矢口英佑のナナメ読み #026〈『愛・自由・平等 心 やさしき闘士たち』〉

No.26 『愛・自由・平等 心やさしき闘士たち』

 

矢口英佑〈2020.5.7

 

 本書の書名からジェンダー問題を扱う内容か、と受け取る向きもあるかもしれない。だが副題の「TENGAの革命」に目が及んだ読者は、「TENGA」を知る者と、そうでない者とで反応がはっきり分かれるのではないだろうか。

 

 知らない者は本書を手にとって読み進めるうちに、その商品名も兼ねる「TENGA」という企業に少なからずの衝撃を受けるかもしれない。

 

 一方、知る者は商品がどのようなものか知っているだけに、むしろ、なぜこのような書名なのか、興味が湧くのではないだろうか。

 

 「TENGA」とはアダルトグッズメーカーであり、今から15年前の2005年3月に会社が誕生している。そしてその商品、男性用のマスターベーション用グッズTENGAが7月に売り出されるや、わずか1年間に100万個も売れる人気商品となり、現在では世界65カ国以上で販売され、単純計算で3秒に1個が売れているというのである。

 

 しかし、よく考えてみれば、売れるのは当然と言えるかもしれない。

 

 マスターベーションは、老若男女、誰にもする権利があります。身体に障がいがある方にも、権利があります。いわゆるLGBTの人たちにも権利があります。

 すべての人に等しく権利があります(「プロローグ」)

 

 と著者は記しているが、そもそも性欲は人間の生物学的な三大欲求の一つであり、否定されるべきものではなく、本能的な欲求である。一般的に「性欲」と言った時には性的パートナーと性行為を望むことを指すが、「マスターベーション」はパートナーを伴わないその人自身の欲求の高まりから行われ、著者が言うように「心を抑える砦」になるというわけである。

 

 それだけに、このようなアイテムを思いついた元自動車整備士の松本光一には「コロンブスのたまご」的な独創性があったと言えるだろう。それと同時に、商品化するまでの失敗の連続を乗り越える機械屋としての粘り腰こそが、「TENGA」誕生につながったにちがいない。

 

 ところが物が物だけに、

 

 けれど、そこにいたるまで、TENGAの人たち、とりまく人たちが、数知れぬ悔し涙を流してきたのです。

 悔し涙の理由を探りました。できれば書きたくない熟語、しか思いつきません。

 偏見、拒否、侮蔑、嘲笑……

 でも、みなさんは、あきらめませんでした。そして、それぞれに、心の中で叫んだのです。

 「フォロー・ミー(私につづけ)」

 マスターベーション。それは、男も女も、しています。するもしないも、個人の自由です。あけっぴろげに言うのも、黙っているのも自由です。

でも、この社会では、その自由が認められているのでしょうか。

性のことを口にするのは、はしたない、不謹慎だ。

自慰なんて、はしたない、不謹慎だ (「プロローグ」)

 

 これが日本の社会の一般的な受け止め方であることは認めざるをえない。ここには、現在では薄れてきているとはいえ、日本人の生き方、思考方法のなかに残されている仏教的な、あるいは儒教的な精神風土のもとで、欲望や自己愛を抑制する傾向が培われてきたということも一因としてあるだろう。

 

 それだけに、男性用だけでなくその後、当然のごとく「女性たちが、デザインにこだわり、心地よさにこだわり、自分の心にこだわる。女性による女性のためのグッズ」(「iroha」いろは)も発売されたことで、広報担当の女性たち(著者が言う、心やさしきジャンヌ・ダルクたち)の「TENGA」への貢献は高まった。

 

 「女性が性の楽しさを求めるのは、自然なことです。後ろめたいことではありません」

 「すべての女性のみなさん、『セルフプレジャー』をしていいのです」(「第3章 女性の心を解放せよ」)

 

 会社のビジョン「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」ためには、オナニー、マスターベーションという言葉に抵抗感を抱く女性が多いことから、この会社ならではの新しい概念を忍ばせた言葉が必要であり、それが「セルフプレジャー」だった。

 

 実にみごとなネーミングである。今後、日本人の生活の中に定着していく可能性があるばかりか、世界での共通語になるかもしれない。

 

 本書は、創業者の松本光一をはじめ、創業から2019年夏時点で社員100名余を数え、ベトナムに工場を持ち、バラエティーショップ、ドラッグストア、一部のコンビニエンスストア、東京と大阪のデパートに常設売り場ができるまでに至った「TENGA」15年間のそれぞれの持ち場についた社員たちの奮闘記にほかならない。

 

 第一章「ジャンヌ・ダルクたち」では広報を担当した男性グッズ「TENGA」を売り込む女性たちの人物記と苦労譚が、二章「元自動車整備士、TENGAをつくる」では松本光一の生い立ちから現在までが語られる奮闘伝が、第三章「女性の心を解放せよ」では女性用グッズ「iroha」の企画、誕生、そして広報宣伝活動に加わった女性社員たちに焦点が当てられ、第四章「流通」ではこうした製品だからこそ相手にされなかった拒絶を跳ね返し、東京や大阪のデパートに常設売り場を誕生させ、海外での販路拡大に関わった人物が紹介されていく。

 

 そして「TENGA」が単なるマスターベーショングッズ製作会社にとどまらず、2016年には「TENGAヘルスケア」会社が生まれ、性の障害や悩みを持つ人びとへの支援や医療関係者、大学教員と共同での研究、開発にも取り組み始めたことが、第五章「性の悩みも表通りに、そして性教育へ」で紹介されている。

 

 さらに最終章(第六章)の「すべての人たちへ」では社会的弱者となりがちな障害者や差別視されがちなLGBTの人びとへの支援にも目が向けられ、性的な面での医療研究機関としての社会貢献度が非常に重さを増してきている「TENGA」の実情が紹介されている。

 

 本書を読了した読者は、会社のビジョンである「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」が、遊び半分の言葉でないことが理解できるにちがいない。そして書名になぜ「愛・自由・平等」の文字があるのか、これまた理解できるにちがいない。

 

 著者が言うように「社会を変える革命」は決して大げさな表現ではないのだ。

 

 

(やぐち・えいすけ)

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〈次回『ガラパゴス政党 日本共産党の100年』、2020.6月上旬予定〉

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