本を読む #023〈明石賢生と群雄社出版〉

㉓ 明石賢生と群雄社出版

 

                                         小田光雄

 2017年になって、前回ふれた自販機本などのキイパーソンとして浮かび上がってきた人物がいる。それは明石賢生で、そのプロフィルはエディトリアル・デパートメントの『スペクテイター』39号の特集「パンクマガジン『Jam』の神話」において、コミック化され、また写真も掲載され、山崎春美の「X人名辞典」でも立項されるに至っている。それらによれば、明石は1947年大分県生まれで、96年に亡くなり、享年48だった。

 

 この『スペクテイター』は5月の刊行だったが、おそらく同誌の企画とは異なるプロセスを経て、8月に人間社から池田俊秀の『エロ本水滸伝』が出版されている。そこにも明石が出てくる。「序文 エロを究めて」を寄せている伊藤裕作は、1977年明石の自販機本出版社のエルシー企画に出入りし、エロ本業界の仕事をするようになったのである。それは著者の池田も同じような回路をたどり、76年にセルフ出版、後の白夜書房に入り、映画雑誌『ズームアップ』などの編集長を経て、81年に明石に誘われ、群雄社に移り、『マザー』や『スクリュー』を創刊する。だが池田も明石の死の翌年の97年に49歳で亡くなってしまった。それは鈴木義昭が巻末の「評伝 早すぎたエロ本編集者、池田俊秀の生と死」で記しているように、後に『エロ本水滸伝』となる、ダイヤ出版の巨乳雑誌『ギャルズD』連載の「極私的エロメディア懐古録」を遺稿としてである。

 

 この『スペクテイター』と『エロ本水滸伝』から、明石賢生の軌跡を簡略にたどってみる。彼は早稲田大学を中退し、76年に自販機本のエルシー企画を設立し、社長、及び武蔵野大門というヌードカメラマンも兼ねる。それからエルシー企画は、これも同じく自販機本の『劇画アリス』などを出していたアリス出版と合併し、その副社長となり、80年には群雄社出版を創業し、自販機ルートではなく、通常の取次を経由する書店市場に向けての出版にも挑んでいったのである。そうした明石へのオマージュとして、『スペクテイター』は「エロ本出版史に残る偉大な人物」、『エロ本水滸伝』は「エロ本梁山泊」の主として位置づけている。

 

 しかしこの明石は、生前に白夜書房の『ビリー』のインタビューに出たり、どのような経緯と事情だったか失念してしまったけれど、新潮社の『フォーカス』に写真を撮られたり、また太田篤哉の『新宿池林坊物語』(本の雑誌社)に姿を見せたりしていたが、出版業界で知られている存在ではなかった。それが40年ほど前の自販機本やエロ本をめぐる回想の中で、あらためて言及される特異なキャラクターとして、あるいは大藪春彦の小説タイトル「蘇える金狼」のように再登場してきたといっていいだろう。なおこれは蛇足かもしれないが、明石は『書評紙と共に歩んだ五〇年』(「出版人に聞く」9)の井出彰と学生運動セクトを同じくしている。

 

 現在でもほとんど知られていないと思われる明石のことにふれてきたのは、『風から水へ』の鈴木宏にとっても、明石の人脈を通じて編集者の道を歩み出したからである。つまりそれは意識せざるバックヤードといえるし、エロ本業界や明石の存在が無縁ではなく、時代と出版状況がそのようにしてあったのだ。鈴木も前回の佐山哲郎との関係から、5、6回会っているようだ。私は1度だけだが、群雄社を始めた80年頃に会い、取次口座の開設と正味条件などを話したことを覚えている。それにこれは後に知ったのだが、明石がエルシー企画を始める前に、雇われ店長をしていたというスナック「クレジオ」にもいったことがある。このスナックの店名は当時のフランスのヌーヴォーロマンの旗手だったル・クレジオからとられたとのことで、「ル」がついていたような気もするし、まさに来日したご当人が訪れたというエピソードが噂として語られていた。

 

 それらはともかく、ここではその群雄社出版の刊行物に関してふれておきたい。当時の鈴木清順は10年間の映画監督としてのブランクを経て、シネマ・プラセット製作による80年の『ツィゴイネルワイゼン』と、翌年の『陽炎座』で復活し、多くの映画賞を受けていた。群雄社の処女単行本として刊行されたのは後者の写真集で、その配本をめぐって相談を受けた。それは採算を度外視した豪華本のような仕上がりだったし、実際にそのとおりだとの話も聞いた。そこで広く撒くのはリスクもあり、弓立社が特約店としている書店などにDMを打ち、できるだけ返品を抑え、広く映画雑誌などにパブリシティを仕掛け、客注中心の売り方を試みるべきだとの助言をした。その結果がどうであったのか、確認していないけれど、映画の評価とは別で、定価2800円、初版3000部の販売は難しかったと思われる。

 

 それもあってか、82年には所謂軽装ムック本、定価1200円として、『略称俗物図鑑の本』を出している。これは筒井康隆の『俗物図鑑』の映画をめぐる一冊で、出演者の一人である上杉清文の写真からなる表紙を開くと、扉に次のような文言がしたためられている。

  最初の、おことわり

  この本は、筒井康隆原作・内藤誠監督作品、映画「俗物図鑑」から生まれた本であります。この本は、映画を見なくても、原作を知らなくても、楽しく読むことができます。この本の執筆者は、のべ46人に及ぶ人数です。アンケート部分を集めれば、90人近くの人間がこの本に何かを書いていることになります。また、この本の予定発行部数は一万五千部です。一万五千人の読者と90人の執筆者に、あーりーがたや、ありがたや。ということでお楽しみ下さい。

 「90人の執筆者」ということで推測されるように、自販機本とエロ本業界、及びそれらの執筆者たちが総出演しているといっても過言ではない。しかし問題なのはムック本体裁であるけれど、雑誌コードがとれずに書籍として発行されたことである。実際に「一万五千部」刊行したかはわからないが、それに近い部数をつくってしまったにちがいない。私は映画もビデオで見ている。だが主役を平岡正明とする『俗物図鑑』はその出演者と内容からして、内輪受けしても、同じく『略称俗物図鑑の本』も「一万五千人の読者」を得ることは、これも困難だと判断するしかない。2冊の映画書しかふれられなかったが、自販機本から一般書への転換は難しく、群雄社出版は数年後に倒産するしかなかったのである。

 

—(第24回、2018年1月15日予定)—

バックナンバーはこちら➡︎『本を読む』

《筆者ブログはこちら》➡️http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/

関連記事

ページ上部へ戻る