矢口英佑のナナメ読み #008〈『フクシマの教訓―東アジアにおける原子力の行方』〉

No.8『フクシマの教訓―東アジアにおける原子力の行方』

矢口英佑〈2019.4.20

 本書の「フクシマ」が漢字ではなく、カタカナで表記されているのは、日本の47都道府県の1県である「福島」を意味していないことは言うまでもない。2011年3月11日に起きた未曾有の大地震・「東北地方太平洋沖地震」(通称 東日本大震災)によって引き起こされた巨大な津波で破壊された福島第一原子力発電所の重大事故とその後の放射能汚染による、さまざまな状況を象徴的に表した、世界共有の言葉にほかならない。

 

 福島第一原子力発電所の1~4号機で起きた炉心溶融や建屋爆発事故のその後は、8年を経過した現在も、いずれの炉も廃炉に至っていないどころか、使用済み核燃料の除去の見通しも立っておらず、地域住民だった人びとの帰還も困難な状況が続いている。

 

 原発事故がいかに重大な負の遺産を担い続けているのか、私たちは身をもって体験している渦中にあり、それが終わっていないことを忘れてはならないだろう。

 

  本書は2011年に起きた福島の原発事故直後から「被災者を支援するため何ができるか尋ねた。すると多くの人たちが、政府や企業(東京電力:TEPCO)、大手のマスコミ、そして専門家の一部が伝える、震災の影響についての情報は信頼できない」という声が聞こえてきたことが刊行の端緒となっている、とオーストラリア国立大学のピーター・ヴァン・ネスが序文で記している。

 

 これは本書の「訳者あとがき」で、訳者の生田目学文が震災から2カ月後に海外研修でオーストラリア国立大学へ赴任したことから、彼の恩師、ピーター・ヴァン・ネスの協力の申し出のもとに「フクシマ・プロジェクト」が立ち上げられた、との記述に重なる。その意味では、「「フクシマ・プロジェクト」の目的は、第一に福島をはじめとする日本の人々に正確な科学的情報を提供すること、第二にこれを世界に発信すること」という思いは、二人の尽力によって実を結んだと言えるだろう。

 

 こうした目的を実現するために、「フクシマ・プロジェクト」は、先ず2012年に仙台の東北福祉大学でオーストラリア国立大学との共催で「原子力災害への対応:知ることの必要性」を、2014年にオーストラリア国立大学で「東アジアにおける原子力発電:費用と効用」という、二つの国際ワークショップを開催してきた。その成果を踏まえて、本書にはオーストラリア、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、シンガポール、台湾、日本などの大学、研究機関に所属する16名の研究者の論文が収載されている。

 

 異なる二つのテーマからのワークショップだったため、「フクシマ以後」の原子力の今後について、多様な論考、報告が見られるのは当然だが、これらがおおよそ原発賛成派(もしくは容認派)と反対派(もしくは批判派)とに大別されるであろうことは推測がつくだろう。

 

 現在、多くの国々でエネルギー供給源の一つとしての原子力が大きな位置を占めていることは否定できない。フランスでは現在、電力供給の75%以上を原子力発電に依存しているほどである。しかし、その一方で本書の序文にあるように「原子力を巡る国際的議論に立ち入れば立ち入るほど、議論の質に関する懸念が高まっていった。誤った情報が数多く流布しているだけでなく、時には偽の情報も流され、それによって原子力に関する議論の行方が左右されることもあるという事実に、我々は驚かされた」と、ピーター・ヴァン・ネスが述懐している。

 

 日本でも大気汚染を起こさないクリーンなエネルギー、安定したエネルギー供給源、燃料コストの抑制といった、為政者や電力会社などの喧伝に疑いの眼差しを向けた人びともそれなりに存在したはずである。特に2011年3月11日以降、日本人の原発に対する不信感は確実に増大したことは間違いない。だがそれにも関わらず、原発(原子力)に対する正確な知識となると、はなはだ心もとないことに気づかされるのではないだろうか。この正確な知識とは、原発そのものへの知識もそうだが、さらに原発の運用をめぐる知識、見識といったかなり広域にまで及ぶ理解をも含むだろう。冒頭で述べた福島第一原子力発電所の現状と今後の安全、無害化への処理作業とそれに必要な費用、さらにはそこで作業を続けている人びとへの人体的影響等に我々はどれほど理解しているのだろうか。

 

 ピーター・ヴァン・ネスの述懐がそのまま当てはまるとは思いたくないが、たとえば、日本の現在の状況に目を向ければ、あたかもそっと静かに忍び寄るように、上述した良い事尽くめの装置としての原発の必要性が再び、唱えられ始めている。2018年4月には関西電力の大飯原発3号機、6月には4号機が営業運転を始め、四国電力は伊方原発3号機が11月に営業運転を開始。九州電力の玄海原発3号機が5月に、4号機が7月に営業運転を始めているのである。昨年のたった一年間にである。つけ加えれば、東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機の営業運転の可能性もますます高まってきている。

 

 本書は第1部「原子力産業の現状」、第2部「国別研究」、第3部「原発推進の真のコスト」、第4部「ポスト原子力の未来」の四部構成となっている。以下の章立ての表題を見れば、何を問題にされたのか、おおよそ見て取れるだろう。

 

 第1部 第1章 福島原発事故以降における日本の原子力政策の諸問題

     第2章 フランスという例外ーフランスの原子力産業、およびそれが新たなエネルギーシステムへの移行を目指す政治的計画に与える影響

     第3章 エネルギー助成ー世界的な推計、変動の原因、および核燃料サイクルに関するデータの欠落

 第2部 第4章 新標準? 中国における核エネルギーの将来性の変化

     第5章 韓国原子力産業の政策と慣行への反対運動

     第6章 統制か操作か? 台湾における原子力発電

     第7章 ASEANにおける原子力協力関係の拡大―地域的な規範および課題

 第3部 第8章 電離放射線が健康に与える影響

     第9章 原子力とその生態学的副産物-チェルノブイリとフクシマの教訓

 第4部 第10章 原子炉の廃炉

     第11章 持続可能エネルギーという選択肢

     第12章 フクシマの教訓-9つの「なぜ」

 

 本書は原発反対派の状況だけを取り上げているわけではない。その意味では、さまざまな色合いが入り交じったであろう、国際ワークショップのありのままの姿が伝えられていると見てよさそうで、編者たちの見識が窺える。たとえば、第7章ではASEAN諸国では福島の原発事故とその後の惨事が教訓とはならず、原子力発電建設計画の勢いを止めることはなかったことが報告されている。また第6章でも、台湾では原子力発電の安全規制より発展が優先されている現状が浮かんでくる。

 

 一方、第12章を執筆したピーター・ヴァン・ネスは、この章の「結論」の中で次のように記している。

 

 我々が得たフクシマの教訓は、原子力発電の本源的コストは計算不可能であるという、最初にして最大の結論を土台としている。そのコストは現在のところ、経済的な物差しでも、あるいは健康への被害や人命の損失といった物差しでも測ることはできない。その理由の一つとして、廃炉の全工程が完全に成功した場合の想定費用すらまったく定まっていない一方、チェルノブイリ原発や福島第一原発など危機的状況の中で閉鎖された原子力発電所の廃炉費用が今後も上昇し続けていることが挙げられる

 

 原子力発電の寿命は永久ではない。原発事故などが起きなくてもいずれはその役目を終えて廃炉となる。しかし、原発建設を推進することは、やがて第3章で記されているように「核廃棄物を生みだす原子炉の多くは、処分費用の積立て不足が現実のものとなる、はるか以前に廃止されるだろう。だが廃炉後の費用調整は不可能と思われる」と恐ろしくなるような予測をすでにしているのである。

 

 これが原子力発電のもう一つの顔にほかならない。

 

 本書は「フクシマ」を直接体験した私たちに「継続的に、安定して、安価に供給できるクリーンなエネルギー」とされる原子力発電という、放射能の危険性を道連れにしている装置への知識を豊かにし、この装置についてあらためて考えさせる有効な一書となっている。

 

(やぐち・えいすけ)

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〈次回、2019.4.30予定『星をかすめる風』

フクシマの教訓』 A5判並製376頁 定価:本体3,800円+税

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