タイトル シベリア記
サブタイトル 遙かなる旅の原点
刊行日 2020年8月9日
著者 加藤九祚
定価 2200+税
ISBN 978-4-8460-1949-5
Cコード 0095
ページ数 272
判型 四六
製本 上製
内容
「みんなと一緒に明るい方を向いて生きていこう」「人生はいいものだ」と語り続けた文化人類学者・考古学者の著者は、シベリア抑留中に衝撃的な体験をもつ。「彼らとわたしが同じ人間であるとすれば、いっそ『人間』であることをやめてしまいたい」とすら思わせた同胞によるある計画的な「屠殺」事件。その全容を記した抑留記と、抑留を「留学」と捉えて復員後に探究・考察した近代の日本・朝鮮・ロシアの関係史をおさめた「シベリア記」を中心に、シベリア随想、自筆履歴などで構成。極限のなかで人はなにを学べるかを、その生涯をとおして示した著者の原点とその後の軌跡を知る書。著者の人柄と生涯の功績が、川崎建三「加藤九祚とシベリア」、司馬遼太郎「九祚さんの学問とことば」で紹介されている。

推薦帯文:
三宅民夫(アナウンサー)
その時、インタビューしていた私は、言葉を失った。加藤さんが語る、元日本兵による衝撃の事件──。人間の本性にあるもの。戦争が引き起こすもの。シベリア抑留の現実が、酷寒の空気・光景とともに浮き彫りになる。戦後75年。本書は私たちに深く問いかけてくる。
(NHK Eテレ「こころの時代」『私の戦後70年—こころの壁を超える』=2015年放映=で著者が体験を語った──編集部)
著者紹介
加藤九祚(かとう・きゅうぞう)

1922年韓国慶尚北道生まれ。シベリアに4年8カ月抑留、復員後、上智大学文学部ドイツ文学科卒業。平凡社勤務、上智大学講師、上智短期大学助教授を経て、国立民族学博物館名誉教授、創価大学名誉教授。学術博士。ロシア科学アカデミー名誉歴史学博士。第3回大佛次郎賞、第9回南方熊楠賞、ウズベキスタン共和国友好勲章、日本国外務大臣表彰、瑞宝小綬章など受賞多数。『シベリアの歴史』(紀伊國屋書店)、『ユーラシア文明の旅』(中公文庫)、『天の蛇─ニコライ・ネフスキーの生涯』(河出書房新社)、『シルクロードの古代都市─アムダリヤの遺跡の旅』(岩波新書)、『考古学が語るシルクロード史─中央アジアの文明・国家・文化』(平凡社)など著訳書多数。1988年から中央アジアの仏教遺跡で発掘調査を開始。1988年から中央アジアの仏教遺跡で発掘調査を開始。1998年以降、ウズベキスタン科学アカデミー考古学研究所と共同で、テルメズ郊外のカラテパ遺跡の調査を行い、仏教文化研究に多大な貢献を成す。2001年より2012年までほぼ毎年1冊『アイハヌム─加藤九祚一人雑誌』を刊行した。2016年9月、テルメズで発掘調査中に倒れ、搬送された現地の病院で死去。享年94。
目次
加藤九祚とシベリア……川崎建三
Ⅰ シベリア記
九祚さんの学問と人間……司馬遼太郎
はじめに
第一章 明治初期の沿海州における日本・挑戦・ロシアの出会い
     ──瀬脇寿人の『ウラジオストク見聞雑誌』をめぐって
一、ロシア領ウラジオストクの登場
二、瀬脇寿人とその『ウラジオストク見聞雑誌』
三、ウラジオストクにおける最初の日本人たち
四、ロシア領沿海州における朝鮮人の出現
五、諸岡通訳官のナホトカ紀行
六、瀬脇寿人の見たロシア人
七、瀬脇寿人と金鱗曻との出会い
八、金鱗曻の来日と『雞林事略』
『雞林事略』における朝鮮の風俗
第二章 ウラジオストクにおける日本の「官」と「民」
一、「官」としての「日本貿易事務官」川上俊彦
二、「民」としての「西本願寺布教場」太田覚眠
三、日露戦争勃発時のウラジオストクにおける「官」と「民」
四、シベリア出兵時のウラジオストクにおける「官」と「民」
第三章 シベリアに生きた一日本人──都築小三治のこと
一、中野二郎とシベリア情報集団
二、都築小三治の見たウラジオストク
三、シベリア奥地へ
四、チタからの手紙
五、中野二郎あての手紙
六、イルクーツクへ
七、日露戦争。小三治の結婚。
八、イルクーツクと日本人
九、ボタイボ金山
十、都築小三治の帰国と当時のイルクーツク
第四章 わたしのシベリア抑留記から        
Ⅱシベリア随想
ウオツカの効用
猟犬アブレックの死
ニーナの思い出
日本人とシベリア女性
ユカルギの葬制
シベリア諸民族と客の歓待     
シベリアの精霊像収集の旅           
Ⅲ 履歴と著作
履歴のあらまし
補遺・その後の履歴                
主要参考文献/凡例
関連書籍
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