矢口英佑のナナメ読み #001〈『西郷隆盛』立川文庫セレクション〉

*論創社の刊行は月に10点に迫る。

その中から私の気になる数点を選び、ささやかな寸評を加え紹介を試みる。力技がいつまで続くかどうか、力の及ぶ限り挑戦する。ご笑覧あれ!


No.1  『西郷隆盛』立川文庫セレクション

 

矢口英佑〈2019.2.10〉

 

 昨年(2018)のNHK大河ドラマは西郷隆盛を主人公にした「西郷どん」だった。そして、本書『西郷隆盛』が狙いすましたように、このドラマが終了する12月に刊行されたのには、この人物の名前が人びとの記憶から遠ざかる前にという思惑が論創社にあったであろうことは十分に推測できる。

 

 しかし、その思惑通りに本書が手にされたとしても、「立川文庫セレクション」という表紙カバーの文字と帯に記された「百年の歳月を経て帰ってきた」とが結びつかなかったら、漢字にすべてふり仮名がつけられた形式と、冒頭の一文を目にしただけで、ギョッとする読者が少なからずいるのではないだろうか。

 

 ちなみに、その冒頭の一文を示せば、

 

 「嶺(みね)の紅葉(もみじ)は明(あ)け初(そ)める朝暾(ちょうとん)をうけて、さらでも花(はな)やかな色(いろ)に輝々(きき)とした光(ひか)りを添(そ)え、塒(ねぐら)放(はな)れた鳥(とり)の声(こえ)は杜(もり)から杜(もり)に伝(つた)わって、暁(あかつき)告(つ)ぐる鐘(かね)の音(ね)と和(わ)し、今(いま)までは沈(しず)みに沈(しず)んだ寂寞(せきばく)の天(てん)地(ち)も俄(にわか)に活気(かっき)を呈(てい)したかと思(おも)わしめた時(とき)、遙(はる)かに鹿児島(かごしま)の城下(じょうか)を離(はな)れた此(この)上(かみ)野(の)園(その)村(むら)へ、草場(くさば)の露(つゆ)を馬蹄(ばてい)に散(ち)らして駆(か)け付(つ)けた一人(ひとり)の武士(ぶし)がある」

 

 明らかに現在の日本人には異質の文章世界が広がっている。

 

 確かに立川文庫(たつかわぶんこ)が持つ独特の文章表現形式は、明治時代の森鴎外、樋口一葉、夏目漱石などの純文芸ジャンルとも大きく異なる文章世界と言える。その理由は、講釈師によって語られた講談をそっくり書き取った速記本だったということと、明治という時代に誕生した多数の新たな若い読者を主な対象としていたからである。漢字にすべてふり仮名がつけられているのもそのためだった。

 

 講談という話芸は、明治時代に全盛期を迎えている。大きな理由の一つは、新しい近代国家が現在進行形で生まれつつあった時代を講釈師が鋭敏に感じ取り、巧みに講談に組み込んでいたからである。講釈師は江戸時代からの軍記物や人物譚だけでなく、ホットな事件や出来事をあたかも自分が体験したり、見てきたように語って聞かせたため、それが魅力となって人びとを惹きつけていた。

 

 明治時代には、講釈師の語りがリアルタイムで、庶民の知りたいという欲求にみごとに応えていたのである。たとえば1894年(明治27年)の日清戦争、1904年(明治37年)の日露戦争の様子が現在形で、まるでニュースドキュメント風に臨場感溢れる語りで伝えられていた。

 

 しかも、講釈師の語りの中には、人間としてどのように難局に立ち向かうべきか、どのような人間でなければならないかといった「教化」「啓蒙」と、やや大袈裟に言えば、近代国家として歩み始めた日本という国の日本人を「教育」する教育者の一面も、講釈師は担っていたのである。

 

 もう一つ、講談に人気が集まった理由がある。それは講釈師が聴衆とのキャッチボールを厭わなかったことだろう。つまり聴衆が歓迎するストーリー展開や人物像を、みずからが語る講談に取り入れることにも熱心だった。その意味では、一つの講談は決して講釈師一人で生み出されたのではなく、聴衆とともに作り上げられてきたとも言える。本書『西郷隆盛』も、人びとの〝こうあって欲しい〟という西郷像が巧みに取り入れられていたという判断はまと外れではないだろう。

 

 一方、聴衆側にも江戸時代とは異なる変化が生じていた。「読み、書き、そろばん」能力を備えた国民が驚異的に増加したからである。明治23年(1890年)の小学校令で、小学校制度の基礎が、そして明治33年(1900年)には4年制の義務教育制度が確立され、就学率は明治38年(1905年)には約96%に達していた。しかも、就学率の男女差が急速に縮小し、また地域差も縮小(文部科学省『学制百年史』による)していた。

 

 こうした新しい読者層の出現、そして講談の人気に目をつけたのが、1904年(明治37年)に立川文明堂(たつかわぶんめいどう)を創業した立川熊次郎(たつかわくまじろう)だった。演芸場に足を運ばずに、本(立川文庫)を手にすることで、演芸場で講釈師の講談を聞くのと同じ楽しみが味わえることを知った新しい読者層が一気に飛びついたのは言うまでもない。立川文庫本は1911年(明治44年)から1924年(大正13年)にかけて200篇近くが刊行され、講釈師による「話す講談」から文字による「読む講談」への大きな変化を促し、日本の書籍の大衆化と、文学の大衆化をももたらした。通俗小説、今で言うエンターテイメントを一つのジャンルとして確立させる原動力となったのである。

 

 論創社の「立川文庫セレクション」を見ると、『西郷隆盛』のあとに刊行される予定の『一休禅師頓知奇談』『宮本武蔵』『水戸黄門』『真田幸村』『猿飛佐助』『後藤又兵衛』『大久保彦左衛門』『太閤と曾呂利』『柳生十兵衛旅日記』は、いずれも「読む講談」として登場するや、庶民からは自分たちに寄り添うヒーローとして歓迎されていった主人公たちばかりである。

 

 『一休禅師頓知奇談』の一休禅師は、現在でも漫画、アニメ、絵本などで子どもにも親しまれているとんちの「一休さん」であり、忍術を駆使して大活躍する「猿飛佐助」は、講釈師が庶民とともに生みだした架空のヒーローであり、「水戸黄門」は、助さん・格さんと諸国を漫遊し〝弱きを助け、強気をくじく〟、これまた庶民が望む指導者のあるべき人間像が産み出され、今でもテレビなどでお馴染みである。

 

 このように立川文庫を通して明治時代から庶民に親しまれてきた人気キャラクターは、現代でも日本人の琴線に触れる存在として、生き続けている。というのも、これまでに人物往来社から『人物往来社版立川文庫』(1968年)が、講談社から『復刻立川文庫傑作選全二十巻』(1974年)が復刻されていて、これらに収録された作品と今回の論創社『立川文庫セレクション』で重なる作品が少なくないことからも、それが証明されていると言えるだろう。

 

 ただし、一つの例外がある。論創社版には『西郷隆盛』が収録されていることである。

 

 本書に登場する西郷隆盛は人格的には徹底した正直者であり、仁や義、礼に厚く、弱者の立場を忘れない情の人であり、思想的には断固とした勤王倒幕派である。幕藩体制から明治という立憲主義国家誕生のために、困難に敢然と立ち向かう立役者であり、〝西郷無くして、明治無し〟が本書の主題にほかならない。

 

 本書では、歴史的事実を忠実になぞる姿勢はほぼ放棄されながら、歴史的事件は巧みに取り入れられていく。時にはサスペンス調に、時には無敵の剣豪譚に、時には純真な少年物語のように展開する『西郷隆盛』は、血湧き肉躍る、わくわくどきどきの連続である。

 

 本書は西郷隆盛の自決という歴史的事実で閉じられるのだが、その末尾では本書の主題がみごとに語られている。

 

 「別府(べっぷ)新助(しんすけ)の介錯(かいしゃく)によってあわれ蓋世(がいせい)の英雄(えいゆう)も草葉(くさば)の露(つゆ)と消(き)え去(さ)ったが、天(てん)は大義(たいぎ)に組(くみ)した英雄(えいゆう)を長(とこし)えには葬(ほうむ)り去(さ)らず、(中略)維新(いしん)の大(だい)功臣(こうしん)として其(その)名(な)は四時(しいじ)芳(かんば)しく匂(にお)うて居(お)る」

 

 どうやら立川文庫は声を出して読んでこそ、初めてこうした〝語り〟の余韻を十分に感得できるようである。音読する声のリズムに乗るに従い、読者の眼前に西郷隆盛が生き生きと蘇ってくるに違いない。

(やぐち・えいすけ)

 

〈次回、2019.2.20予定『蓮田善明 戦争と文学』〉

 

西郷隆盛』 四六判上製232頁 定価:本体1,800円+税

 

 

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