本を読む #020〈『風から水へ』と同人誌『はやにえ』〉

⑳ 『風から水へ』と同人誌『はやにえ』

                                         小田光雄

 

 「出版人に聞く」シリーズ番外編として、鈴木宏『風から水へ』がようやく刊行されたので、その補遺を何編か書いておきたい。その前に断わっておけば、この一冊を「番外編」としたのは、著者の鈴木が時間をかけて大幅に加筆したために、「出版人に聞く」のフォーマットをはみ出してしまう分量になったことによっている。

 

 それもあって、鈴木は大学時代における「同人雑誌」のことにもかなり詳細にふれている。その同人メンバーは10人以上いて、都立大の学生か、前橋在住ないしは出身で、福間健二、中島治之、桑原喜一といった名前が挙げられ、クラスメードだった福間だけが社会的な意味で「詩人」と認知されたと語っている。そして鈴木もまた『凶区』や『ドラムカン』によった詩人たちを読んでいたので、いわゆる「現代詩」ふうのものを書いていたと述べているけれど、その同人誌名や詩に関しては具体的に言及されていない。

 

 最初に私がインタビューした際にはこの同人誌のタイトルを確かめることをしなかったのだが、しばらくして、ひょっとすると『はやにえ』ではないかと思い、探してみると出てきた。タイプ印刷のA5判84ページ、1970年2月に出された第3号で頒価は200円、発行所は前橋市の中島気付 集団はやにえである。編集人には長田徹、鈴木宏、福間健二の名前が記されている。これは裏表紙の下の記載だが、そこには印刷所として、東京都千代田区三崎町の千曲タイプも併記され、70年代には、映画の『男はつらいよ』シリーズのタコ社長の印刷屋ではないけれど、学生街にはタイプ印刷所がよくあったことを思い出させる。ただここで付け加えておくと、当時の同人誌は誤植がつきもので、鈴木宏が範木宏、中島治之が治元となっていた。

 

 それでも目次にはなく、2人を含めた10数人の詩と、福間の詩編とシナリオからなる「青春伝説序論ノート」が収録され、『はやにえ』が詩誌だとわかる。それは70年代までは詩の時代だったことを物語ってもいる。鈴木宏はそこに詩「非在の朝・夢の河」と評論「幻惑の土地を越えて」を寄せている。前者は明らかに「現代詩」ふうのもので、『凶区』の詩人たちの作品を彷彿とさせるし、後者は「〈書く〉への接近のための短い覚え書き」とのサブタイトルが付され、モーリス・ブランショが引用されているように、『文学空間』や『来るべき書物』(いずれも現代思潮社)の影響下に書かれている。また宮川淳の『鏡・空間・イマージュ』(美術出版社)を挙げてもいいのかもしれない。それゆえに、後に水声社からクリストフ・ビダンの評伝『モーリス・ブランショ』が刊行されるのも、このような鈴木宏の同人誌時代と無縁ではなかったのである。

 

 しかし『風から水へ』にこの『はやにえ』のことを挿入する機会があったにもかかわらず、私があえてそれをしなかったのは、若書きのものへの言及は彼にとって恥ずかしいものだとわかっていたからだ。それは同じような同人誌時代を送ったことがある私にしても、まったく同様だからだ。それに所持していたこの『はやにえ』にしても、失念してしまったけれど、『はやにえ』の周辺にいた人物から贈られたものだったにちがいない。もはや半世紀前のことなので、現在から想像することは難しいと思われるが、同人誌圏は、それこそ出版社の文芸誌と異なる磁場を形成し、そこでは様々な同人誌が交感し合っていたのである。

 

 それに『風から水へ』にも語られているように、高校の文芸部で鈴木宏と笠井潔が一緒だったという事実は、手術台でのミシンと洋傘の出会いではないけれど、意外な組み合わせで、何となくおかしい。ところがこの『はやにえ』を間に置いてみると、「出版人に聞く」シリーズの人脈ともリンクしていくのである。すでに福間健二に関しては井家上隆幸『三一新書の時代』(「出版人に聞く」16)で、三一書房の高校生新書の『明後日は十七歳』の著者としてふれている。

 

 さらにまたそれに重なるのだが、『風から水へ』への刊行後に、榎本香菜子という女性から葉書が届いた。そこには何と『はやにえ』の表紙を高校三年生の自分が担当したことで、鈴木宏と知り合い、風の薔薇を立ち上げる時にはわずかながら出資もしたと書かれていたのである。あらためて『はやにえ』を見てみると、その表紙は香月泰男を彷彿させるもので、確かに目次に「表紙 榎本香菜子」と記されていた。そして彼女と面識はないのだけれど、今泉正光『「今泉棚」とリブロの時代』(「出版人に聞く」1)を出した時にも葉書をもらい、そこには今泉が最初に勤めていた関内のキディランドでアルバイトしていて、それがとても楽しい青春の日々だったことが書かれていた。

 

 そして今回の葉書には、今泉を鈴木に紹介したのは彼女だったことも記され、毎晩『風から水へ』を少しずつ読むのを楽しみにしているし、ここに出てくる中島治之や桑原喜一にもメールをしてみるとしたためられていた。『風から水へ』への刊行によって、忘れられていた『はやにえ』が出てきて、福間にリンクし、それを誘い水のようにして、榎本が表紙を担当していたこと、関内のキディランドにいて、今泉を鈴木に紹介したことが明らかになった。

 

 おそらくすべては伝わってこないけれど、この「出版人に聞く」シリーズは『風から水へ』で21冊を数えていることからすれば、今回のような思いがけない出会いや記憶の回想と結びつく役割を果たしているのかもしれない。それらのことについて、もう何編か続けてみるつもりだ。

 

—(第21回、2017年10月15日予定)—

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