矢口英佑のナナメ読み #046〈『狂える世界と不確実な未来』〉

No.46『狂える世界と不確実な未来』

矢口英佑〈2022.2.1

 

1945年を境に日本は国の形が大きく変わり、価値観が変えられ、日本人の意識も大きく変えられた。至極単純に言えば、これまで良しとされたものが悪となり、悪とされていたものが良しとされるようになった。

 

多くの日本人が戸惑い、みずからの生き方に、眼前の社会に不安を覚え、迷い、そしてみずからを納得させ、変化した社会に思考・意識から生活そのものも順応させようとしてきたのだった。しかし、それでも当時の大多数の日本人に痛いほど染みついていたのは、戦争は二度と起こしてはならないという不戦の思いであった。だからこそ日本国憲法の第9条に「戦争放棄」が明記されたのである。

 

日本の敗戦から77年目を迎える今年、今や戦中を知る日本人は80歳を越える年齢になっていて、価値観や社会情勢の大変動を自覚的に体験したことのない日本人が大多数を占めている。

 

明治維新以後、近代国家建設を目指した日本は海外への膨張主義を良しとして、アジア諸国への侵略を正当化していった。アジア諸国の人びとに塗炭の苦しみを与えた過去の歴史を知らず、アメリカと戦争をしたことも知らない若者が多くなっているのが現在の日本と言えるだろう。

 

今や世界の距離はほとんどなくなり地球の裏側どころか、月の裏側の情報さえ瞬時に入ってくる時代になっている。しかし、求めてもいない情報までが溢れるように届くこの時代ほど「知る」ことの重要さを私たちは突きつけられているとも言えるだろう。「知る」とは、自覚的に知識や情報を捉え、あるいは捨てて、みずからの判断をどのようにであれ、下せるまでになって、はじめて「知る」と言えることになるのだろう。

 

〝不確実な未来〟は、本書の書名に見える言葉だが、現在ほどその不確実性が肥大化し、不透明感を深めている時はないのかもしれない。これまで国の形や国の力を示してきた資本主義や社会主義、多党制や一党制、民主主義や独裁制、GDPや経済成長率といった現在もそこにあるはずのいずれもがくっきりとした形を失い、ぼやけて色褪せたものになっている。一方で国家間の対立、不協和音は次第にその音を高めてきている。国家間だけではなく、一国内にも治める側と治められる側との対立、不協和音が、さらには治める側同士の対立も、そして、治められる側同士にも対立、不協和音が渦巻いてきているのである。

 

世界中が不確実な未来しか見えず、かろうじて国の形を保つことに必死にならざるを得なくなっている危うさに直面しているのが現在の世界と言えるだろう。

 

こうした状況のなかで、地球上の人間の生存への脅威となり、生産、物流の停滞を招き、さらに精神的不安定さをも加えてきているのがコロナウイルス感染症の猛威だろう。終わりの見えない緊張と不安がもたらす鬱屈した不満が人間の心に襲いかかってきている。

 

誰が予想しただろうか。コロナウイルス菌が地球とそこに生きる人間の思考様式に対する変化を余儀なくさせ、生活空間や行動、さらには生産、消費活動等までをこれほど縛るようになるとは。紛れもなくその現実が今ここに現在進行形で存在し続けている。

 

私たちは、このような現実のなかで生きなければならなくなっているのだが、これまで世界が頼りにしてきた経済的な統計や数字、生産や物流の指標に基づいた国の形の予測などがあっけなく崩れ去り、頼れる何かを見いだせないでいる。予測不能の感染症を前にしてせいぜい対処療法的な対応しかできない人類の弱体性があからさまになっているとも言える。あらゆる意味で世界は危機的な状況に陥っているのはまちがいない。

 

こうした世界の状況を見つめたとき、本書が取り上げている3つの事象は読者がどのように咀嚼するのかは措くとしても、それぞれの事態に対して「知る」ことを放棄してはならない世界の動きと言えるだろう。しかも、遠いどこかの国の、自分たちには関わりのない事柄などとは言えないことは、世界の距離がもはやなくなっている事実を見ればあきらかであり、否応なしに私たちの生活に及んできているのである。

 

本書の構成は以下のようになっている。

 

序論――本書の内容

第一章 習近平の大罪-新型コロナウイルスの謎

1 新型コロナウイルスの感染発覚 2 動揺する習近平 3 「春節」と海外      渡航許可 4 後手、後手に回るWHO 5 ウイルス発生源についての研究論文    6 発生源を巡る米中対立 7 テドロス、「パンデミック」宣言 8 トランプ対    テドロス 9 疑惑視される中国科学院武漢ウイルス研究所 10 モリソンの現地調査  要求と中国の猛反発 11 米諜報機関の躊躇 12 トランプの嘆き 13 居直る習近平   14 習近平の強弁と猛反発するトランプ 15 WHOの武漢現地調査と深まる疑惑(2021  年1月~2月) 16 信用と信頼を損ねた「WHO報告」(2021年3月30日) 17 改め  て疑惑視される中国科学院武漢ウイルス研究所

第二章 米中新冷戦の勃発-世界大国を目論む中国と米国の対峙

1 「一帯一路」の推進 2 「海洋帝国」の建設 3 「核大国」の建設 4 「反分  離主義闘争」 5 トランプ政権の反転攻勢と米中新冷戦の勃発?

第三章 盗まれた大統領選―二〇二〇年米大統領選の真相

1 二〇二〇年米大統領選の結末 2 盗まれた米大統領選 3 「ナバロ・レポート」  の衝撃 4不正選挙とメディアの沈黙 5 トランプ支持者達の議会襲撃事件 6 ト  ランプ弾劾裁判

結論

追記

1 習近平の「海洋帝国」の建設と海警法施行 2 尖閣諸島実効支配の危機 3 米国の尖閣と台湾防衛の本気度

あとがき

 

アメリカに比べ中国政府(共産党内部)の動きや国内情勢は明らかになっているとは言い難い。それだけに見えないがゆえの疑心暗鬼が生じやすく、わずかな一方的な情報とそれに基づいた推測による誤った判断が下されがちなことが中国に関してはよく起きている。たとえば、コロナウイルス感染症の伝染が中国から最初に伝えられて以降、中国の対応への疑心暗鬼や本書で取り上げているWHOの現地調査を巡る中国の対応は結果的には、さらに疑心暗鬼を深める結果になってしまった。信頼できる国として中国の名前を挙げる日本人が少ないのも中国政府が公表する情報や数字が非常に制限されており、中国政府にとって都合の悪い情報が隠蔽されたり、作為が加えられたりしているらしいことを薄々ながら知っているからである。

 

一方、アメリカの大統領選挙にしても日本人はその仕組みからして十分理解している人は少数に留まる。そして、バイデン氏が大統領に選ばれるに至る投票、集計の流れを正確に知っている日本人もそう多くないはずである。

 

ほとんどの人がマスメディアを通しての情報であり、時には伝聞によって「知った」ものでしかない。本書ではマスメディアでは追い切れないそのときどきの事案を公表された情報に基づいて、時系列的に取り上げて論じられている。事柄の動きを「知る」には大いに役立つはずであり、本書の特色と言っていいだろう。著者の「労」を「多」とするものである。

 

そのため自覚的に「知る」に至ろうとする読者には、本書は格好の参考資料となるにちがいない。

 

ただし、この「知る」ための入り口とも言える時系列的に示された資料は、著者の選択眼によったものである。著者が収集したこれらの公表資料をどのように読み取り、どのように受けとめるのか、それはひとえに本書を手にした読者にゆだねられている。

 

(やぐち・えいすけ)

 

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