本を読む #028〈岡崎英生『劇画狂時代』と「シリーズ《現代まんがの挑戦》」〉

㉘ 岡崎英生『劇画狂時代』と「シリーズ《現代まんがの挑戦》」

                                            小田光雄

 

 前回に1960年代後半から70年代にかけての新しい漫画の出現、及び鈴木宏と『風から水へ』の周辺の人々の漫画との関係にふれた。しかしこの新しい漫画のムーブメントをリアルタイムで実感できたのは、コミックインフラともいうべき書店が充実していた都市部の若い人々だったのではないだろうか。小さな町の書店からは『ガロ』も消えてしまっていたし、『COM』も目にすることがなかった。当時の雑誌や書籍などの出版物にしても、映画にしても、地方と都市ではそれらの享受に関しての文化的環境に落差があり、私の岩波文庫体験が少なかったのは、商店街の書店に置かれていなかったことにもよっている。

 

 それは漫画にしても同様である。私が漫画雑誌や新しい漫画を日常的に読むようになったのも上京してからだし、入手しやすくなったことに加え、喫茶店や食堂などにも必ず置かれていたからだ。山上たつひこの『喜劇新思想大系』の連載を読んだのも、酒場にあった『マンガストーリー』で、それが双葉社から出されていたことを、山上の自伝『大阪弁の犬』(フリースタイル)であらためて教えられた。作品は覚えていても、その掲載誌を記憶していないのは、それだけ多くの漫画雑誌が発行されていたことになろう。実際に新しい出版分野としての漫画に参入を試みた版元も増えていたようだ。

 

 実は本連載㉔の三崎書房も例外ではなく、70年代初頭にA5判の「シリーズ《現代まんがの挑戦》」を8冊出している。それらは次のような作品である。

 

  1. 真崎・守『ジロが行く』1
  2.     〃      2
  3. 上村一夫『密猟記』
  4. 真崎・守『錆びついた命』
  5. 上村一夫『怨獄紅』
  6. 宮谷一彦『俺たちの季節』
  7. 真崎・守『はみだし野郎の挽歌』
  8. 宮谷一彦『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』

 

 手元にあるのは4と6だけだが、他社の異版を加えれば、すべてを読んでいると思う。

 

 これはもはや半世紀前のシリーズであり、現在からみれば、このような三人の漫画家が重なる組み合わせは奇異に映るだろう。しかしそれに少年画報社から出されていた『ヤングコミック』を置いてみると、このラインナップの意味がわかる。幸いにして『ヤングコミック』の編集者だった岡崎英生によって、その『劇画狂時代』(飛鳥新社、2002年)が回想され、そこに3人の漫画家への言及が見える。

 

 宮谷一彦、上村一夫、真崎守というヤングコミックの代表的な劇画家三人の特徴を一言でいうと、七〇年頃は、最も社会的な知名度が高く広範囲な読者を持っていたのが真崎、少数だが熱狂的なファンを持っていたのが宮谷、そして知名度もファンの数もまださほどではなかったが、その人柄で周囲から最も愛されていたのが上村だったといえる。

 

 この証言を「シリーズ《現代まんがの挑戦》」のかたわらに置けば、これが当時の「ヤングコミックの代表的な劇画家三人」からなる先進的な企画で、「NOW COMICS」というキャプションが付されていた事情がわかる。しかもそれゆえにこそ、少年画報社からは単行本化されていなかったからだ。また鈴木の『風から水へ』における全集や叢書表記と同様に、このシリーズに山型二重カギが付されていたのは、岡崎も同じく仏文科出身だったことによっている。

 

 それではどうして、このシリーズが三崎書房から刊行されることになったのだろうか。その前に奥付についてふれておくと、発売所は三崎書房だが、企画製作はタッチ社とある。これらのことも岡崎の回想を読んでいくと判明してくる。1967年に岡崎は少年画報社に入社し、その夏に青年劇画誌『ヤングコミック』が創刊され、編集部に配属となる。彼も証言しているように、もはや今では劇画という言葉は死滅してしまっているが、この時代に漫画に代わって劇画という新しい言葉が使われ始めたのである。

 

 そして『ヤングコミック』は、編集者の交代に伴う新しい漫画家たちの発掘と採用によって部数を伸ばしていった。ところがその一方で、当時の少年画報社の労働環境はあまりにも劣悪だったことから、70年6月に岡崎たちを中心として労働組合が結成された。その組合闘争の渦中で、岡崎は会社側の理不尽さと組合内の混乱による徒労感が生じていた。そこに初代の執行委員長高橋肇を通じて、「三崎書房という小さな出版社が青年劇画誌を出したがっている。編集プロダクションを作ってその劇画誌の編集をやろうと思うが、キミもどうだ」という話が『少年キング』の編集者から伝えられてきた。高橋は『ヤングコミック』編集部の同僚で、真崎・守の担当者だった。

 

 少年画報社を退社後、岡崎は高橋とともにタッチという新会社に参加し、青年劇画誌『月刊タッチ』を編集刊行していくが、4号で廃刊になってしまう。私はこれを見ているかもしれないが、残念ながら記憶にない。その内容と廃刊事情について、岡崎は次のように述べている。

 

 宮谷一彦、上村一夫、真崎・守の三人を中心的な執筆者にすえたこの雑誌は、高橋と私がヤングコミックにいたころから作りたいと思っていたやり方で作った、いわば思いの丈を傾けた青年劇画誌だったが、実売率は毎号六割程度と苦戦していた。版元の三崎書房が経営規模が小さかったこともあり、四号を出した後、「もうこれ以上は発行できない」と通告してきた。

 

 岡崎は『劇画狂時代』において、「シリーズ《現代まんがの挑戦》」には一言もふれていないけれど、この『月刊タッチ』とともに刊行された単行本企画で、同様のプロセスをたどったと見なしていいだろう。また彼は三崎書房が「劇画ブームに便乗してひと山あてようとした」と述べ、当時は劇画や漫画に縁のなかった出版社も続々と参入し、新雑誌が次々と創刊されたけれど、三崎書房と自分たちの目論見も外れ、「短い夢が終わり」を告げたと書いている。

 

 三人の劇画家と作品についてふれられなかったし、まだコミックに関しては続けたいのだが、この連載は鈴木宏『風から水へ』と関連するものに限っているので、それらは別の機会に譲ろう。

 

—(第29回、2018年6月15日予定)—

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