矢口英佑のナナメ読み #027〈『ガラパゴス政党 日本共産党の100年』〉

No.27 『ガラパゴス政党 日本共産党の100年』

 

矢口英佑〈2020.5.28

 本書は日本共産党が2020年現在、〝野党連合政権〟構想を示していることに対して、その「資格」はないとする立場から共産党の「真実の姿」「真実の歴史」を明らかにしようとするものである。

 

 では著者が捉える「真実の姿」「真実の歴史」とは何か。

 

 それらは1917年11月、レーニンの指導のもとロシアに世界初の社会主義国家が誕生したことから説き起こされる。そして、ロシア革命からおよそ1年4カ月後の1919年3月4日、レーニンの強い意志によって「共産主義インターナショナル」(コミンテルン)という世界的な政治組織がモスクワで結成されるのだが、著者は次のように述べている。

 

コミンテルンなしに日本共産党が一九二二年の時点で産声をあげることはなかった。その意味でコミンテルンの歴史は同党の「出自」に決定的な意味を持つ(第7章 「歴史の遺物」コミンテルンから生まれた政党)

 

 として、

 

日本共産党の創設とされる一九二二年からコミンテルン解散の一九四三年までの二一年間、同党は真に「独立した政党」とはいえず、ソ連を中心とするコミンテルン(国際共産党)の「一支部」にすぎなかった。要するに日本共産党は、外国政党の一部として出発した特殊な政党なのである。(中略)当時の日本共産党の最高指導者は、紛れもなくソ連のスターリンその人だった。そのため同党がソ連に〝盲従〟する習性は、戦後も長らく続いた(第7章 「歴史の遺物」コミンテルンから生まれた政党)

 

 これが日本共産党のたどった1945年までの歴史であり、実態だとしている。

 

 しかし、本書の論点は「ソ連に〝盲従〟する習性は、戦後も長らく続いた」ことにこそ焦点が当てられ、そこから現在の日本共産党の評価を下すことに多くの紙数が割かれている。

 

 そのため、本書の第1部が「朝鮮戦争と五〇年代問題」となっているのだが、著者の問題意識がどこにあるのかを、実に鮮明に映し出している。さらに言えば、1945年8月15日の日本降伏で多くの共産党員が出獄し、合法政党として再建された戦後の活動を執拗に検証、分析することは、日本共産党の本質を明らかにするためには絶対必要不可欠だったのである。

 

 第1部の「朝鮮戦争と五〇年代問題」は第1章から第6章までで構成されているが、それぞれの章題を見ただけで、著者が何を問題としているのか、ほぼ掴めるにちがいない。以下に列挙してみよう。

 

  • 第1章 日本共産党が「テロ活動」を行った時代
  • 第2章 組織的に二人の警官を殺害
  • 第3章 殺害関与を隠蔽し、国民を欺き続ける
  • 第4章 日本三大都市で起こした騒擾事件
  • 第5章 共産党の鬼門「五〇年問題」とは何か
  • 第6章 白鳥事件 最後の当事者に聞く(高安知彦・元中核自衛隊員)

 

 この第1部では1950年代、特に朝鮮戦争(1950〜1953)時期、日本共産党が暴力革命を志向し、日本でのテロ活動を活発化させていた事件を当時の多くの新聞記事を資料として提示しながら、その実態を暴いている。しかも共産党指導部は徳田球一ら主流派と宮本顕治ら非主流派がスターリンのコミンフォルム声明受け入れをめぐる対立から事実上分裂し、組織的な結束が失われた時期(「五〇年問題」)とそれが重なることも見逃さない。

 

 なぜなら著者は「五〇年問題」への対処姿勢こそが、日本共産党の本質的な欠陥を教えていると捉えているからである。その理由は1955年に両派が和解すると、テロ活動に反対していた宮本顕治ら非主流派までもが暴力革命を党是とする「一九五一年綱領」(徳田綱領)」を肯定し、「一九六一年綱領」(宮本綱領)で暴力容認路線から平和路線へ転換されるまで、それは継続されていたのであった。しかしそれにもかかわらず、「一九六一年綱領」が採択された当時の共産党書記長で、暴力革命を支持していたはずの宮本顕治は、1967年7月30日号の『朝日ジャーナル』のインタビューで、

 

極左冒険主義の路線は、以上の党の分裂状態からみれば、党中央委員会の正式な決定ではなかったことも明らかなことです(第5章 共産党の鬼門「五〇年問題」とは何か)

 

 と、わずか15年ほど前の事実を糊塗し、みごとなまでに責任逃れをしていたのである。しかも現在になると、いっそう明確に責任転嫁された日本共産党史ができあがってしまっていることを著者は指摘している。

 

 2020年2月14日付『しんぶん赤旗』によれば、

 

一九五〇年代に、当時のソ連、中国による干渉が行われ党中央委員会が解体・分裂した時代、分裂した一方の側に誤った方針・行動がありましたが、これは党が統一を回復したさい明確に批判され、きっぱり否定された問題です

 

日本共産党は、『暴力主義的破壊活動』の方針なるものを、党の正規の方針として持ったり、実行したりしたことは、ただの一度もありません(第5章 共産党の鬼門「五〇年問題」とは何か)。

 

 と記していたのである。

 

 著者は共産党が過去の行動に責任を取ろうとしないばかりか、事実さえ捻じ曲げてしまっていると捉え、その姿勢に強烈な不信感を抱かずにいられない。だからこそ1950年代の破壊活動の一つ一つを執拗に追求していくのだろう。その意味では、第6章の「白鳥事件 最後の当事者に聞く」は、白鳥警部射殺事件でみずからの行動の誤りを認めて自供した、たった一人の生存者である高安知彦氏へのインタビューは、加害者だった人物の声だけに、「暴力主義的破壊活動」を引き起こしたことを否定する共産党への厳しい批判となっている。

 

 本書の「第2部 社会主義への幻想と挫折」では、共産党は社会主義の正当性・優越性を主張し、社会主義国がバラ色であるかのように延々と宣伝を続けた時期があった。そのため「ソ連原発を天までもち上げた罪」(第10章 原発翼賛から原発ゼロへの転換)を犯し、「ソ連盲従で核実験に賛成」(第11章 核兵器「絶対悪」を否定した過去)し、「日本の原水禁運動に「亀裂」を入れた罪」、「北朝鮮を厚く信奉した時代」には「社会主義を美化して騙した罪」「(第12章 北朝鮮帰国事業の責任)といったように、各章の節題を繋げただけでも、著者が糾弾する共産党の誤りが何であるかがわかる。そして著者はこう警告する。

 

同党の近年の主張だけに目を奪われて、〝ブレない政党〟などともち上げる評論家や元政治家などをたまに目にするが、歴史をたどれば、これほどまでに「ブレつづけた政党」も珍しい(中略)日本共産党は自らをソ連と戦ってきた立派な政党などともち上げる一方、それ以前にソ連に「盲従」した不都合な過去には意図的にふれようとしない。確信犯的な誤魔化しの手法そのものである(「第8章 ウソとごまかしの二つの記念日」)

 

 著者がこれほどまでに口を極めて共産党の体質を暴き、批判するのは、誤解を恐れずに言えば「共産党を知り過ぎた」からなのかもしれない。

 

「第3部 日本共産党〝政権入り〟の可能性」には「第17章 「被災地」での共産党の活動」や「第18章 日本共産党は〝横糸〟が欠けていた」として、体験者しか知り得ない体験談も挿入されている。著者の知識や言葉だけでなく、他者の体験から紡ぎ出された言葉は著者の言説を補強するのに極めて有効である。共産党に深く関わった人びとの繋がりを多く持つ著者の共産党に関する知識は本質を捉え、生半可なものでないことを窺わせてくれる。また個人的な体験としても「エピローグ 共産党との私的な関わり」には、著者自身「平和の党」「反戦の党」と疑わなかっただけに、共産党の内実がいかに虚飾に満ちているのか、共産党の本質を見抜こうとする執念のようなものさえ感じる。

 

 ただ、以上のようにさまざまな角度から徹底的に共産党批判を展開し、「野党連合政権」を構想する資格はないと断じる著者ではあるのだが、それにもかかわらず共産党の役割を完全否定していないらしいことが「著者紹介」から窺えるのである。

 

 その点にどこかほっとする思いを抱くのは私だけだろうか。

 

(やぐち・えいすけ)

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〈次回『大衆文化のなかの虫たち』、2020.7月上旬予定〉

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