本を読む #007〈時代小説、探偵小説、民俗学〉

⑦ 時代小説、探偵小説、民俗学

小田光雄

 

 前々回、中里介山の『大菩薩峠』を嚆矢とする時代小説と柳田国男の民俗学の誕生が軌を一にしていることから、時代小説と民俗学はリンクしていて、山手樹一郎の『桃太郎侍』も、柳田の『桃太郎の誕生』と関係があるのではないかという推論を提出しておいた。

 

 先日も必要があって、1928年に創刊され、柳田が昔話や伝説論を寄稿した『旅と伝説』(復刻岩崎美術社)を読んでいたら、長谷川伸のエッセイに続いて、30年2月号に戯曲として、『関の弥太ッペ(序幕)』が掲載されていた。東映による63年の中村錦之助主演、山下耕作監督の同映画は名作として名高い。だがこのような異例の戯曲の掲載に関するコメントは同号に付されておらず、それに至る経緯や事情は明らかでない。

 

 八木昇の『大衆文芸図誌』(新人物往来社)を見てみると、『関の弥太ッペ』の単行本は30年9月に新潮社から刊行されている。これはおそらく慎重な長谷川のことだから、『旅と伝説』に「序幕」を掲載した時点で、すでに『関の弥太ッペ』は完成していて、その反響を探るために、あえて『旅と伝説』のような雑誌に、自ら命名した「股旅物」の「序幕」だけを発表したのではないだろうか。

 

 このように考えてみると、時代小説と柳田民俗学の関係の一端がわかるようにも思われる。柳田は『後狩詞記』『石神問答』『遠野物語』の初期三部作を刊行した後、大正時代に入って、民俗学の雑誌『郷土研究』から始めて、『民族』『民俗芸術』を立ち上げ、『旅と伝説』に関わり、昭和十年には『民間伝承』を創刊する。これらは柳田が直接、または深くかかわったリトルマガジンであり、寄稿誌、関係誌はまだ他にも存在することはいうまでもないだろう。

 

 長谷川伸が『旅と伝説』を通じて、柳田に接近したと見なしていいように、時代小説家たちも、それぞれ柳田の初期三部作やそうした雑誌を媒介にして、柳田民俗学にふれていったと思われる。それを具体的に指摘すれば、『それからの武蔵』の小山勝清は『後狩詞記』を読み、柳田の門下に入っている。『それからの武蔵』全六巻は1960年代に東都書房から新書判で出されていたが、原田裕『戦後の講談社と東都書房』(「出版人に聞く」14)において、その出版事情を聞きそびれてしまったことが悔まれる。

 

 また小山は故郷の熊本で、小学校教師の橋本憲三とその恋人高群逸枝と親交を結んでいる。高群についてはいうまでもないが、橋本は後に平凡社に入り、円本の代表とされる『現代大衆文学全集』を企画するに至る。このことは拙著「平凡社と円本時代」(『古本探究』所収)などで言及しているけれど、この同時代の新しい文学としての時代小説や探偵小説を集成した『現代大衆文学全集』の編集者と柳田の関係が気にかかる。

 

 これは柳田が出版者や編集者を「本屋風情」と見なしていたゆえなのか、出版社に関する証言をほとんど残していない。柳田の周辺には多くの出版者や編集者がいたはずなのに、それらについての言及は少なく、現在でも判明していないことが多い。それは出版者や編集者も同様で、柳田に当てつけた『本屋風情』(中公文庫)というタイトルで、岡書院を残した岡茂雄は例外に属する。それを柳田国男研究会編著『柳田国男伝』(三一書房)も踏襲しているので、同様の記述となっている。

 

 そのことはさておき、『山の民』の江馬修の場合は妻の江馬三枝子を、先の『民間伝承』に送りこみ、それを範とし、『ひだびと』(飛騨考古土俗学会)創刊に至ったと思われる。そして江馬はそこに『山の民』を連載し、三枝子のほうは柳田の序文のある『飛騨の女たち』や『白川村の大家族たち』(いずれも三国書房「女性叢書」)を出版している。

 

 これらの時代小説家の小山勝清や江馬修の柳田民俗学へのアプローチは、彼らが左翼であったこと、評伝や自伝が残されていることから判明しているし、転向したマルキストたちと柳田の関係は、これも拙稿「橋浦泰雄と『民間伝承』」(『古本探究Ⅲ』所収)でも既述している。

 

 ところでもう一方の探偵小説家たちだが、こちらはそこに至る回路は不明であるけれど、作品の中に投影されることになる。例えば、江戸川乱歩は昭和11年刊行の『緑衣の鬼』において、紀伊半島の田舎町に隠棲している世界的な粘菌類研究者を登場させているが、このモデルは明らかに南方熊楠である。それだけでなく、緑一色の怪紳士の名前は柳田、探偵作家の友人の新聞記者は折口で、これらも柳田国男や折口信夫から命名されていることは歴然だ。乱歩は熊楠を尊敬し、その正続『南方随筆』を愛読していたし、折口の『古代研究』も蔵書にあったことは判明しているが、柳田との関係は定かではない。しかも『緑衣の鬼』の柳田はトランクの中に「若い美しい女」を詰め込んでいて、熊楠や探偵小説ファンの折口はモデルにされても怒らないだろうが、柳田であれば、激怒するようなキャラクターに仕立てられている。乱歩の探偵小説と柳田民俗学には何らかの因縁が秘められているのだろうか。

 

 その乱歩と異なり、横溝正史の場合は戦後の『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』といったタイトルからうかがわれるように、民俗学の影響は明らかだが、『悪魔の手毬唄』に至って、横溝が『民間伝承』を参照していたことが伝わってくる。作品中に「柳田先生」を後ろ盾とする『民間承伝』なる雑誌が出てきて、そこに「鬼首村手毬歌考」が掲載され、その紹介から物語が始まっていくのである。『民間伝承』(復刻国書刊行会)を繰っても、そのような論稿は見出せないけれど、横溝が『民間伝承』を読んでいたことは確実だと思われる。

 

 なおこれらについての詳細は、拙ブログの「古本夜話」87「探偵小説、民俗学、横溝正史『悪魔の手毬唄』」、同88「六人社版『真珠郎』と『民間伝承』」を参照されたい。

 

—(第8回 2016.9.15予定)—

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