本を読む #053〈思潮社とロジェ・カイヨワ『夢について』〉

(53) 思潮社とロジェ・カイヨワ『夢について』

                                         小田光雄

 

 本連載48で、牧神社の菅原孝雄が『思潮』の創刊編集人を務め、その創刊号が「シュルレアリスムの彼方」とされていたけれど、同29の『パイディア』第8号と並ぶ、実質的に社会学研究会特集であることにふれておいた。それに寄り添うかたちで、やはり菅原によって、思潮社から社会学研究会のミシェル・レリスの作品が4冊出されていたことも。

 

 だが当然のことながら、菅原はそれらだけでなく、他の翻訳書にも関わっていたはずだと思い、思潮社の1970年前後の書籍を確認してみた。するとまったく意識していなかったが、その頃読んだ思潮社の多くの翻訳書のほとんどが菅原の企画編集によるものだと再認識させられた。それは判型や造本によってふたつのシリーズに分けられる。

 

 ひとつは菊判上製、白地の函入で、『大地と休息の夢想』(饗庭孝男訳)、『大地と意志の夢想』(及川馥訳)などの「パシュラールの著作」、『詩と深さ』(有田忠郎訳)を始めとする『リシャール著作集』、ウィリヤム・エンプソン『曖昧の七つの型』(星野徹他訳)、アンドレ・ブランシェ『文学と霊なるもの―火の夜』(田辺保他訳)を挙げられる。これらの装幀はすべて田辺輝男の手になり、そのことによって、同じシリーズの印象を生じさせたのだと了解する。

 

 もうひとつは、そこにはさまれた投げ込みチラシによれば、「四六判ペーパーバックス装新シリーズ」と銘打たれ、「文学や詩という既成のジャンルをとりはらって現代の創造的想像力のために新しい視座を提供する」とのコピーが躍っていた。こちらの装幀は清原悦志によるもので、半分黒地の函と造本は明らかに田辺の白地に対するオルタナティヴを示していよう。手元にあるのはロジェ・カイヨワ『夢について』(金井裕訳)、メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』(塚本利明訳)、マリ=ジャンヌ・デュリー『ネルヴァルの神話』(篠田知和基訳)の三冊だ。先のチラシの裏に、このシリーズの10点のラインナップが掲げられているが、菅原の退社に伴い、続かなかったように思われる。

 

 その事実はそこで予告されていたジョルジュ・ブラン『ボードレールのサディスム』(及川馥訳)、ジュール・モヌロ『超現実と聖なるもの』(有田忠郎訳)は、後に牧神社からの刊行となっていることに示されていよう。ただ残念なのはE・S・ハイマン 『武装せる視点たち』、及びアンガス・ダウニー『フレイザーと金枝篇』がいずれも未刊行になってしまったことで、その後半世紀を経ても翻訳されていないと思われる。両書とも民族学や民俗学、精神分析学や文学的テーマゆえに興味深く、翻訳されなかったことが惜しまれる。

 

 さてとりとめもなく、菅原孝雄が思潮社時代に企画編集した翻訳書を列挙してきたけれど、これらの中から一冊ということになると、パシュラールよりも、カイヨワの『夢について』を選ぶしかないだろう。それはカイヨワもまたジョルジュ・バタイユやミシェル・レリスと同様に、社会学研究会の主たるメンバーだったからだ。ただ同書は1930年代の社会学研究会の産物ではなく、戦後の56年刊行だとしても、『人間と聖なるもの』(小苅米晛訳、せりか書房、1969年)に続く、カイヨワの翻訳だったからである。それに何よりも、カイヨワは「序論」において、夢を見るという人間の事実が多く存在する人間の所与のうちのひとつで、それは太陽や雨よりもはるかに適切に、あらゆる風土、時代、条件においても、人間を同一の諸問題の前に位置づけると定義する。それはすなわち夢の不確実性に関する社会学と見なすこともできよう。

 

 カイヨワはここで夢と覚醒の二分法に視座を定め、夢体験そのものを分析しようとする。それはフロイトの『夢判断』に基づくのではなく、夢そのものが示す不確実性へと測鉛を降ろしていく。その回路として自分の夢がたどられ、同じく社会学研究会のひとりで、『愛にについて』(鈴木健郎訳、岩波書店)を著わしたドニ・ド・ルージュモンから聞いた共通の友人の中国人に関する夢の話、『荘子』のよく知られた「胡蝶夢」、パスカルの『パンセ』の夢への言及、十九世紀のフランスの歴史家の「通常モーリーの夢」、デカルトやサルトル、『千夜一夜物語』や『紅楼夢』、そしてネルヴァルなどの夢もたどられ、次のように結論づける。

 

 カイヨワは夢が予告や秘密、詩的力、慰めなどを内包しているとまったく思わないと述べた後に記している。

 

しかしそれにもかかわらず、私は、夢が現実の上に投影している不確実性を正しく根拠づけるのに妙にやっきになってしまった。つまり、たとえそれがだれであり、またいついかなる瞬間であっても、自分が現に夢をみているのではないと正当な根拠にもとづいて確信のもてるようなあやまたぬ基準は存在しないのだ、ということを証明するのに固執したのである。

 

 

−−−(第54回、2020年7月15日予定)−−−

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