本を読む #052〈コーベブックス、渡辺一考、シュウオッブ『黄金仮面の王』〉

(52)コーベブックス、渡辺一考、シュウオッブ『黄金仮面の王』

 

                                         小田光雄

 

 私は初版本、限定本、署名本などに関して、ほとんど門外漢に近く、それらを収集する趣味も持たないし、まずは読むことを目的として、本を購入してきた。それゆえに前回ふれた『アイデア』(368号)のような一冊が届けられなければ、奢霸都館だけでなく、今回ふれるコーベブックスや南柯書局の渡辺一考のことも取り上げることはできなかったであろう。そこでの渡辺のポルトレを引くことから始めてみる。

 

 1947年神戸生まれ。生家は福原の料理屋。高校は二日で行かなくなり、七年半ほど板前をやったという。中学生の頃から古書店を廻り、耿之介、鏡花、杢太郎を蒐集、朔太郎、白秋、清白に耽溺する。1971年、神戸さんちかタウンにあった書店コーベブックスに入社、1974年に同社が北風一雄専務のもと出版事業を始めると、企画・編集・装幀など本造りの一切を任される。岡田夏彦『運命の書』を皮切りに、プルースト詩集『画家と音楽家たちの肖像』(窪田般彌訳)、シュウオップ『黄金仮面の王』(矢野目源一訳)、加藤郁平句集『徴句抄』、中井英夫短篇集『幻戯』など出版部が1977年に閉鎖されるまでの3年間に、詩歌、東西の異端文学を中心に66点の書冊を刊行する。

 

 残念ながら、そのうちで所持しているのは2冊だけで、それらはマルセル・シュウオップ『黄金仮面の王』とヴァレリー・ラルボー『罰せられざる悪徳・読書』である。後者は初めての岩崎力訳の単行本化で印象深いが、みすず書房から復刊されたこともあり、ここでは前者を取り上げてみたい。それに何よりも『黄金仮面の王』の訳者は本連載47の『ヴァテック』の矢野目源一でもあるからだ。

 

 この造本は書影に見えているように、菊判、背のところは革装で、奢霸都館のイメージとも少しばかり異なる荘重さを感じさせるし、実際に函入である。それはコーベブックスの出版物のほとんどがそうだったと推測され、その事実は版元がコーベブックスという書店だったことから、函が採用されたのではないだろうか。日本の出版流通システムにおいては限定本や豪華本ほど、本体の保護のための輸送箱が必要であることは周知の事実だからだ。それを伝えるかのように『黄金仮面の王』にしても、本体の造本や活字に対する配慮とは裏腹に、函にはそうした気配がまったく感じられない。

 

 表紙を開くと、遊び紙のところに「南柯叢書」と記され、『大天使のように』と同じ山本六三の「飾画」が添えられ、次に本扉、「訳者序文」、目次が続き、「校訂」須永朝彦との表記もある。この1冊は1924年に新潮社から刊行されたシュオップ『吸血鬼』の復刻で、「黄金仮面の王」を始めとする12の短編を収録している。本連載36で、澁澤龍彥が東京創元社の『世界恐怖小説全集』第9巻、及び同じく創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』第4巻の翻訳と解説を担い、両者の総タイトルがシュオッブ他『列車〇八一』であることを既述しておいたが、これも「〇八一号列車」として、すでに『黄金仮面の王』に収録があったとわかる。それだけでなく、種村季弘編『ドラキュラ・ドラキュラ』(薔薇十字社、73年)にも『黄金仮面の王』から『吸血鬼』が抽出されていたのである。そうした意味において、大正時代に翻訳刊行された矢野目訳『吸血鬼』は隠れたる怪奇幻想名作集といっていいし、それが『黄金仮面の王』としてここに復刻されたことになり、それは同じく牧神社による矢野目訳『ヴァテック』の刊行と併走していることを意味していよう。

 

 これに「解説」を寄せているのは他ならぬ種村で、訳者の矢野目の大正初期に新進詩人としての異教的古代趣味から悪魔主義的な暗黒小説の悪夢への反転、そして江戸文化への回帰にふれ、ひとりの詩人と翻訳者の軌跡をあとづけ、戦後の晩年の矢野目に関しても吉行淳之介の回想を引き、次のように述べている。

 

 芸術に聖潔なかつての初々しい青年詩人は、中年から暗黒趣味に反転したが、晩年はいささか滑稽な、落魄の道化を演じていたらしい。しかしどうだろう。シュオッブの純粋な夢想家の若い晩年も美しいが、矢野目のこの喜劇的でいかがわしい晩年も悪くないのではないだろうか。

 

 矢野目の「喜劇的でいかがわしい晩年」のエピソードを伝えているのは吉行の『私の文学放浪』で、私もそれで矢野目の存在を知った。なお種村のこの「解説」は「黄金仮面の王」として、『壺中天奇聞』(青土社、96年)に収録されている。

 

 また矢野目の戦後の晩年ではないけれど、渡辺一考のその後を伝えておくべきだろう。渡辺はコーベブックスからの分離独立というかたちで南柯書局を主宰し、『シュオブ小説全集』(大浜甫訳)、『ラルボー著作集』(岩崎力訳)などを刊行した後、東京に居を移し、雪華社、書肆山田、立風書房、読売新聞社、研文社と本造りは続けていった。

 

 しかしそのような版元の相違はあったにしても、渡辺のうちに一貫して存在していたのは、南柯書局というプライベートプレスだったことはいうまでもないだろう。

 

−−−(第53回、2020年6月15日予定)−−−

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