本を読む #046〈月刊ペン社「妖精文庫」と創土社「ブックス・メタモルファス」〉

㊻月刊ペン社「妖精文庫」と創土社「ブックス・メタモルファス」

                                         小田光雄

 

 紀田順一郎は『幻想と怪奇の時代』において、その時代に寄り添った出版社として月刊ペン社と創土社の名前も挙げ、前者からは「妖精文庫」、後者からは「ブックス・メタモルファス」などが刊行されたことに言及している。

 

 月刊ペン社は1968年創刊の総合雑誌『月刊ペン』を主体とする出版社で、書籍も多く刊行し、その中でも「妖精文庫」は異色のシリーズであった。それは紀田もふれている日本ユニエージェンシー編『アンソロジー・恐怖と幻想』全3巻を手がけた編集者阿見政志による企画だったと思われる。第1期「妖精文庫」の「別巻」として、1977年に荒俣宏の最初の著書『別世界通信』が出され、同書は「畏友である月刊ペン社の阿見政志氏」に勧められ、『月刊ペン』に連載された「ファンタジーの世界」が骨格になっているとの言が「あとがき」に見える。やはり同誌に紀田たちとゴシックと暗黒小説の紹介を連載し、それは後に『出口なき迷宮』と題され、牧神社から刊行されている。また荒俣はこの「妖精文庫」の編者にして訳者でもあり、ジョージ・マクドナルド『リリス』(上下)、W・H・ホジスン『ナイトランド』(上下)を手がけている。

 

 紀田によれば、この「妖精文庫」は1983年までに29冊を刊行したとされる。たまたま「妖精文庫」30とある81年刊行のジャン・ロラン『フォカス氏』(篠田知和基訳)を所持しているが、32冊のうちのウェールズ神話『マビノギオン』、F・マクラウド『ケルト民話集』、A・ブラックウッド『妖精郷の囚れ人』の3冊が未刊となっている。81年段階で29冊を数えているが、その後、83年に『ケルト民話集』と『妖精郷の囚れ人』が出されている。しかし『マビノギオン』は未刊のままで終わっている。

 

 また83年には商法改正で、総会屋系雑誌とされる現代評論社の『現代の眼』や流動出版の『流動』も休刊となっているので、おそらく同様の『月刊ペン』も休刊へと追いやられ、「妖精文庫」も完結を断念することになったのかもしれない。いずれにしても、月刊ペン社自体が80年代半ばには消えてしまったと思われるし、その時期には「妖精文庫」が古本屋で特価本として売られていたことを記憶している。

 創土社に関しては紀田の証言を引こう。

 

 『ブックス・メタモルファス』は独仏系本で範囲を広げ、定評ある幻想怪奇小説のほか、深田甫全訳『ホフマン全集』(井田一衛編集)などを企画した。荒俣宏訳『ダンセイニ幻想小説集』、中村能三訳『サキ選集』などのほか、私も『ブラックウッド傑作集』『H・R・ジェイムズ全集』(いずれも後に再編の上、『創元推理文庫』として刊行)などと参加したが、諸般の事情から永続しなかったのは惜しまれる。

 

 『ホフマン全集』が鮮やかな緑色の箱入だったことが思い出されるし、ビアスの『完訳 生のさなかにも』(中村能三訳)、『完訳 悪魔の辞典』(奥田俊介他訳)も手元にあり、中島河太郎編『ビーストン傑作集』『ルヴェル傑作集』の記憶も残っている。

 

 しかし創土社の出版に関しての印象的なエピソードは鈴木武樹訳『ジャン=パウル文学全集』にある。私は鈴木のかつての実家の近くに住んでいて、その妹との交流もあり、彼が『ジャン=パウル文学全集』の実現に全力を傾け、その出版費用を稼ぐために働き過ぎて病に倒れ、亡くなったことを聞かされた。その『ジャン=パウル文学全集』6の『五級教師フィクスラインの生活』だけは入手しているが、そこに偶然のことながら、1947.9.15付の「創土通信」(No.4)がはさまれ、中村、深田、荒俣と創土社の井田一衛による「創土社五年之四方山譚」が掲載されていたので、それを紹介したい。

 

 それによれば、創土社の井田は学藝書林で『全集・現代文学の発見』の編集をしていて、先の『完訳 生のさなかにも』などの発行者となっている土屋邦子も同様だったようだ。その学藝書林からサキを出したいということで、中村に翻訳を依頼し、再校までとったのに横槍が入り、出版は中止となってしまった。それで1969年に井田と土屋が創土社を設立し、『サキ選集』を処女出版したのである。中村はいっている。「第一回にサキを出すっていうんで、そりゃあぶない。(中略)そんな小さな出版社で売れるわけはないよ、つくったとたんにつぶれるぞってね」。それに対し、井田も応えている。「サキはどうしても出したかったんで、つぶれてもいいという覚悟で……(中略)サキのあとビーストン、ルヴェル、ビアスの『生のさなかにも』。それからホフマン、ラヴクラフト、ダンセイニ、ブラックウッドと続いて、そういった路線が見えてきたわけですね」。

 

 そうして創土社の所謂「怪奇幻想路線」が定着したのである。それに加えて感動的なのは、そこに『ホフマン全集』全10巻の明細が掲載されているのだが、9冊まで刊行し、そのうちの3の『夜景作品集』、7の『牝猫ムルの人生観』『ブラムビルラ王女他』はすでに品切となっていることだ。『ジャン=パウル文学全集』のほうはわからないが、この時代に『ホフマン全集』の読者は確実に存在していたことになる。だが創土社のほうは1990年代までの存続は確認できたが、その後の行方はたどれていない。

 

−−−(第47回、2019年12月15日予定)−−−

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