本を読む #056〈クロソウスキー『ロベルトは今夜』〉

(56) クロソウスキー『ロベルトは今夜』

                                        小田光雄

 

 バタイユの『蠱惑の夜』に少し遅れてだが、やはり社会学研究会のメンバーだったクロソウスキーの小説『ロベルトは今夜』(遠藤周作、若林真訳)が翻訳刊行されている。遠藤と共訳のかたちになっているけれど、実際には若林訳で、両書とも彼が手がけたことになる。これは1960年の河出書房新社からの出版だが、私が所持するのは62年の河出ペーパーバックス版で、その見返しには次のような文言が見られる。

 

過去十年間の小説ベスト・テンを選んだフランスの新聞で、一九五九年度のベスト・ワンにランクされて仏文壇をわかせ、わが国に紹介されるや、フランス版「鍵」とさわがれてまたたく間にベストセラーになったこの特異なしかもスキャンダラス小説は、ナボコフの「ロリータ」、ダレルの「アレキサンドリア四部作」などとともに、ここ数年来の世界文学に顕著な形而上学的エロチシズムとも言うべき傾向を最も尖鋭な形で代表する傑作である。(中略)前に割愛した個所を新たに加えて完全無削除版とした。

 

 実際に『ロベルトは今夜』の巻末広告にはナボコフの『ロリータ』(大久保康雄訳)が掲載され、ダレルの『ジュスティーヌ』(高松雄一訳)を始めとする「アレキサンドリア四部作」も同じく河出書房新社の「世界新文学双書」として、1960年から翻訳が進められていたのである。その一方で、現代思潮社の『続悪徳の栄え』(澁澤龍彦訳)をめぐるサド裁判も起きつつあったけれど、「世界文学に顕著な形而上学的エロチシズム」をコアとする翻訳出版の隆盛を迎えようとしていたことになろう。そのようなトレンドの中で、その背景も定かではなかったバタイユの『蠱惑の夜』やクロソウスキーの『ロベルトは今夜』も、日本へと紹介されたのである。大江健三郎が『性的人間』(新潮社)を上梓したのも63年のことだった。

 

 そうした出版状況において、共訳者の遠藤周作はパリに滞在し、サドの生涯を調べていたが、かつてリヨンでクロソウスキーの『わが隣人サド』(豊崎光一訳、晶文社、1969年)を読んだことを思い出したのである。そこで遠藤が手紙を出すと、クロソウスキーから来てくれるようにとの返事が届き、その自宅へと訪ねていった。それが『ロベルトは今夜』に寄せられた「クロソウスキー氏会見記」であり、この寄稿が遠藤をして共訳者に名前を連ねることになったのだろう。

 

 そこでクロソウスキーの夫人も含めた私生活がラフスケッチされ、彼が神学校へ進むことを放棄したけれど、ニーチェやジイドよりも、アウグスチヌスの影響が強く、現在『神の国』の翻訳をしていること、若い頃に岡本太郎と親しかったことなどが語られている。それに対し、遠藤は『わが隣人サド』におけるサドの幼年時代からの母親憎悪が女性憎悪へと転化したという論旨には無理があるのではないかと問いかける。するとクロソウスキーもそのことを認め、加筆の必要があると答えるのだった。

 

 これは当時どこまで暗黙の了解であったのか不明だが、クロソウスキーの母親はリルケの愛人で、二人の間に生れたのがクロソウスキーだという話をふまえている。つまり遠藤もまたサドの母親憎悪は他ならぬクロソウスキーに重なるものではないかと推測しているのである。『ロベルトは今夜』の若林真の「解説」はクロソウスキーの父は画家、美術史家、母は女流画家で、リルケの恋人だったとされているが、『わが隣人サド』の豊崎光一の「訳者あとがき」には、「実の父が詩人リルケであることは、今日公然の秘密である」と述べられている。また同書の翻訳は遠藤の読んだ初版ではなく、クロソウスキーが遠藤に語った加筆と見なせる「悪魔の哲学者」も含んだ1967年版である。

 

 ほぼ半世紀前に翻訳された『わが隣人サド』を取り出してみると、当時の読書の痕跡としてのカギカッコや傍点が残っている。そしてクロソウスキーの無神論と倒錯をめぐる細緻な論理の難解さにとまどいを覚えたことを思い出す。しかもこれは失念していたけれど、そのエピグラフに『ロベルトは今夜』におけるロベルトとオクターヴの会話が引かれ、ロベルトの言はいわば『わが隣人サド』を脱構築して『ロベルトは今夜』が書かれたことをうかがわせる、次のようなものだったのである。

 

 アントワーヌは、昨日の晩も読んでいたあの本をいったい誰から借りたのかしら? あなたからなの、それともヴィクトールから? 題を見ただけでもむかむかするわ、『わが隣人サド』なんて!

 

 そしてまた同じ豊崎によって、クロソウスキーの弟が画家のバルチュスで、ローマで彼に会ったこと、「兄の小説を好むほどの人ならば、弟の絵にも魅惑されるはずだ」とも書かれていたのである。まだ当時バルチュスの紹介もほとんどなされていなかった。

 

 しかしそれから30年後の20世紀になって、トマス・ハリスの『ハンニバル』(高見浩訳、新潮文庫)の中に、バルチュスが見出されることになる。主人公の神と悪魔のようなハンニバル・レクターはリトアニア生まれの古い貴族の家柄で、ナチスのジェノサイドから逃れ、そのトラウマからダンテの暗い森の最も深いところまで到達した人物とされる。しかも偉大な画家バルチュスのいとこであるとも。とすればクロソウスキーも同様で、彼らは暗い森の住人であることが浮かび上がってくるのだ。

 

−−−(第57回、2020年10月15日予定)−−−

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