本を読む #059〈『牧神』創刊号と小出版社賛助広告〉

(59) 『牧神』創刊号と小出版社賛助広告

                                        小田光雄

 

 本連載49で、牧神社の季刊誌『牧神』にふれたけれど、その後古書目録で『牧神』1の創刊号から8までを入手した。A5判216ページに加えて広告の欄が付され、特集は「ゴシック・ロマンス―暗黒小説の系譜」である。発行は1975年1月で、発行人はもちろん菅原貴緒、編集・制作スタッフは菅原の他に梅原京子、大泉史世、萩原準一郎、湯浅ふみえ、営業・広告は渡辺誠となっている。定価は870円。

 

 この創刊号には既述しておいたように、平井呈一と生田耕作による対談「恐怖小説夜話」が掲載され、牧神社が本連載49のベックフォードの矢野目源一訳、生田耕作校訂版『ヴァテック』の刊行を機として、ゴシック・ロマンス=暗黒小説をひとつの企画の柱としようとする意図がうかがわれる。本連載47において、思潮社版のウォルポール、平井訳『おとらんと城奇譚』を企画したのが菅原だったことを記しておいたが、日本が消費社会化するかたわらで、そうした出版トレンドが求め始められていた。それは『牧神』創刊の翌年には角川商法によって、日本のゴシック・ロマンス=暗黒小説もどきの横溝正史が大々的に売り出されたことに象徴されていよう。

 

 それはともかく、『牧神』1のカラー口絵写真には「泰西暗黒小説本」として、「旧都艸堂架蔵本」の『オトラント城』や『ヴァテック』などの原書が収められ、続けて巻頭には由良君美の「ゴシック風土」が寄せられている。これもY=由良がS=菅原を相手にした対談形式で、『牧神』の創刊にあたって、平井、生田、由良のゴシック・ロマンス三人集を召喚していたことになる。

 

 由良の「ゴシック風土」は啓蒙的にして専門的な紹介を兼ね、『オトラント城』に始まるゴシック・ロマンスの誕生と歴史の由来を説明した後で、次のように結論づけている。

 

結局ですね、啓蒙主義の〈すばらしい新世界〉が崩壊したあとに来た〈逆ユートピア小説〉なんですね。人間性の暗黒面、恐怖の相貌を垣間見させる最初の不条理派ですね。この命脈が写実主義や自然主義の底を深く潜りながら象徴派と、十九世紀耽美主義に二つの噴火口をあけ、それからシュルレアリスムに開花して、現代の実存的気分のなかで鍛え直されて、〈幻想文学〉や〈不条理文学〉や〈ブラック・ユーモア〉にうけつがれて、さらには二〇世紀の〈暴力の風土〉というものや、推理小説ブームにまで深く絡む水路を設定したもので、大綱はやはり、広義の〈エロス文学〉ということになりましょうか。ゴシック風土は現代への扉だったんですね。

 

 また美術史では英国でのゴシック時代を「ロココ=ゴシック」と称するようで、思わず嶽本野ばらの「ロココ」と「ゴスロリ」の色彩に包まれた小説と映画『下妻物語』(小学館文庫)を想起してしまった。それに関しては拙稿「『ロリータ』と『ヤンキー』の混住」(『郊外の果てへの旅/混住社会論』所収)を参照してほしい。

 

 創刊号特集は他にも言及すべきだが、先述した「広告のページ」にふれたいので、ここで打ち切りたい。なぜならば、編集だけでなく、営業・広告の渡辺を取り上げておきたいからだ。まずは「広告の欄」に示された出版社と雑誌、書籍を挙げてみよう。それらは絃映社と『幻影城』、国書刊行会と『世界幻想文学大系』、コーペックスと須永朝彦『天使』、『プルースト詩集』(窪田般彌訳)、創土社と『完訳ビアス怪異譚』(飯島淳秀訳)、『サキ選集』(中村能三訳)、森開社とユルスナル『火』(多田智満子訳)、東京創元社と『リラダン全集』(斎藤磯雄訳)などだ。

 

 どうしてこれらの出版社の賛助広告を示したかというと、ここに70年代半ばの小さな文芸書版元の想像の共同体が表出しているように見えるし、それらは号を追うごとに増えていったからだ。その事実は渡辺の営業の優秀さを物語るし、特筆すべきは2から雑誌コードが付されていることで、これは創刊号がかなり売れたことと取次への根回しによっているのだろうし、まだ出版業界も鷹揚だったことを示していよう。

 

 それに比べて、本連載29などの安原顕が1992年に文芸誌『リテレール』(メタローグ)を創刊するのだが、「広告の欄」どころか、賛助広告も一切なく、雑誌コードも取れずに終わってしまった。もちろん渡辺のような優秀な営業担当者がおらず、安原が取次を含めて兼ねていたことも原因であろう。だが『牧神』と『リテレール』の創刊の時代は20年近い開きがあり、もはやそうしたリトルマガジンの時代は終わりつつあったことを告げている。渡辺のほうは牧神社倒産後、自ら北宋社を立ち上げていく。それは本連載で後述していくつもりだ。

 

 なお『牧神』プレ創刊に当たるマイナス2、3号は入手していないし、未見のままである。

 

—(第60回、2021年1月15日予定)—

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