本を読む #029〈安原顕、竹内書店、『パイディア』〉

㉙ 安原顕、竹内書店、『パイディア』

 

                                         小田光雄

 

 鈴木宏は『風から水へ』の中で、その1章を割き、「安原顕さんのこと」を語っている。それは同書における3人の先輩編集者への言及でも最も長いもので、安原の自称スーパーエディターとしての立ち位置を表象しているし、鈴木ならではの「敬愛」をうかがわせている。また水声社の『書物の現在』は安原と鈴木夫人による企画編集で、安原の『カルチャー・スクラップ』の刊行も作用しているのだろう。

 

 安原が鈴木を訪ねてきたのは1977年のことだった。それは「ラテンアメリカ文学叢書」の紹介のための献本依頼で、当時、安原は中央公論社の文芸雑誌『海』の編集者であった。 ちなみに私もこの「叢書」で初めてバルガス=リョサ『小犬たち/ボスたち』(鈴木恵子、野谷文昭訳)やフリオ・コルタサル『遊戯の終わり』(木村栄一訳)を読んだ。それで鈴木と出会うことになったのである。本を読むことを通じて友人となる時代が、1970年代までは続いていた。

 

 それからの二人の関係については『風から水へ』に譲るが、安原のほうでも、『決定版「編集者」の仕事』(マガジンハウス、1999年、旧版白地社、91年)において、1979年の日記を収録していて、そこに鈴木が出てくるので、その部分を引いてみる。

 

国書刊行会の鈴木宏君、来社。竹葉亭の鰻定職を食べるが、高くてまずいのには呆れる。彼は会社を辞めたいと話す[後に書肆風の薔薇社(ママ)(現・水声社を興す)]。彼が手がけた『ボルヘスを読む』と、バーセルミ『眠れ、カリガリ博士』をもらう。ボルヘスの口絵写真に、彼が来日時『海』でインタヴューした折小生の撮った写真が使われており、クレジットまで入っているので照れる。

 

 このボルヘスへのインタビューのことは鈴木も同席したこともあって、『風から水へ』にも出てくるし、やはり二人にとっても記念すべきものだったとわかる。

 

 しかし私にしてみれば、これらのことよりも、安原が竹内書店から出されていた特集主義の季刊雑誌『パイディア』の創刊編集者だったことが重要なのである。実際に鈴木にしても「『パイディア』のそこそこ熱心な読者」で、恩師となる宮川淳の「ジャック・デリダ論―あるいは声と鏡」もその第5号に掲載されていたからだ。私にとっては1970年刊行の第8号で、これは「ジョルジュ・バタイユ」特集で、二見書房から著作集が出始めていたものの、まだその全貌がつかめていなかった思想家のバックヤードを教示してくれたように思われた。

 

 それは現在でも手元にあるが、とりわけ注視したのはバタイユが1938年に社会学研究会設立のために書いた「魔法使いの弟子」、及びそれに付された「R・C」(ロジェ・カイヨワ)による「『社会学研究会』のために 序」であった。それをきっかけにして、私は社会学研究会のメンバーたちの著作を読んでいくことになる。それらはこの二人の他に、ミシェル・レリス、ピエール・クロソフスキー、レーモン・クノーなどだったが、その社会学研究会の全貌がほぼ明らかになるのは、ドゥニ・オリエ編『聖社会学』(兼子正勝他訳、工作舎、1987年)を待たなければならなかった。ちなみに水声社からも、オリエの『ジョルジュ・バタイユの反建築』(岩野卓司他訳、2015年)が出されている。

 

 安原も若かりし頃に企画創刊した『パイディア』に愛着があったようで、前掲書に自分がかかわった創刊号から第11号までの全目次を収録している。また彼はその仕事を認められ、中央公論社の新しい文芸誌『海』へとリクルートされるのである。それからのことは安原自身も書いているけれど、彼の死後、そこに出てくる『海』の同僚編集者だった村松友視が『ヤスケンの海』(幻冬舎)という一冊を出し、安原のことを追悼している。

 

 それはさておき、ここで『パイディア』の他にも多くの翻訳書を刊行していた竹内書店のことにもふれておこう。1960年代後半に、当時でしか出版できなかったと思われる『ゴダール全集』『デュラス戯曲集』『マクルーハン著作集』なども並んでいたからだ。そのことに加え、たまたま『出版人物事典』(出版ニュース社)の中に、創業者が立項されていたのである。

 

竹内博 たけうち・ひろし]一九一三~一九九二(大正二~平成四)竹内書店創業者。東大法学部卒。日本興業銀行、戦時企業金庫を経て紀伊國屋書店に入社、専務取締役に就任、田辺茂一社長をたすけ、敗戦後の混乱期の紀伊国屋書店の再建に努力、書籍・雑誌のほか、四八(昭和二三)から米・英・独・仏など海外出版物の輸入販売をはじめるなど、同書店発展の基礎づくりに大きく貢献した。六二年(昭和三七)竹内書店を創業、歴史・社会科学書を出版、ことに海外の話題の本を数多く出版した。フランスから芸術文学勲章を受章した。

 

 「ことに海外の話題の本」とは先の全集類などを含め、安原がリストアップしている「AL選書」(Art&Literature)をさしているのであろう。

 

 この竹内の経歴を知り、どうして竹内書店が洋書の販売まで手がけていたのかという事情を理解できる。実は先の『パイディア』第8号に「竹内書店洋書部からのご案内」という1ページがあり、そこにバタイユの30冊近いフランス語の原書が挙げられていたからだ。

 

しかし竹内書店は安原退社後、ほどなくして倒産してしまったようだ。そういえば、その頃「AL選書」が特価本として、古本屋でよく売られていたのを見ている。

 

 

—(第30回、2018年7月15日予定)—

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