川文庫のセレクションには多く入っておらず、光文社のカッパ・ノベルスや講談社のロマン・ブックスといった新書が主たる供給源といえた。例えば、これはロマン・ブックスではなかったけれど、山田風太郎の「忍法帖」シリーズにしても、講談社から新書で出されていたのである。ロマン・ブックスに関しては、原田裕『戦後の講談社と東都書房』(「出版人に聞く」14)を参照されたい。

 

 大藪春彦を読んだのも新書判で、徳間書店から『諜報局破壊班員』を第一巻とする「オーヤブ・ホットノベル・シリーズ」が刊行され始めるのは一九六五年のことで、このシリーズで大藪を読むようになったと思われる。だがここでその大藪の『蘇える金狼』のことを書くつもりで確認すると、この作品はそれにラインナップされておらず、六四年に徳間書店の前身にあたるアサヒ芸能出版の平和新書として刊行されたことを知らされた。それ以前にも以後も単行本としては刊行されていないはずだから、その装丁などは記憶していないが、私もこの平和新書で読んだのであろう。なおアサヒ芸能出版と徳間書店の関係は、宮下和夫『弓立社という出版思想』(同前19)で言及されている。

 

 それはともかく、何よりも大藪の小説群が若年の読者にとってインパクトをもたらしたのは、それらがクライムノベルそのものとして提出されていたからだ。主人公たちは国家や社会に敢然と抗する存在に他ならず、しかも殺人や犯罪を犯しながらも、『野獣死すべし』の伊達邦彦のように捕らわれることなく、海外へと留学し、そして何もなかったように帰国してくるのだ。

 

 一方で、同じ頃読んでいたカッパ・ノベルスの松本清張に代表される社会派推理小説において、犯罪者たちは常に裁かれる運命にあり、主として刑事たちによって殺人などの動機も解明され、大半の物語は予定調和的に終わっていた。そうした当時の流行の物語群に対して、大藪の小説は明らかに異形のものとして出現したのである。当時私は中学生だったので、ドストエフスキーの『罪と罰』などと異なる圧倒的なインパクトを受けたことを思い出すが、現在の地点でそれをトータルに、しかも正確に伝えることは難しいだろう。

 

 何よりも五十年も前のことだし、まだ高度成長期が始まったばかりで、産業構造は変わろうとしていたが、都市と地方の格差は激しく、私が暮らしていた地方の道路は舗装されておらず、電信柱も木だったし、まだモータリーゼーション化の波も押し寄せていなかった。今となってみれば、そうした過去は異国のようでもあるし、時代と社会状況を背景にして、私は大藪の『蘇える金狼』を読んだのである。それは間違いなく「悪書」に分類されていたはずだし、そこに読書の快楽も秘められていた。

 

 このクライムノベルを初めて読んだ時、イントロダクションのところだけで、強いインプレッションをもたらすふたつのシーンに出会ったのである。主人公の朝倉は京橋の大手樹脂会社の社員だが、真面目なサラリーマンをよそおいながら、会社乗っ取りを企み、雌伏の時を過ごす一方で、ボクシングジムで肉体を鍛え、拳銃も秘かに入手し、資金調達のための銀行の現金運搬人を襲う計画を立てていた。

 そこに至るプロセスにおいて、ふたつシーンが挿入されていた。ひとつは二人の同僚に出世コースを進んでいるのだから、一杯おごれといわれ、朝倉は彼らを渋谷の狭い通りへ連れていく。そこはホルモン焼きの薄汚い店で、朝倉は三人前のホルモンを頼んだ。それは次のように続いている。

 

 やがて炭火の熾った七輪と共に注文の品が運ばれた。(中略)大きな容器に入れられているのは、朝倉の言葉通りに本物であった。赤や紫の臓物が血の泡のなかでのたくり、それには唐ガラシの粉がへばりついている。タレは強烈なニンニクの匂いがした。

 

 それを見て、二人の同僚は蒼ざめ、用事を思い出したと言い訳し、逃げるように店から出ていった。これで彼らは自分を飲みに誘わなくなるだろうと思い、朝倉は体力を養うために三人前の臓物を一人で平らげるのだった。

 もちろん当時の私がこれらのホルモンを食した経験があったわけではないけれど、それが数年前になくなった駅前の闇市マーケットで出されていたものと同じではないかと思った。そこを通るとアルコールに混じり、独特の強烈な匂いがしていたからだ。

 現在のようにどこにでも焼肉屋があった時代ではなかったし、私が焼肉を口にしたのは上京し、深夜まで営業している焼肉屋に出入りするようになってからだった。さらに初めてホルモンを食べたのは、名古屋の友人が郊外の七輪で焼く焼肉店へ連れていってくれたことによっている。まだ二十歳になっていなかったかもしれないが、ビールを飲みながらホルモン焼きを食べ、中学生の頃に『蘇える金狼』を読み、そのシーンをよく覚えていると話した。するとその友人も同じだといった。

 

 もうひとつは会社の屋上のシーンである。かつて屋上は運動場として使えたが、現在ではその三分の二が巨大な金網の籠で覆われたゴルフ練習場となっていた。ちっぽけな球の行方に一喜一憂する重役と取り巻きたちがいる風景。繁栄を伴う戦後の企業社会のありふれた風景となりつつあったのだろう。

 

 朝倉は彼らに背を向け、屋上の囲いの鉄柵に手をかけて、ビル街のむこうへ雑然と拡がる街に、憎悪と嘲笑をむきだしにした、燃えるような瞳を放つ。空は鈍く曇り、雨雲が足早に流れていた。(中略)

 ゴルフの練習場にいた薄汚い連中は、罵声や嬌声をあげて降りていった。しかし、朝倉は雨に搏たれたまま動かない。押さえていた暗い怒りの血が騒ぎ、目的のためには殺人も辞さない気分になってきた。

 

 このシーンを読んだ時、ホルモン焼きと同様に、ゴルフのこともよくわからなかったけれど、私は絶対にゴルフはやるまいと決めた。そして実際に、現在に至るまでゴルフは一度もしていない。

—(第2回 2016.3.15予定)—

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