本を読む #038 〈新人物往来社『怪奇幻想の文学』と『オトラント城綺譚』〉

㊳新人物往来社『怪奇幻想の文学』と『オトラント城綺譚』

                                        小田光雄

 

 紀田順一郎は『世界幻想文学大系』に先駆け、新人物往来社の『怪奇幻想の文学』全7巻を編んでいる。彼の幻想文学への情熱は荒俣宏との出会いによって、新たな方向性が見出され、新人物往来社に「幻想文学アンソロジーの企画書」を出すに至ったのである。

 

 ただ紀田にしても、新人物往来社は「元来歴史物の版元であり、編集者(内川千裕)も『近代民衆の記録』などという資料本を手がけていた人なので、じつはまったくアテにしていなかった」。ところが「面白そうじゃないですか。うちでやりましょうよ」という意外な一言が返ってきた。その条件は版権のあるものを少なくすること、訳者と解説者を手配することだった。ここで私も意外なことに『近代民衆の記録』と『怪奇幻想の文学』の編集者が同じであることを知ったのである。紀田はこれも『幻想と怪奇の時代』で書いている。

 

 夢のようだった。企画者が知恵をしぼったものだけに、なおさら嬉しかった。そのキモは実に『オトラント城綺譚』の本邦初訳実現にあった。といっても単独ではおぼつかないので、全三冊のアンソロジーとすることを思いついたのである。第一巻は吸血鬼物の『深紅の法悦』、第二巻は黒魔術ものの『暗黒の祭祀』とし、第三巻は『戦慄の創造』と名付けて問題の『オトラント城』を収録、枚数が不足のようなので、そのころまでに長編の訳がなかったラブクラフト(『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』)を併収することとし、企画書に盛り込んでいたのである。

 

 そして紀田は荒俣に連絡をとり、第一、二巻の作品選定、翻訳の一部と解題を頼んだ。それらの解説は種村季弘と澁澤龍彦に依頼し、紀田自らも担当することになった。さらに『オトラント城綺譚』の訳者の平井呈一とも新人物往来社での打ち合わせを行なうことになった。これも紀田の証言を引いたほうがいいだろう。

 

 当日部屋でまっていると、エレベーターのドアが開く音がし、続いてリノリウムの床に「ピタピタ」と草履の音がしたと思う間もなく、受付の扉からヒョイと和服姿の老人の顔が覗いた。編集者が「うーん」と唸った。

 

「わたしゃね、今日この機会を待ってたんですよ」打合せが終わって、うまそうにタバコを吹かしはじめた際の平井の一言を、いまもって忘れることはできない。戦後二十数年、文壇からシカトされた人の、復権の喜びは実感がこもっていた。

 

 それもあって平井の訳稿は早く、二十日足らずで、力感の溢れた文体の三百枚が仕上げられたのである。

 あらためてホーレス・ウォルポールの『オトラント城綺譚』を読んでみると、それを実感させられる。この作品は「オトラントの城主マンフレッド公には一男一女があり、総領はマチルダ姫といって、芳紀(とし)十八、容色なかなかにうるわしい処女(おとめ)であった」と始まる。マンフレッドはその弟のコンラッドに対し、近くの城主の息女イザベラ姫を妻とするつもりで、二人の婚儀も迫りつつあった。しかし空から降ってきた巨大な兜にコンラッドは押しつぶされてしまったことから、マンフレッド自身が妻と離別し、イサベラ姫をめとろうとする。それは古いお告げである、オトラント城およびその主権は「まことの城主成人して入場の時節到来しなば、当主一門よりこれを返上すべし」が常にマンフレッドの念頭にあったからだ。

 だがそこに若い百姓のセオデアが現われ、その兜は先々代の城主アルフォンゾ公の像の兜にそっくりだと言い出し、一方ではマンフレッドがイザベラに迫ろうとする。そこでイザベラは城の地下倉から聖ニコラス寺院へと通じる地下道があったことを思い出し、その隣の尼寺に逃げこもうと考える。

 そうしているうちにオトラント城の所有権を主張する騎士も出現し、マンフレッドは押領者で、城とイザベラを返すようにいい、事態はさらに紛糾していく。しかし最後には殺された元城主アルフォンゾの巨大な亡霊が出て、セオドアこそが城の正しい継承者だとわかる。その中でマンフレッドはマチルダを刺殺してしまい、修道院にこもることになる。

 このようなゴシック建築のオトラント城で展開される貴族たちと幽霊や亡霊たちの物語、城をめぐる継承譚はそのまま作者ウォルポールの環境の投影だった。彼はフランスやイタリア旅行で、中世のゴシック建築とその趣味に目覚め、イギリス初代の宰相の父からの財産を受け継ぎ、一代のディレッタントとして、ストロベリーヒルにゴシック様式の館を建て、図書館も含んだ奇怪な迷路体系としての完成に21年間を要したのである。その中でウォルポールはゴシック物語に取り憑かれ、マチルダやイザベラが語りかけているようにも思われ、それに耳をかたむけ、わずか2ヶ月で『オトラント城綺譚』は完成したという。

 これは第3巻の『戦慄の創造』に収録されたのだが、第1回配本の『深紅の法悦』が出されたのは1969年10月で、その1週間後に増刷と増刊が決まったのである。紀田も感慨深げに書いている。「いまから四十年近く前、出版界にもこのような幸福な瞬間が存在したのである」と。当初の全3巻予定が全4巻となり、さらには全7巻となったことが紀田の証言を裏づけていよう。

 ちなみにその増巻の作品選定と解題は荒俣によるもので、それらを示しておく。カッコ内は解説者である。第4巻『恐怖の探究』(種村季弘)、第5巻『怪物の時代』(小宮卓)、第6巻『啓示と奇蹟』(由良君美)、第7巻『幻影の領域』(日夏響)となっている。

 

 

—(第39回、2019年4月15日予定)—

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