本を読む #075〈かわぐちかいじ『死風街』〉

(75) かわぐちかいじ『死風街』

 

小田光雄

 

田家秀樹の「作詞家・松本隆の50年」をたどった『風街とデラシネ』(KADOKAWA)を読んだこともあり、もうひとつの「風街」に言及してみたい。

 

つげ義春新作集『夢の散歩』を刊行した北冬書房は、それに先行する1970年代前半にやはり つげの『腹話術師』、かわぐちかいじの『風狂えれじい』『死風街』などを「北冬劇画叢書」として出版していた。これらはA4判ではなく、A5判上製のシリーズで、それは並製ではあったけれど、青林堂の「現代漫画家自選シリーズ」を範とし、同じくシリーズ化が目されていたと思われる。今回はその『死風街』を取り上げてみる。

 

かわぐちかいじといえば、1990年代に講談社『週刊モーニング』連載の『沈黙の艦隊』がベストセラーとなり、一躍著名なマンガ家の位置にすえられたが、70年代は小出版社、及び当時多く創刊されていたマイナーなコミック雑誌に寄り添っていたのである。そうした70年代から現在に至るコミック史は、最近コミックそのものをテーマとする松本大洋の『東京ヒゴロ』(小学館)を読んだことで、いささかの感慨を生じさせた。

 

またその一方で、やはり同時代おいて、『死風街』とまったく異なる「風街ろまん」を構想し、「木綿のハンカチーフ」などを生み出していった作詞家の松本隆も想起してしまったことにもよっている。それらに言及する前に、まず『死風街』を再読してみる。

 

『死風街』は表題作の他に「風太郎無常」「流氓の街」「惰眠の街」「塵労平野」「ぼんぼん」の5作を収録した連作短編集といっていいが、その3つのタイトルに「街」が付されていることからすれば、これらも かわぐちの「風街」に他ならないだろう。それは松本の「風街」が『微熱少年』(ちくま文庫)で告白されている、青山と渋谷と麻布を赤鉛筆で結んで囲まれた三角形の架空の街であったことに対し、かわぐちの「風街」は地方の港街、場末の街で、「死風街」のクロージングに書かれた「風も死んだような街であった・・・・・・」という一節がふさわしいトポスとして描かれている。

 

そのうちの「風太郎無常」などの4編は流れ者の直次郎を主人公とするもので、「惰眠の街」の最初のシーンが『網走番外地望郷篇』を上映中の映画館の看板を背景にしていることからわかるように、明らかに1960年代後半に全盛をきわめた東映任侠映画などの影響を受けて成立している。あらためて読んでみると、かわぐちが描いている街がまだ戦後の面影を引きずり、港の飯場、木造アパート、ビリヤード場、雀荘、さびれた商店街の喫茶店とバーなどが物語の装置としてすえられ、そこから登場人物たちが出現してくるのである。

 

それにしても、どこの街でも見かけることができた、そうした建物や娯楽場や店舗は1980年代以後の郊外消費社会の隆盛に伴い、退場して消えてしまったに等しい状況へと追いやられ、その代わりのように、どこにいってもマンションの林立する風景を目にすることになった。時の流れはあまりにも早く、『死風街』の舞台背景にしても、もはや消滅してしまった。主人公の直次郎はすでに故郷喪失者として設定されていたので、もし存命しているのであれば、二重の故郷喪失者としての自覚を要することになり、いうまでもないことだが、物語も再考に迫られていただろう。

 

だが故郷喪失者として出現したのは、上京してデラシネ化した かわぐちやその分身たる直次郎たちばかりでなく、その対極に位置すると思われる松本隆も同様だった。田家の評伝のタイトルに「デラシネ」が見えているように、松本の「風街」にしても、1964年の東京オリンピックによって失われてしまった東京を意味していたのである。そうした彼らのかたわらでは国鉄が1970年に観光キャンペーン「ディスカバージャパン」を始めていたし、それはすでに幻景と化してしまった故郷へと向かおうとする消費社会における「日本への回帰」だったのかもしれない。

 

だがこれは かわぐちと松本の同時代性からいって意外でもないかもしれないが、二人は新たな故郷ともいうべき地を見出し、そこをバックヤードとしてデビューしてきたともいえる。それは『ガロ』と青林堂である。かわぐちは先の「現代漫画家自選シリーズ」で、『死風街』とほぼ同時に『血染めの紋章』第一、二部の2冊を刊行していた。一方で松本のほうは1971年には はっぴいえんどの2枚目のアルバム「風街ろまん」を出すのだが、私はその頃、岡林信康のバックバンドを務めていた はっぴいえんどの演奏を聴いているし、ファーストアルバム「はっぴいえんど」も購入している。

 

しかしそのジャケットのイラストを『ガロ』で『赤色エレジー』を連載していた林静一が描いていたことは失念してしまっていた。それに松本とメンバーの大瀧詠一が『ガロ』の話題で意気投合し、大瀧の曲で、松本が永島慎二のマンガをきっかけとして「春よ来い」と「12月の雨の日」の詩を書いたことは知らずにいた。

 

かわぐちと松本が出会っていたとは思わないけれど、「死風街」のマンガ家と「風街」の作詞家は『ガロ』を共通のベースとして出立してきたといえるだろう。当時の青林堂は『永島慎二傑作集』全4巻を刊行していたのである。

 

 

 

—(第76回、2022年5月15日予定)—

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