本を読む #074〈青林堂『つげ義春作品集』〉

(74) 青林堂『つげ義春作品集』

 

小田光雄

 このところ『日本古書通信』連載の『古本屋散策』で、1950年代から80年代にかけての写真集を取り上げ、1年間ほど連載するつもりの原稿を書き終えたばかりである。

 

そのひとつに1956年に平凡社から刊行された『世界写真全集』全7巻があって、これが世界でも先駆的な写真集で、その中の1巻は日本の写真家で占められ、戦後の日本の写真が世界でも突出したポジションに位置づけられていたことを知った。

 

近年カメラ雑誌の『アサヒカメラ』や『日本カメラ』の休刊が続いているが、1980年代は『写楽』や『写真時代』などの創刊だけでなく、『フォーカス』や『フライデー』といった写真週刊誌も立ち上がり、写真の時代であったといえよう。それに併走するように多くの写真集も出版されていたし、90年代を迎えてのヘアヌード写真集の全盛はいうまでもあるまい。

 

そうした戦後のカメラ雑誌と写真の時代に中に、1975年に青林堂から出された『つげ義春作品集』を置いてみる。この作品集は前回の『夢の散歩』と同じく、函入、A4判上製、459ページで、「ねじ式」を巻頭に24作が収録され、1965年から70年代にかけて『ガロ』に発表された つげの作品の集成といえよう。函と本体には「ねじ式」で目医者を探す少年、表裏の見返しには、やはり少年が乗っている蒸気機関車の1コマがそれぞれ使用され、この時代におけるつげの「ねじ式」のアイコン化を表象していた。

 

ところが、その「ねじ式」が発表されてからちょうど半世紀後の2018年に『スペクテイター』(第41号、エディトリアル・デパートメント)が特集「つげ義春探し旅」を組むに至っている。そこには「おばけ煙突」「ほんやら洞のベンさん」「退屈な部屋」の収録、絵コンテ、詳細な年譜などの他に、藤本和也、足立守正の対談形式による「名作の読解法―『ねじ式』を解剖する」が掲載されていたのである。これはまったく知らなかったが、2006年頃からSNS上で「ねじ式」が再注目され、その参考にされたと思われる写真などがミクシィに連続投稿されたことが前史となっている。つまり「ねじ式」に描かれた奇妙な街の風景、蒸気機関車、人物などは「作者の見た夢」という定説があったけれど、既存の写真をベースとする引用の織物、コラージュ的作品であることの一端が明らかにされたのである。それをベースにして、藤本と足立の対談は始まっている。

 

まず奇妙な街の風景と蒸気機関車だが、これらこそ前述したように『つげ義春作品集』の函の装丁と表裏見返しに使われていたものに他ならない。前者の目医者ばかりの写真は台湾の写真家朱逸文の「目」(『フォトアート』1963年5月号)         、後者の蒸気機関車は慶応義塾大学鉄道研究会「阿里山森林鉄道」(『鉄道ファン』66年8月号)が参照されていることが指摘される。二人は水木しげるの作品資料を探求していく中で、そのアシスタントを務めたつげ義春の作品資料にもぶつかり、「『ねじ式』を解剖する」に至ったようだ。

 

彼らは奇妙な街の風景と蒸気機関車だけでなく、次々にそうした実例を挙げているので、それらの4ページにわたる例と引用出典、掲載誌をリストアップしてみる。

 

*3p1コマ/掛川源一郎「熊のシャリレコウベ」(『フォトアート』65年4月号)

*3p2コマ/藪出直美「干し物のある浜」(『カメラ毎日』63年11月号)

*5p2コマ/鹿島忠一「祭礼の日」(『フォトアート』65年4月号)

*6p1コマ/木村伊兵衛「知里高央氏」(『アサヒカメラ』65年7月号)

*7p1コマ/エリオット・アーウィット「メキシコ」(『アサヒカメラ』65年1月号)

/青野義一「緩慢な殺」(『アサヒカメラ』62年12月号)

*19p2コマ/高木尚雄「壁画のある家」(『フォトアート』64年4月号)

*23p2コマ/北井三郎「しぶきとかぜ」(『日本カメラ』63年7月号)

 

これらを示した後で、つげは意識せざるシュルレアリストだったのではないかという意見も出される。足立はつげの「ねじ式」に対する謙虚な姿勢が「気になる資料の模写をつなげてみたら、非凡なリズム感ゆえに傑作ができちゃった」という思いによるのではないかといい、藤本のほうは「とにかくマンガとしてめちゃくちゃ面白いわけですから。そこが一番大事ですよね」と応じている。

 

確かにこれらの発見と指摘によって、「ねじ式」が つげのいうところの「ラーメン屋の屋根の上で見た夢」ではなかったことが明らかにされた。まだこれから他にもそうした写真資料は発掘されていくであろう。だがそれにもかかわらず、「ねじ式」の物語の謎は深まっていくばかりで、金太郎アメを売るおばあさんの「これには深ーいわけがあるのです・・・・・・」という言葉はいつまでもこだましているように思われる。

 

—(第75回、2022年4月15日予定)—

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