本を読む #062〈神谷光信『評伝鷲巣繁男』〉

(62)神谷光信『評伝鷲巣繁男』

                                        小田光雄

 

 1年ほど前に古書目録で、神谷光信『評伝鷲巣繁男』を見つけ、入手することができた。これは1998年に小沢書店から刊行されていたのだが、知らずにいた一冊だった。この思いがけないこの評伝を読み、色々と想起され、教えられたことも多かったので、それらを書いてみる。

 

 鷲巣は1971年9月に国文社から『定本鷲巣繁男詩集』を上梓している。これはそれまでの私家版といっていい既刊の6詩集に、未刊の2詩集、俳句、漢詩などを収録したもので、一部で北海道の詩人として知られていた鷲巣の名前を広く知らしめた定本詩集と見なしていいだろう。

 

 鷲巣の第6詩集『夜の果への旅』(詩苑社、1966年)の愛読者の草薙実が国文社に持ちこみ、『夜の果への旅』の発行者河合沙良とともに、「相当部数の買取りを約束し」たことで、国文社からの出版が実現したのである。部数は不明だが、A5判函入、570ページの大冊で、定価は3500円だった。

 

 その翌年3月に鷲巣は北海道を後にし、埼玉に移り住んだ。それに寄り添うように、日本出版クラブで6月に「鷲巣繁男出版記念会」が開かれた。『評伝鷲巣繁男』はその「久方ぶりの上京を歓び、貴重なる全出版を記念して」の発起人や44人の出席者名も挙げての祝宴、及びそれに続く反響なども伝えている。だがそれに比べて、10月の歴程賞授賞式と歴程フェスティバルに関しては賞金50万円とあるだけで、わずかしかふれられていない。これは新宿の朝日生命ホールで開催されたもので、実は私もその場にいたのである。

 

 これもまさに半世紀前の話に他ならないけれど、友人の池井昌樹が『歴程』同人だったことから、フェスティバルの手伝いのために駆り出されていたのである。それでも私は舞台の上の劇には参加していなかったので、正面からモーニング姿の鷲巣を見ているし、『歴程』同人も総動員されたらしく、先の日本出版クラブでの「出版記念会」よりもにぎやかで、華やいだ感じの授賞式だったと記憶している。

 

 それらのことはひとまずおくとしても、『評伝鷲巣繁男』を読んで、あらためて再認識したのは、本連載で言及してきた小出版社が彼の著作を一貫して刊行してきたという事実である。神谷もそのことにふれ、76年は61歳の鷲巣にとって実り多き年だったとして、次のように述べている。

 

 一月三十日、牧神社から試論集『増補改訂版・呪法と変容』を、四月十九日林檎屋から第十詩集『嘆きの歌 ダニエルの黙示・第一』を、六月三十日、小沢書店から評論集『狂気と竪琴』を、九月一日には冥草舎から小説集『路傍の神』を、それぞれ出版したのである。

 この年菅原貴緒(牧神社出版社(ママ)主・本名孝雄)と吉野史門(書肆林檎屋主人)は共に三十五歳、長谷川郁夫(小沢書店)は二十八歳。これらの繁男の著作が、戦中か戦後すぐに生まれた二十代から三十代の若い出版人の手によって上梓されたことにわたしは感動を覚える。

 

 それは76年だけではない。71年の『定本鷲巣繁男詩集』の国文社からの上梓は既述しておいたし、72年の『呪法と変容』は竹内書店の中谷秀雄という、おそらく若い編集者と推測され、林檎屋の吉野も竹内書店の社員だったという。72年の『戯論』は他ならぬ30代の内藤三津子の薔薇十字社で、彼女の『薔薇十字社とその軌跡』(「出版人に聞く」10)において、横浜の関内のキディランドから50部の予約注文が入ったというエピソードが語られている。その注文を出したのは本連載21の、まだ20代の書店人の丸山猛だったことも忘れないで書きとめておこう。それにこの当時、幻の詩人のようでもあった鷲巣が上京し、『定本鷲巣繁男詩集』を刊行し、歴程賞を受賞し、第三刷まで判を重ねたことは、ひそやかではあるが、その人気が高まりつつあったことを示しているし、この注文部数はそれを象徴していよう。

 

 そうした鷲巣ルネサンスのトレンドには、角川書店のやはり30代の秋山実も加わり、『短歌』に毎月50枚の「詩歌逍遥游」を連載させる。だがこの2年にわたる千数百枚に及ぶ連載は、最初から完結後に単行本化できないとされていた。それを77年に『記憶の泉』『聖なるものの変容』『ポエーシスの途』3部作としてまとめて刊行したのは牧神社であった。76年の『増補改訂版・呪法と変容』の出版に続いて、『牧神』5から鷲巣が「牧神の周辺」という「騒人門話」エッセイの連載を始めていることと連鎖しているのだろう。これは79年に『牧神の周辺』としてまとめられる。

 

 この3部作の『記憶の泉』と『聖なるものの変容』が手元にある。後者は鷲巣の毛筆署名本で、どうして入手したのか記憶に残っていないけれど、その頃牧神社を訪れているので、献本されたのかもしれない。ちなみに『評伝鷲巣繁男』の著者の神谷光信は80年に神保町の書店で、この3部作を見つけて購入し、「古今東西の詩歌の引用と共に物語られる、詩人の劇的半生の、豪華絢爛たる一大絵巻」に読みふけった。そして「読後、異様な感銘に襲われ、しばらく放心の態であった」という。その異様な感銘が18年後に『評伝鷲巣繁男』として結実したことになろう。

 

 

—(第63回、2021年4月15日予定)—

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