『コロナの倫理学』 ①コロナの基礎知識

『コロナの倫理学』 ①コロナの基礎知識

森田浩之

 

なぜコロナなのか?

 

論創社さんから『ロールズ正義論入門』という本を出版し、哲学を専門としている文系の研究者がコロナに異常に興味を持っている理由は何か。ひとつは私的な理由で、もうひとつは職業的な理由である。

 

私的な理由は、私が飲食店の大ファンであること。私はそもそも夜は出歩かないから、日中に(モーニングやランチ)行きつけの店をよく利用する。ただ、そこは店内が狭いため、飲食店のガイドラインを完璧に守ることはできない。「テーブル間は最低1メートル空ける」という指針である1)。

 

そういう状況で、私は「この店でグループを超えた感染者を出してはならない」という店側の立場と、「ここで私は感染してはならない」という自分の立場の両方を考慮して、店内が狭いという限界をふまえて、どうしたらここで感染者を出さずに済むかを考えてきた。必然的に、コロナのニュースをよく見るようになる。

 

職業的な理由は「これほど情報が広まっている(はずな)のに、なぜみんな平気でマスクを外すのか」その意識を知りたいというものである。個人の立場に立てば、これは心理学的問いだが、集団的な視点では、これによって世の中がどう崩れていくのかという社会学的問いにもなる。個人と社会をつなぐ世界像を描くためには、コロナ自体について詳しくならなければならない。やはり必然的に、日々、長時間、コロナについてネット検索することになる。

 

後者の課題を続けるならば、おそらく大半の人が「マスク・手洗い・3密回避」について知っているはずなのに、なぜマスクなしで会話できるのか、その心情を知りたいということである。

 

頻繁に飲食店に出入りしているから、アルコールの入らない会食の現場は日々よく目撃している。店に入るまではマスクをしているのに、座った途端にマスクを外して、結構大きな声で会話している姿を見ると、「これほど言われているのに、なぜ守らないのだろう」と不思議に思う。いっそのこと、質問してみたいが、喧嘩を売っていると誤解されるといけないので、ただ想像するしかない。

 

ほとんどの人が知っているはずのことだが、改めて、なぜ「マスク・手洗い・3密回避」なのか、おさらいしておこう。

 

コロナウイルスとは?

 

コロナウイルスには実際のところ、たくさんの種類があり、そのうち人間に反応するのは4つある。有名なものはSARSとMERSであり、前者は「重症急性呼吸器症候群コロナウイルス」で2002年から2003年に中国を中心に流行し、後者は「中東呼吸器症候群コロナウイルス」で2012年にサウジアラビアを中心に流行した。だから今回のコロナは「新型」コロナウイルスと呼ばれる(以下も含め、国立感染症研究所のサイトを参考にしている2])。

 

素人だから、以下は大雑把な記述になり、一部、誤解もあるかもしれないが、一般の方々が直観的に理解することも大事なので、説明を続けよう(正確さを求める方は、上記のサイトをご覧いただきたい)。ウイルスはとてもとても小さいが、突起物のあるその形が太陽に似ているため、ギリシア語の太陽を意味する「コロナ」という名になった。

 

どんな生物にも遺伝子があるが、生物ではないものの、コロナウイルスも遺伝子でできている。ただし、生物の場合は遺伝子情報を基に、肉や骨や臓器などが形作られるが、ウイルスは遺伝子そのままで、その周りをタンパク質が包んでいるイメージになる。ちなみに、なぜアルコール消毒かというと、手にウイルスがついていた場合、アルコールによって表面のタンパク質を溶かすことで、ウイルスの効力を失わせるためである。

 

さらに不思議なのは、ウイルスの遺伝子がRNAによってできていること。人間の場合は、遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)でできており、それが人体の各組織を作り上げる際、一度RNA(リボ核酸)に転写される。その機能はまだ完全には解明されていないが、多くの生物ではRNAは補助的な役割しか果たさないから、RNAそのままというのは自然界の謎のひとつである。

 

RNAをタンパク質が包んでいるだけの単純な構造だが、それを大量に吸い込んでしまうと人体の内部で悪さをする。経験的な事実として確定していることとして、ウイルスは人体に入ると、2日目にウイルス量が最大になり、5日から6日くらいで発症し3)、2週間で外に出ていく。

 

ウイルスは人間の身体に入ると、その数を増やしていく。これは私が昔、生物学をかじったことがあるので、その知識から想像することになるが、人に反応するコロナウイルスは人間の身体に入ると、人体のなかにある細胞を肥やしにして、その数を増やしていく。人間のたんぱく質を素材に、その遺伝情報を大量にコピーするということである。

 

昨年後半から主にヨーロッパで「変異株」が登場し、昨年の暮れから日本でも流行しているが、これは人体内でコピーする際の「ミス」が原因である。遺伝情報は新しいタンパク質を材料にどんどんコピーされていくが、必ずしも正確に転写されていくわけではない。

 

これは進化論の知見を拡張した私の想像だが、コピーの「ミス」による変異の数は無数だが、そのなかに人体に反応する、または以前のウイルスよりも威力を強めるのは、ごく一部なのではないだろうか。無数の変種が登場するが、多くはそのまま消えていくものの、偶然、以前のウイルスよりも、たとえば飛沫が飛びやすいとか、重症化の確率を引き上げるとか、そういう変異ウイルスがこれまた偶然に、人から人に渡されていくことで、流行が拡大するということであろう。

 

感染の仕方

 

話を戻すと、なんらかの原因でウイルスが人体に入ったとすると、その瞬間からウイルスは人間の細胞を肥やしに自分たちをコピーしていく。コピーによってウイルスの数が増えて、ウイルスをもらってから2日目にウイルス量が最大になる。

 

そこから潜伏期間を経て発症するが、それはだいたいウイルスをもらってから5日から6日くらいとなる。当初は4日と言われていたが、その後修正されたらしい。しかし4日のほうが数字的には覚えやすい。ウイルスは2週間で人体から外に出ていくが、4日で発症し、発症してから10日後に検査で陰性結果を得ることなしに退院できるという規則になっている。

 

人体からどう出ていくのかということだが、たいていは尿か便である。風邪の場合も、腐ったものを食べた場合も、吐いたり、下痢になったりするが、これは人体が異物を外に出そうとする正常な働きである。コロナでも発症者は咳、熱とともに下痢を併発する場合があるが、これは人体がウイルスと戦っている証拠である。そしてうまく外に出ていくと、クリーンな身体に戻る。

 

だから尿と便には気をつけなければならない。尿や便にウイルスは潜伏して、それによって二次感染が起こり得るからである。便では5日、尿では10日も、ウイルスは感染力を保ち続ける。ということなので、トイレはふたをして水を流さなければならない。便器の構造によっては汚水が床に跳ね返り、そこから感染が広がる可能性がある。

 

この話を知ったのは日本医事新報社のサイトに掲載された「緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察(白木公康)」4)という論文である。発行日は「2020年03月21日」というから、かなり早い段階から、正しい知識を得られる状態であった(とはいえ、実際に多くの人に読まれるかどうかは別の話)。私はこの時点でこの記事をくり返し熟読したことで、かなり自信を持つことができた。

 

感染の仕方だが、これはご承知のように、飛沫感染と接触感染である。後者から説明すると、これはコロナウイルスだけでなく、普通の風邪でも、インフルエンザでもそうだが、ある人が菌を持っているとする。のどに異物が入ったら、人体は異物を外に出そうと、くしゃみや咳という方法で抵抗を試みる。

 

ウイルス保持者がくしゃみをして、手のひらで口元を覆う(それでも飛び散る)。手にウイルス入りの唾液をつけたまま、どこかのドアノブを握ったとしよう。そして後から来た別の人がその取っ手を掴み、手を洗う間もなく、その指で鼻をほじったとしよう。これで前の人のウイルスが後の人にうつされて、後の人が風邪をひく。

 

そういうことを防止するために、石鹸での手洗いか、アルコール消毒が必要になる。手洗いのほうが効果的なのは、手の表面から完全にウイルスをこそぎ落とせるからである。30秒くらい隅から隅まで、丁寧にごしごし洗わなければならない。アルコール消毒は既述のように、洗い流すというよりは、ウイルスの無効力化させるためにすることである。

 

そして問題の飛沫感染である。言ってしまえば、すべての受難はここから始まり、ここに帰結する。ウイルスを持っている人と近い距離で話をする。ウイルスはのどに入り、そこで増殖するから、話したり、くしゃみや咳で、ウイルス入りの飛沫が外に飛んでいく。その時、もし近くに人がいたら、必ずというわけではないが、その飛沫を吸い込んでしまう。すると同様に、今度はその人ののどでウイルスは増殖し、その人の体内で悪さをする。

 

スーパーコンピューターの富岳が飛沫のシミュレーションを行っているが、朝日新聞(2020年11月17日)によると「会話も約20分続ければ、せき1回に匹敵する飛沫の量になる。歌う時は会話に比べ飛沫量が数倍になり、より遠くまで飛ぶ。実際、飲食店やカラオケでの集団感染も確認されている」5)とのことである。

 

マスク・手洗い・3密回避はすべて同時にしなければならないが、もし優先順位をつけるとすれば、私はマスクの着用を挙げたい。マスクをしても3密状態であれば感染のリスクはあるが、マスクをしていれば汚い手で顔を触ることはないから、まずはマスクを徹底して欲しい。

 

これがすべての受難の始まりであり、帰結であるのは、大まかな経路として、飲食店で感染した人が家庭内にウイルス持ち込むことが感染拡大の大きな原因になっているからである。外で感染するのは20~30歳代、もしくは40~50歳代で、会食、宴会、コンパなどにおいて外の人からウイルスをもらう。

 

そして帰宅するが、自宅の食卓でマスクをするというのは、いくら私でも非現実的だと思う。しかしすでに述べたように、感染してから発症するまで5日から6日だから、その間はウイルスを持っていて、他人に感染させ得るにもかかわらず、本人に自覚症状がない。だから意図せず、無意識のうちに、家庭内でウイルスをばら撒いてしまう。

 

症状の類型

 

ということで、ウイルスを「抑え込む」または「封じ込める」ために、入り口である飲食店を規制しなければならない。本稿を書き始めた2021年4月の時点では、夜の人出と感染者数に相関関係があると見られている。夜の繁華街で酒を飲む人たちがウイルスを受け取って、それを家庭内に持ち込んで、高齢者や基礎疾患のある人にうつして、重症化させて、コロナ病棟を満杯にしてしまうという構図である。

 

ここでいくつか説明しなければならない。まずは「抑え込む」「封じ込める」の意味である。既述のように、ウイルスは人体に入ると2週間で尿と便で外に出ていく。ウイルスをもらった人が、だれにも感染させないまま2週間持ちこたえたら、ウイルスはそのまま下水管を通って処理される。これが最善のシナリオである。

 

理想的な状況として、もしいまウイルスを持っている人が、完全に動きを止めて、だれにも感染させないまま2週間後にウイルスを便器に流してくれれば、この世からウイルスは消えてなくなる。だから人の動きを止めなければならない。

 

次なる説明は「重症化」である。大雑把に感染者のうち、2割が無症状で、2割が中等症か、重症化して、残りは軽症だと言われている。無症状が実際どういうことなのか私にはまったく不明である。咳くらいはあるのか、のどがイガイガする程度なのか、それとも本当にまったく無自覚なくらい平気なのか。

 

6割は「軽症」というが、これは38度以上の熱のことを意味する。38度も熱があって「軽症」と言われても、と思うが、それは「中等症」が肺炎のことだからである。これ自体たいへんなことだが、重症は本当に凄い。

 

厚生労働省と東京都で「重症」の定義が異なることが一時期、話題になったが、国の基準はICU(集中治療室)に入ることをもって「重症」としているが、都は中等症でもICUを使うことがあるので、厳密に人工呼吸器とECMOを使う患者に限定している。

 

東京都では自分で呼吸できないくらい厳しい状況の患者だけを厳密に「重症」としている。新型コロナウイルスは肺によく効いてしまうという特徴があるため、40~50歳代の比較的若い世代でも肺炎になってしまうが、これが高齢者や基礎疾患のある人になると深刻なことになる。肺が「線状化」するという言われ方をするが、肺が機能を停止し、ボロボロになってしまう(肺の線状化または「すりガラス状」化については6])。

 

基礎疾患について簡単に補足すれば、肺炎を患ったことのある高齢者は即、死を意味すると思うくらい気をつけていただきたい。くり返すが、コロナは肺を直撃し、肺を破壊するウイルスである。さらに一部の患者では血栓ができるから、心筋梗塞や脳梗塞を経験した人も即、死となる可能性が高い。

 

肺の重症化に戻ると、肺が機能を停止し、自分で呼吸ができないので、人工呼吸器を必要とするのだが、その上を行くのが「体外式膜型人工肺」ECMO(エクモ)である(ECMOについて詳しくは7])。

 

肺は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すのを仕事としているが、肺に入った酸素は肺の表面から血管に入り、血液に酸素を供給し、同時に血管内の二酸化炭素を引き取って、体外に出す。肺が機能を停止すれば、血液に酸素を送ることができなくなる。ECMOはなんとこの機能を代替する装置である。一度、血液を体外に出して、ECMOに通して、そこで酸素を注入して、また人体に戻す。私はこの話を最初、昨年の夏くらいに知ったが、その時、さらにウイルスの感染拡大を止めなければ、と決意を新たにしたことをいまでも鮮明に憶えている。

 

新型コロナウイルスを理解するのがむずかしいのは、このように「無症状」「中等症」「重症」と症状に幅があるため、深刻なのかどうなのか、ひと掴みでは把握しづらいことである。しかし重点は人数としては少ないものの、やはり重症者に置くべきで、こういう人を出さないために、人口の圧倒的多数は、たとえ結果的に無駄ではあっても、マスクを着用し続けなければならない。

 

しかし、とくに飲食店ではなかなかマスク着用(マスク会食)が浸透しない。そこで行政(政府と自治体)は不承不承、飲食店に対して営業時間の短縮や、さらには休業要請をしなければならない。飲食店にとっては、まったく不条理な話だが、重症者、そして死者を出さないための苦肉の策としか言いようがない。飲食店の大ファンの私としても、とても悲しいことだが、不用意にマスクを外して大声で談笑する人を見ていると、致し方ないと感じざるを得ない。

 

まとめ

 

冒頭で述べたように、私の問題意識は私的なものと職業的なものである。私的なものは、私が行きつけの店で安全に食事ができるためには何に気をつけなければならないのかを知ること。職業的なものは、すべきことがわかっている(はずな)のに、なぜそうしないのか、その心理を学問的に探究すること。その前提として、今回は私が知る限りの新型コロナウイルスの基礎知識を整理した。

 

 

1) http://www.jfnet.or.jp/contents/_files/safety/FSguideline_201130kai.pdf

2)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

3)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000596861.pdf

4)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14278

5) https://www.asahi.com/articles/ASNCH4R1TNCDPLBJ00C.html

6) https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/clinic/thoracic_surgery/100/index.html

7) https://www.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/ajrs/003060777j.pdf

 

 

森田浩之(モリタ・ヒロユキ)

東日本国際大学客員教授

1966年生まれ。

1991年、慶應義塾大学文学部卒業。

1996年、同法学研究科政治学専攻博士課程単位取得。

1996~1998年、University College London哲学部留学。

著書

『情報社会のコスモロジー』(日本評論社 1994年)

『社会の形而上学』(日本評論社 1998年)

『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社 1999年)

『ロールズ正義論入門』(論創社 2019年)

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