本を読む #077〈喇嘛舎と石井隆『さみしげな女たち』〉

(77) 喇嘛舎と石井隆『さみしげな女たち』

 

小田光雄

 

1983年にアディン書房を発売所として、喇嘛舎から石井隆画集『さみしげな女たち』が刊行されている。これはA4判を一回り大きくした69ページの一冊で、メビウスの『天使の爪』(原正人訳、飛鳥新社2013年)を想起させる、石井隆の初期作品群に登場する女たちのイコノロジーの集成というべきだろう。その性をめぐる凶々しさは両書に共通するもので、それこそ石井は日本の「バンド・デシネ」として、フランスで翻訳されているのだろうか。

 

『さみしげな女たち』の版元の喇嘛舎は石井が「あとがき」でふれているように、長田という人が営む古本屋で、北冬書房の高野慎三を通じて紹介され、この画集の上梓に至ったという。同時代に喇嘛舎は『石子順造著作集』も出版し、私も高野から内容見本用の推薦文を頼まれ、一文を寄せたことを思い出す。それは21世紀に入ると切断されてしまったけれど、70年代から引き継がれてきた出版社、古本屋、劇画家たちが交差するコミュニティの存在を伝えていよう。

 

石井がその「あとがき」で語っている「夢の中によく出て来る古本屋」こそはそれを象徴し、悪場所としての古本屋のイメージを浮かび上がらせている。

 

そこはこの世にあり得ざる本が時々置いてある古本屋で、いつも夢の中、(中略)木造で間口一間程の小さな店構えのその古本屋は、(中略)客はいつもわたし一人で、店先の小さな木の台の上に、どれでも一束百円と書かれた、実写のようであり細密画を複写した写真の様でもあり、手札版の直焼きの束が、一束は十枚位だろうか、輪ゴムで括られて乱雑に積まれている。「無くならずに未だあった」、わたしはただもう恍惚としてそれを見下している。それらの白黒写真には、どれも女性の死体が、いや死んでいるのか生きているのか定かではないが、着物を開(はだ)けられ、洋服を剥がれた露わな姿で横たわっていて、写真にしては作り物めいていないし、絵にしてはリアルすぎる。一見してそれは殺人の現場写真(絵)に違いないのだけれど、背景は血の海の部屋の中だったり、森や水の中だったり様々なのだが、横たわる女の体は壊れていないし、血も噴いていず、蝋で描いた様な肌の色は、とても白い。(中略)これらの全ての束を買い取って一枚一枚自分の部屋で見てみたい、といつも思う(後略)。

 

やや長い引用になってしまったが、この石井の言はそのまま『さみしげな女たち』という画集への自己言及となる。なぜならば、「それらの白黒写真」「女性の死体」、「洋服を剥がれた露わな姿で横たわ」る女たちの集成がこの一冊に他ならないからである。

 

それらは「振り向けば」「夜に抱かれて」「夜へ」の3部構成で、巻末の出典によれば、『イルミネーション』(立風書房、1979年)、『少女名美』(双葉社、82年)、『天使のはらわた』(少年画報社、78年)、『赤い教室』(立風書房、78年)、『横須賀ロック』(同前、79年)、『おんなの街』(少年画報社、81年)などの表紙やカバーイラストをベースとして、雑誌に発表した絵、それに書き下しを加えたものである。最初のカラーも白黒と戻されたことで、画集はモノクロームの一冊となり、それが石井の世界の倒錯的崇高美を逆に際立たせているように思われる。

 

石井隆の宿命の女というべき名美が私たちの前に現われたのは、A5判上製の石井隆作品集『名美』(立風書房、1977年)においてだった。同書は主として『ヤングコミック』に掲載された「緋のあえぎ」を始めとする名美を主人公にする8作が収録され、いつも犯されながらも、その性の果てに常に死の匂いを漂わせているファム・ファタルというしかないヒロインをエピファニーさせたのである。ただそこに石井と権藤晋=高野慎三の対談、「名美という女は存在するか」、及び映画監督実相寺昭雄「私なりの石井隆讃」などを考えると、すでに75年頃から石井は「エロスの王道を行くエロ漫画家」として注目されていたようだ。それもあってか、画集『死場処』(北冬書房、73年)、作品集『淫花地獄』(淡路書房、75年)が出ていたが、『名美』刊行時には絶版となっていたので、未見のままである。

 

『名美』の出版に続いて、『ヤングコミック』で、やはり少女名美を主人公とする『天使のはらわた』が連載され、こちらはコンパクト版として全3冊が出された。その後も名美の行方をたどり、『横須賀ロック』や『おんなの街』まで追いかけたけれど、後者には名美の物語の最後とあったので、その後も実際には『月物語』(日本文芸社、89年)が書かれていたのだが、そこで私の石井と名美の縁は切れてしまった。しかし石井が自ら語っている、少年時代から『奇譚クラブ』の愛読者で、それらのアブノーマルな絵を小学生の頃から描いていたという証言は記憶に残された。

 

飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」20)において、石井と名美に関してもふれるつもりで、追加インタビューの際にと思っていたのだが、飯田の急逝もあって、それは果たせなかった。だが石井が『奇譚クラブ』や『裏窓』の正当な嫡子であるとの認識は変わっていない。

 

—(第78回、2022年7月15日予定)—

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