本を読む #055〈岡本太郎とバタイユ『蠱惑の夜』〉

(55) 岡本太郎とバタイユ『蠱惑の夜』

 

                                        小田光雄

 

 ロジェ・カイヨワが2回続いてしまったが、前回の西谷修のテキストの17ページに付された「ロジェ・カイヨワのプロフィル」に示されているように、彼は1957年に国際ペン東京大会にユネスコ代表として来日している。それは46年に創設された国際連合教育科学文化機関(略称U.N.E.S.C.O)の支援により、52年にカイヨワが国際的な哲学、人文科学雑誌『ディオゲネス』を創刊し、編集長を務めていたことによっているのだろう。

 

 私はこの戦後の早い時期におけるカイヨワの来日を知っていたし、それにフランス人の社会学研究会のメンバーのうちで、日本を訪れたのはカイヨワだけのように思われる。実は本連載48の『パイディア』や『思潮』において、社会学研究会特集が組まれる10年以上前に、ジョルジュ・バタイユの小説と評論集が翻訳されていた。それは『蠱惑の夜』(若林真訳、講談社)と『文学と悪』(山本功訳、紀伊國屋書店)の二冊で、前者の刊行はカイヨワの来日と同年の57年、後者は59年に出されている。まだ菅原孝雄は紀伊國屋書店に入社していないけれど、この一冊から大いなる啓示を得たように思われる。さらに付け加えれば、『蠱惑の夜』はバタイユの最初の翻訳で、カイヨワの来日後の刊行である。最初のまとまったバタイユ論に他ならないサルトルの「新しい神秘家」(清水徹訳、『シチュアシオンⅠ』所収、人文書院)の刊行は65年になってのことだ。それゆえに50年代後半におけるバタイユの2冊の翻訳は先駆的な試みだったと見なせよう。

 

 しかも現在から見れば、講談社とバタイユの組み合わせは奇異に思えないかもしれないが、46年に『群像』を創刊していたけれども、当時は戦前からの大日本雄弁会講談社としての出版がメインだったのである。それは原田裕『戦後の講談社と東都書房』(「出版人に聞く」14)にも明らかだし、まだ未紹介のフランスの文学者、思想家の初めての翻訳書の版元として、似つかわしくなかった。そのことは四六判並製の造本や装幀にも反映されているように思われた。

 

 古本屋でこの一冊を入手したのは、やはり『パイディア』や『思潮』の社会学研究会特集を読んでいた70年頃で、そのような講談社の単行本ゆえなのか、安い古書価だったと記憶している。その刊行がカイヨワ来日後だと認識したのは、そこに「序文」にあたる岡本太郎の「ジョルジュ・バタイユの思い出」が寄せられ、カイヨワとの日本での邂逅に関して語っていたからだ。

 

 それを取り上げる前に、この6ページの「序文」の内容にふれておくべきだろう。というのは、『蠱惑の夜』がバタイユの初めての翻訳であると同様に、岡本の寄稿は社会学研究会の存在に初めて言及したものだと考えられる。「はじめてバタイユに会ったのは、たしか一九三五年頃だった」と始まる岡本の「序文」は、ただちに社会学研究会へと移っていく。

 

 ちょうどバタイユが中心になって、ピエールクロソウスキー、ロジェー・カイヨア、ジョルジュ・アンブロジノなどが協力し、コレージュ・ド・ソシオロジー(社会学研究会)が組織された。私も誘われてこれに参加し、バタイユに接する機会が多くなった。一九〇一年生れの彼は三十代、ちょうど十歳若い私は二十代のなかば頃であった。私は強烈な個性によって貫かれた彼の実存哲学、その魅力に引きずられた。

 

 そして社会学研究会の理念と実践にもふれていくのだが、それは「神聖の社会学」、もしくは「新しい神は、夜の暗い混沌の中で、死に直面することによって現前する」、「新しい宗教的体験がわれわれの情熱だった」などといった抽象的な言葉で語られ、討論会以外の活動は具体的に提出されていなかった。それでもここで初めて、実際に日本人による1930年代半ばにおける社会学研究会の一端とそのメンバーの顔ぶれを垣間見たことになる。現在と異なり、わずかな紹介でしかないが、ここで取り上げられた社会学研究会のイメージは想像力を刺激するもので、30年代のパリと社会学研究会を舞台として、日本の神社から派遣されてきた神官の青年を主人公とする小説を構想する機会を私に与えてもくれたのである。

 

 それはさておき、「序文」に戻ると、岡本はそれから戦後へ飛び、再びパリを訪れ、13年ぶりにバタイユに会い、その哲学研究会で昔の社会学研究会とほぼ共通のメンバーと再会できたとも述べている。その後で、「最近、ペン大会出席のため来日したロジェー・カイヨアに会って、バタイユの近況を聞いたら、脊椎を患っているとのことだった。常にすべてに対して戦闘的だった彼が、そのような病に傷ついていると知って、私自身の身体に痛みを感じた」と書いている。それは岡本にとって「バタイユの言葉と実践」、「情熱の塊のような彼との交りは、パリ時代の最も充実した思い出」に他ならなかったからだ。それゆえにカイヨワとの出会いはそのような記憶を喚起させ、その余熱がさめないうちに、この「序文」もしたためられたことになろう。

 

 なお『蠱惑の夜』の内容には踏みこめなかったけれど、この講談社版は若林によって改訳が施され、1971年に二見書房から『C神父』(『ジョルジュ・バタイユ著作集』)として再刊されている。

 

−−−(第56回、2020年9月15日予定)−−−

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