タイトル ドキュメンタリー映画術
刊行日 2017年9月7日
著者 金子 遊
定価 2,700+税
ISBN 978-4-8460-1639-5
Cコード 0074
ページ数 272
判型 A5
製本 上製
内容
ドキュメンタリーが隆盛である。9.11、3.11以降、ジャーナリストが現場に入り多くの映像を配信してきた。そして園子温などの映画作家もドキュメンタリーに依った作品を発表している。他方、「映画術」がいずれもロングセラーになっている。『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』(晶文社)と『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(塩田明彦著、イースト・プレス)である。
 本書はドキュメンタリー版「映画術」である。著者である批評家・映像作家の金子遊はこれまで数多くのドキュメンタリー作家や映画人たちにインタビューを行ってきた。 本書では、羽仁進、羽田澄子、大津幸四郎といった記録映画の大御所、大林宣彦や足立正生らドキュメンタリーを作る劇映画監督、鎌仲ひとみ、綿井健陽などの最近のジャーナリスト/映像作家のインタビューによって、ドキュメンタリー映画の「撮り方」、「社会との関わり方」、「その歴史」を徹底的に描き出す。さらに、金子遊がこれまでドキュメンタリー雑誌「neoneo」などに発表してきたドキュメンタリー映画への批評・論考を加えて1冊にまとめた。
 本書からは、それぞれの作家の「ドキュメンタリー映画術」のみならず、戦後日本の復興、公害、政治、自衛隊海外派遣、原発事故などさまざまな問題と格闘した記録映画の現代史が浮かびあがる。
著者紹介
金子 遊(かねこ・ゆう)
1974年、埼玉県生。批評家、映像作家。非常勤講師(慶應大学他)。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「批評の奪還 松田政男論」で映画芸術評論賞・佳作、「弧状の島々 ソクーロフとネフスキー」で三田文学新人賞(評論部門)受賞。
著書『辺境のフォークロア』『異境の文学』『映像の境域 アートフィルム/ワールドシネマ』。編著『フィルムメーカーズ 個人映画のつくり方』『吉本隆明論集』『クリス・マルケル』『国境を超える現代ヨーロッパ映画250』『アメリカン・アヴァンガルド・ムーヴィ』『アピチャッポン・ウィーラセタクン』。共訳書『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』(マイケル・タウシグ著)。共著『吉増剛造 Constellation 星座』『アジア映画の森』『このショットを見よ』『アジア映画で<世界>を見る』『アイヌ民族否定論に抗する』など多数。
劇場公開ドキュメンタリー映画『ベオグラード1999』『ムネオイズム』『インペリアル』

目次
序 章 記録映像で表現する人のために
第一章 ドキュメンタリー映画人たち
「一人ひとりにおもしろい瞬間がある」……羽仁 進
「いまは、フィルムだと思って撮る」……羽田 澄子
「ドキュメンタリーと革命と」……足立 正生
「日常の中に物語性を紡ぐ」……岩佐 寿弥
「農村、自然、人間と向き合う」……小泉 修吉
「ドキュメンタリーのカメラをまわす」……大津 幸四郎
「高林陽一と青春の個人映画」……大林 宣彦
「核の問題と対峙する」……鎌仲 ひとみ
「フリージャーナリストとして」……綿井 健陽
「沖縄・芸能・幻想」……高嶺 剛

第二章 ドキュメンタリー映画論
アメリカ、戦争する国の人々
フクシマの忘却に抗して
3・11とドキュメンタリー表現の拡張
SEALDsと共に歩むために
不寛容の世界に抗するドキュメンタリー               
風景映画とドキュメンタリーの臨界点
ハンディカム・ドキュメンタリー宣言
ビデオ・ジャーナリズムと観察映画
映画らしさとテレビらしさ
羽仁進と大島渚
光と重力がもたらす偶然という恩寵
ロック誕生
わたしたちに許された特別な時間の終わり         
ドキュメンタリー映画、あるいは現代における映像の極北
終 章 オルタナティヴ・ジャーナリズムの可能性
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