本を読む #057〈岡本太郎とマルセル・モース〉

(57) 岡本太郎とマルセル・モース

                                        小田光雄

 

 本連載で既述してきたように、岡本太郎は1957年に来日したロジェ・カイヨワと会い、やはり同年刊行のジョルジュ・バタイユの初邦訳『蠱惑の夜』に「序文」を寄せていた。

 

 それは岡本が1930年代後半のパリにあって、社会学研究会に参加し、カイヨワとともにマルセル・モースの民族誌学の講義に出席していたことによっている。

 

 私は1950年代の生まれなので、もちろんこれらのことをリアルタイムで知っていたわけではなく、そうした事実をやや詳細に認識していたのは、岡本が76年に発表した「挑む」(『自伝抄Ⅰ』所収、読売新聞社)を読んだからだったと思う。岡本の名前がポピュラーになるのはそれよりも少し前の70年万博の「太陽の塔」の建設、及びそれ以後のテレビのCM出演などを通じてであろう。それもあって、岡本の『原色の呪文』(「人と思想」シリーズ、文藝春秋)には目を通していたけれど、フランスの社会学研究会に参加していた岡本とはイメージの異なる印象を覚え、彼の画家としての仕事や5、60年代の活動に注視することはなかったし、96年の死去に際しても同様だった。

 

 その岡本を再認識したのは今世紀に入ってからで、それは『近代出版史探索Ⅴ』963でふれた岡本敏子編『岡本太郎の沖縄』(NHK出版)という写真集に出会ったことによっている。これらは『忘れられた日本―沖縄文化論』の記録として、1959年に撮られたもので、とりわけそこに収録された七枚の沖縄の「御嶽」の写真は、岡本がモースの弟子となり、しばらく絵を描くことを止めていたエピソードを想起させたのである。

 

 それに続いて、やはり写真集『岡本太郎「芸術風土記」』(岡本太郎美術館)も入手した。これは同美術館による同展覧会写真図録で、サブタイトルとして「岡本太郎が見た50年前の日本」が付せられている。こちらの写真は57年に岡本が新潮社の『芸術新潮』で『芸術風土記』を連載するに際し、秋田から四国までを旅し、自らの手で撮ったものの集成といえる。

 

 巻頭の秋田の「角巻きの女」や「なまはげ」などの写真は、やはりモースの弟子であるマルセル・グリオールのアフリカのドゴン族調査記録『水の神』(坂井信三、竹沢尚一郎訳、せりか書房)収録の写真や図版を彷彿させずにはおかない。グリオールはフランスの最初の組織的な民族学調査であるダカール=ジプチ調査団団長として、2年にわたってアフリカ大陸を横断し、フランス民族学の開幕となったとされる。この調査記録係として同行したのが、やはり社会学研究会に加わることになる本連載48のミシェル・レリスであった。この1931年の調査記録の原書刊行は戦後の1948年になってからなので、岡本は読んでいたとも考えられる。

 

 それらはともかく、『岡本太郎「芸術風土記」』に田沼武能は「序文」といっていい「岡本太郎的写真力」を寄せ、次のように述べている。

 

  彼は民族学的、文化人類学的見地から、何かを発見するために歩き続け、考え、話を聞き、写真を撮ったのだ。(中略)たしかな視点を持ち撮影しているので狙いがぶれることがない。まさしく岡本太郎の眼であり思想を写し出しているのだ。その根底にあるものはすべてマルセル・モース氏から学んだ民族学であり、文化人類学なのだ。岡本太郎は写真をうまく撮ろうなどと思っていなかった。ひたすら自分の日本発見をいかに読者に伝えるか、そのために被写体に肉薄して撮影していたのである。

 

 それは先の『岡本太郎の沖縄』もまったく同様であることも付け加えておこう。

 

 フランスの1930年代はダカール=ジプチ調査団の出発を始まりとして、モースの弟子たちが世界の各地へと民族学調査へと散っていった。それはフランス人だけでなく、モースの弟子だった他の人々やその周辺にも大いなる刺激を与えていたはずだ。やはり社会学研究会に顔を出すベンヤミンにしても、『一方通行路』(久保哲司訳、「ベンヤミン・コレクション」3所収、ちくま学芸文庫)で、メキシコ調査探検隊の一員である夢を見ているほどだ。もう一人の日本人の弟子山田吉彦=きだみのるも、『近代出版史探索Ⅴ』947でとりあげておいたように、モロッコへと向かっている。

 

 山田と岡本の関係は不明だが、山田の試みは岡本の思いだったと考えても間違っていないだろう。しかし岡本はそれを果たせず、日本へと帰国せざるを得なかったし、待っていたのは4年間に及ぶ兵役で、しかも中国戦線へと送られたのである。

 

 その代償行為のようにして、戦後を迎え、モースの民族学に端を発する「自分の日本再発見」を試みようとして、日本紀行三部作『日本再発見―芸術風土記』(新潮社、58年)、『忘れられた日本―沖縄文化論』(中央公論社、61年)、『神秘日本』(同前、64年)が書かれていったと思われる。しかもそれはモースの『民族誌学の手引』(未邦訳、47年)と携えてであり、50年におけるモースの死を追悼する思いもこめていたのではないだろうか。

 

 なおずっと絶版だった三部作も含めて、2010年にちくま学芸文庫で『岡本太郎の宇宙』全5巻が刊行された。また同年モース研究所の好著『マルセル・モースの世界』(平凡社新書)が出され、そこには岡本とモースの関係を論じた渡辺公三による「知の魔法使いとその弟子」も収録されている。 そしてさらに岡本も先の自伝でふれ、また出演している1975年の映像文化人類学者ジャン・ルーシュのドキュメンタリー『マルセル・モースの肖像』への言及もあるので、ぜひ一読を勧めたい。それにしてもこのドキュメンタリーは見ることができるのだろうか。

 

−−−(第58回、2020年11月15日予定)−−−

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