本を読む #019〈 薔薇十字社と「ルート版の会」〉

⑲ 薔薇十字社と「ルート版の会」

 

                                        小田光雄

 本連載16で、少しばかりふれておいたように、矢牧一宏と内藤三津子は天声出版で『血と薔薇』を刊行した後、都市出版社、薔薇十字社、出帆社として出版を続けていくことになる。

 

 その経緯は元薔薇十字社の社員の川口秀彦が「70年代零細版元の潰れ方の研究あるいは薔薇十字社外伝」(『彷書月刊』2002年3月号所収)の中で証言しているように、「会社としては別のものだが、矢牧・内藤両氏とそれに付随する人の流れがあり、先行会社の書目を後続会社が刊行したりという流れがあるので誤解が生じるのは無理もない」ほど、外部から見ると、錯綜している。一例を挙げれば、薔薇十字社が『血と薔薇』の版元だったとの誤解も多く生じているらしい。ちなみに付け加えておけば、川口は神田で古書りぶる・りべろを営んでいる。

 

 ここでもう一度その「流れ」を整理しておけば、天声出版から去った後、内藤三津子は薔薇十字社を設立し、矢牧一宏は都市出版社を始めた。だが後者は1972年春に倒産したので、矢牧は営業担当役員として、前者に加わった。しかし翌年夏に薔薇十字社も倒産し、その後二人は出帆社を興すことになる。このようなプロセスがあることから、天声出版の書籍が都市出版社、薔薇十字社の書籍が出帆社へと移されたりしている。そうした例として、薔薇十字社の最初の本である澁澤龍彦訳のコクトオ『ポトマック』は出帆社からも刊行されている。

 

 これらの事情は断片的に伝えられていたが、「出版人に聞く」シリーズ10の内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』によって、天声出版から出帆社への「流れ」を明確にたどることができるようになった。それによれば、『血と薔薇』創刊号は1万部で、大変な評判と反響を呼んだようだ。天声出版を辞めた後、内藤は澁澤に社名を告げ、賛同を得て、薔薇十字社をスタートさせる。処女出版は前述の『ポトマック』だった。

 

 内藤の編集方針としては『血と薔薇』連載のものを単行本化することにあり、それらは塚本邦雄『悦楽園園丁辞典』、種村季弘『吸血鬼幻想』、堂本正樹『男色演劇史』などで、私もこれらの本を持っている。それらの装丁や造本に関して、内藤は澁澤の著書や訳書を出していた現代思潮社や桃源社の構えた感じではなく、おしゃれできれいな本として出版したかったと語っている。

 

 このような内藤の編集センスは少女時代に吉屋信子の読者だったことから始まり、前回の新書館の「フォア・レディース」シリーズなどの出版物を通じて体得されたものだったように思われる。またあえていうならば、その男性の著者であっても、汎用される内藤のたおやめぶりの装丁と造本は、これから増えていくであろう澁澤の女性読者を想定していたのかもしれない。近代ナリコは「おもいでの1960-70年代」のサブタイトルを付した『本と女の子』(河出書房新社)において、「フォア・レディース」シリーズが「ちょうど少女と大人のあわいにいるような女の子たち」に向けて出されていたと書いている。

 

 その一方で、内藤は出版企画や翻訳に関して、澁澤が薔薇十字社のブレーン的存在だったと述べている。だが澁澤の側から見れば、内藤が企画した『血と薔薇』における編集経験とブレーンの役割は、三島由紀夫から堀内誠一に至るまでの所謂「澁澤エコール」の形成を促す要因になったと思われる。それはアカデミズムや左翼のようなヒエラルキーを伴わない、横に連鎖していた人脈であったゆえに、様々な出版企画に結びつき、多くの書物となって結晶化した。もちろん澁澤の多くの著訳書もさることながら、彼が担った目に見えない出版への貢献を記憶しておくべきだろう。その触媒を内藤は先駆的に務めていたことになる。薔薇十字社の活動はわずか4年、出版物は37点、刷り部数は1500部から2000部にすぎなかったが、私たちの世代に強い印象を残しているのは、内藤と著者たちが出版物にこめていた独特のアウラに起因している。そしてそれらは再生不可能で、その後の出帆社の書物からはまったく感じられないのである。三島由紀夫の死とともに、そのような時代も終わろうとしていたのだろうか。

 

 さて薔薇十字社の倒産についてだが、内藤は主たる原因として、社員が増えすぎたことと組合問題を上げている。その一方で、前述の川口文において、内藤の回顧は経営者として率直なものだし、正当な社史資料だと断わった上で、当時の零細出版社の資金繰りの内幕を示し、倒産の実態を明かしている。

 

 川口によれば、この時期に文芸書出版社の営業グループ「ルート版の会」があり、加盟社は薔薇十字社の他に都市出版社、濤書房、れんが書房、イザラ書房、審美社などで、取次や書店への共同営業を目的としていたが、次第に経営者の融通手形の交換の場になってしまったという。本連載15で、矢牧が融通手形による資金繰りを行なっていたことにふれたけれど、それは「ルート版の会」加盟の全社に及んでいたようだ。だから都市出版社の倒産によって、薔薇十字社も予想外の負債の急増、それに伴う資金繰りの悪化をこうむり、他の数社同様に翌年の倒産の直接の原因になったのである。川口文のタイトル「70年代零細版元の潰れ方の研究」とはこの事実をさし、当時の零細出版社の内情を知らしめている。

 

—(第19回、2017年9月15日予定)—

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