矢口英佑のナナメ読み #023〈『満洲国のラジオ放送』〉

No.23 『満洲国のラジオ放送』

矢口英佑〈2020.3.2

 

 1932年3月1日に建国され、1945年8月15日の日本の無条件降伏によって、その3日後の18日に愛新覚羅溥儀の皇帝退位宣言によって消滅した満洲国は、わずか13年余存在したに過ぎなかった。

 

 日本の傀儡国家として出現したこの国は、政治、経済、国防、文化等あらゆる領域の立案から企画、実行まで、すべてが経験したことのない、未知なる壮大にして不幸な実験だったとも言える。

 

 満洲国が成立する以前から日本はすでにこの地域へ軍隊、物、人間、さらには日本人の生活慣習や制度までも持ち込み始めていた。しかし、国家理念として五族協和を掲げ、王道楽土建設を目的とする国民国家として存立させようとしたときから、日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人を一つの国民としてまとめ、一つの方向に向かわせることが重大、且つ困難にして解決しなければならない課題として立ちはだかることになったのである。

 

 こうした状況のなかで、統治する側が新たな一つの国家の国民として、統括・統合し、満洲国の理念とその方向性を幅広く浸透させ、さらには国外に向けて発信する有効な手段として、ラジオに注目するのは当然であったとも言える。

 

 本書は、強力なプロパガンダ装置としての満洲国のラジオ放送事業について、事業内容とその展開、放送内容の構成、新聞報道との関係、ラジオドラマ、学校放送、ラジオ体操といったこれまで具体的な放送内容にまで踏み込めていなかった部分に斬り込んで分析し、その実態を明らかにしようとした意欲的な研究書である。

 

 言うまでもないが、満洲国は建国に至る経緯からして大日本帝国と深く結びついており、日本との関わりなしに国民国家として存立する意義は失われ、存立し続けること自体が困難であった。それはラジオ放送事業においても逃れられず、著者の関心はおのずとその点に向けられている。その結果、日本でのラジオ放送事業との関わりは無論のこと、満洲国のラジオ放送事業の独立性、独自性を発揮しようと努力しながら、しかし、日本帝国が望む満洲国という国体の有りようと、向かおうとする道筋から逃れられない傀儡国家の実相が浮かびあがってくるのである。

 

 ただし、本書を通して初めて知ることになる数編のラジオドラマからは当時の満洲国の人びとの生活ぶりや考え方を窺うことが可能であり、学校放送やラジオ体操の実施方法や受けとめ方などからは満洲国の文化状況が透けて見え、研究書としてだけでなく満洲国を知る一般書としても十分に読めるものとなっている。

 

これまでにも満洲国での強力なプロパガンダ装置として機能した新聞、ラジオ、映画等に関する研究は比較的多く積み重ねられてきている。それらがどのような内容であったのかは、本書の「はじめに」で具体的に示されている。しかしそれによって、これまではラジオ放送の内容や番組構成、放送が果たした機能や効果などといった面からの研究がほとんど手つかずのままであったことがわかる。

 

 本書では、そうした欠落部分を補うように、ラジオ放送事業が満州国でどのように確立されたのか、それはどのように展開されたのか、どのような機能を発揮したのかを発信者の一方的な行為としてではなく、聴取側や放送関連機関などにも着目して、放送というもののメカニズムを重層的に明らかにしている。

 

 それにしても、ラジオ放送の研究にとって厄介なのは、ラジオとは音声を媒介として、聴取側に伝えられるものであるだけに、その音声が完璧に保存されることはなく、少なからず消え去ってしまっていることだろう。つまり研究にとって欠くことのできない原資料の多くが物理的に入手不可能に近く、この研究領域での広がりと深化を阻む大きなマイナス要因を抱えてしまっているのである。

 

 ただし、このような私の記述は誤解を招く恐れがある。当時の放送録音盤がすべてではないにしても、中国吉林省档案館に保存されているからである。しかし、残念ながら現在までのところ、多くの研究者が待望しながら、この1次資料を直接、調査することはできない。様々な要因はあるだろうが、何よりも〝物が物だけに〟という点がなによりも公開を阻んでいるにちがいない。

 

 それだけに、著者が入手した「録音盤目録」は目録に過ぎないが、現在までのところ、満洲国のラジオ放送を研究する上で、第一級の資料になっていると言っていいだろう。これまで追究したくても、推量は可能であっても、検証や確証を得ることができなかったからであり、研究上の発展性をより求めることを断念せざるをえなかったからである。著者は「粘り強い交渉の結果」と本書に記しているが、現地での調査が許可され、「録音盤目録」入手に至るまでに費やされた時間と労力は想像に余りある。

 

 その結果、「多くはニュース放送であることがはじめてわかった。さらに二百項目以上のニュースタイトルのほか、数多いラジオ講演の録音、電々記者の現地調査の録音、対談のタイトルおよび内容紹介を把握することができた」と著者は記している。

 

 これらはすべて、これまで知られていなかった新しく発掘された情報である。

 

 これによって、当時のラジオ放送に関する史料、新聞掲載記事、当時のラジオ放送をめぐる文化的な状況などでしか裏付けられなかった満洲国のラジオ研究が大きく前進することはまちがいない。そして言うまでもないが、本書がこれらの資料や情報を論証資料や補強史料として、極めて有効的に活用されている。

 

 著者が新たに発掘した資料として、ラジオドラマの脚本についても触れておく必要があるだろう。本書では「ラジオドラマ」として1章が設けられており、

 

1ラジオドラマの登場と発展

2ラジオドラマの分類と二つの創作形態

3ラジオドラマと「国策劇」

4二つのテキストからみる満洲国のラジオドラマ ①「救生船」②「拓けゆく楽土」

5ラジオドラマの没落 ①ラジオドラマと検閲 ②ラジオドラマの没落

6満映作品のラジオドラマ化について ①満洲国の新聞・ラジオ・映画 ②「国法無私」からみる新聞とラジオの協力 ③「国法無私」に隠された満映の意図と動向 ④満映と電々について

7満洲国ラジオドラマの意義

8資料:放送されたラジオドラマ作品一覧

9資料:二つの脚本

 

 と9節に分けて論じられている。

 

 これらの項目名を眺めるだけでも、著者が意図するところは、おおよそ見て取れるだろう。当時のラジオ放送で娯楽番組として音楽、スポーツ、伝統劇、小説朗読、ラジオドラマの放送や実況があり、なかでもドラマ放送が聴取者からは歓迎されていた。それだけに満洲国を統治する側からの直接、間接の指導と検閲には厳しさが伴っていた。

 

 ラジオドラマの娯楽性・文芸性追求と政治的指導・検閲のバランスをどのように取りながらドラマ放送が続けられていったのかについては、著者が調査し、まとめたラジオドラマ作品一覧(「8節」)と、著者が新たに発掘した中国語と日本語のドラマ脚本2本(「9節)が教えてくれる。なによりも放送内容に踏み込んで論じられているだけに、説得力に富んでおり、本書の優れた点となっている。

 

 本書には上記の2つの資料のほか、「録音盤目録」に記載されているニュース項目と『満洲日日新聞』のラジオ放送に関する記事をまとめた一覧表資料、さらには学校放送に関する資料も付されている。いずれも著者の目配りの確かさを示しており、今後の研究に大いに寄与するにちがいない。

 

 以上のように、本書は満洲国のラジオ研究を大きく前進させる一書になっているとともに、貴重な研究資料にもなっているのである。

 

(やぐち・えいすけ)

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〈次回、2020.4月下旬予定『 改訂新版 真夜中のミステリー読本

『満洲国のラジオ放送』 四六判上製362頁 定価:本体3,000円+税

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