本を読む #048〈『思潮』創刊号特集と「ミシェル・レリスの作品」〉

㊽『思潮』創刊号特集と「ミシェル・レリスの作品」

                                         小田光雄

 

 前回ふれた1970年創刊の思潮社の季刊誌『思潮』は72年に6冊目を出したところで終刊となる。その創刊の意図に関して、創刊編集人の菅原孝雄は『本の透視図』(国書刊行会)の中で、「日本語の詩集出版と併走する月刊誌に『現代詩手帖』があるように、海外詩の出版に連動する雑誌があっていい。それを具体化するというのが、一九七〇年に創刊した既刊『思潮』の趣旨だった」と語っている。

 

 これはどこにも記されていないと思われるので、その『思潮』の特集テーマを挙げてみる。

 

 1「シュルレアリスムの彼岸」

 2「シュルレアリスムの異相」

 3「ヌーヴェル・クリティックの暗流」

 4「異形の演劇または醜悪と瘋狂の燔祭」

 5「恐怖と幻想の夢象学」

 6「ネルヴァルと神秘主義」

 

 このようにあらためて、特集テーマを並べてみると、『思潮』は「海外詩の出版に連動する雑誌」というよりも、本連載でも取り上げてきた『血と薔薇』や『パイディア』、あるいは1969年創刊の『ユリイカ』などの特集主義の文芸雑誌の色彩が強い。また『思潮』のように多くが短命であったとしても、60年代後半から70年代にかけてがリトルマガジンの時代であったことを想起させてくれる。それとともに、『思潮』は1、3、5号の3冊が手元に残されているけれど、その特集テーマゆえに購入したことも思い出される。5号については前回取り上げたので、ここでは創刊号に言及してみよう。

 

 これは本連載㉙で既述しておいたけれど、1938年に設立されたジョルジュ・バタイユやミシェル・レリスたちの社会学研究会へ注視し始めていて、1970年第8号の『パイディア』がバタイユ特集で、私はそれに言及していたのである。『思潮』の創刊号も1970年夏に出され、特集テーマは「シュルレアリスムの彼岸」とされていたが、その後にcollège de sociologie というフランス語表記が示され、これが他ならぬ社会学研究会特集だとわかった。つまり『パイディア』と『思潮』はほぼ同時期に、やはり同じ特集を組んでいたことになる。ただ今となっては明確な記憶がないのだが、『パイディア』を先に読み、『思潮』が続いたように思われる。それに後者は古本屋で入手していて、定価の半分の「180」という古書価が記されている。

 

 『思潮』創刊号特集の前口上の前半は次のようなものだ。

 

 人間精神と世界の極限に見出され、時代を超えてあるものは、歴史や意識の変革を説き、事実それに参画した一群のシュルレアリストたちの仕事とは逆の領域にあり、そこに達する研究の作業は決してモラルということで語られるものではない、といった意味のことをバタイユは死の数ヶ月前インタビューアに語っている。恐らく、バタイユ、レリスらの社会学研究会Collège de Sociologie が一九三〇年代というシュルレアリスム凋落の期に屹立させた夥しい作品群はこのような言葉によって一応理解されよう。

 

 そして実際にバタイユ詩集「大天使のように」(生田耕作訳)や先のマドレーヌ・シャプサル「バタイユとの対話」(これは「訳・文章編集部」とあるが、菅原訳とも考えられる。後に晶文社のシャプサル編、朝比奈誼訳『作家の仕事場』に収録)も掲載されているけれど、これはミシェル・レリス特集に他ならない。それは出口裕弘のレリス論「ミノタウロスの影」(後に『行為と夢』所収、現代思潮社)から始まり、その初期散文詩集「基本方位」、モーリス・ナドーと岡谷公二によるレリス論が続き、「レリス略伝・著作目録」で、『思潮』創刊号の半分が占められていることからも明白であろう。

 

 それには当時のレリスをめぐる翻訳出版状況が絡み、巻末に思潮社による「ミシェル・レリスの作品」全4巻5冊の表裏4ページの折りこみ近刊案内が掲載されているように、社会学研究会メンバーの中でも、1970年前後に多くが集中して翻訳されていたのである。まず思潮社のその明細を示せば、小説『オーロラ』(宮原庸太郎訳)、詩集『癲癇』(小浜俊郎訳)、評論集『獣道』(後藤辰男訳)、自伝的エッセイ『幻のアフリカ』(岡谷公二訳)となっていた。そこにその広告に寄せた出口の「レリスを読みながら、私はいつも彼の盟友だったバタイユを横目で見る」というアングルが含まれていたはずだ。しかしどういう事情なのか、経緯は詳らかにしないが、『幻のアフリカⅠ』はイザラ書房から刊行され、その代わりに思潮社からは『日常生活の中の聖なるもの』(岡谷公二訳)が出され、「ミシェル・レリスの作品」は予告と異なり、4冊で完結したのである。この企画編集者が菅原だったことはいうまでもないだろう。

 

 それに先駆け、新潮社からはやはり岡谷訳で、『黒人アフリカの美術』、パラレルに現代思潮社からは『成熟の年齢』(松崎芳隆訳)、『夜なき夜、昼なき昼』(細田直孝訳)、『闘牛鑑』(須藤哲生訳)が出され、『幻のアフリカ』や『ゲームの規則』までの近刊が謳われていて、日本においてレリスはバタイユと同様に、翻訳の栄光に包まれていたといえよう。しかしその時代が臨界点で、岡谷たちによる『ゲームの規則』や『幻のアフリカ』(いずれも河出書房新社)完訳に象徴されるレリスルネサンスは1990年代を待たなければならなかったのである。

−−−(第49回、2020年2月15日予定)−−−

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