本を読む #065〈日夏耿之介と『近代神秘説』〉

(65) 日夏耿之介と『近代神秘説』

 小田光雄        

 

1976年の『奢灞都』の復刻に寄り添うかたちで、やはり牧神社から、日夏耿之介の『吸血妖魅考』と翻訳『近代神秘説』も復刻に至っている。

 

前者は『近代出版史探索』31でふれているように、武俠社の『性科学全集』の1冊で、そのベースとなったモンターグ・サマーズの2著、サマーズのプロフィル、実際の訳者たちに関しても既述している。それゆえにここでは後者を取り上げたいのだが、たまたま『近代神秘説』に『奢灞都』の復刻の小冊子がはさまこまれ、そこにこの2冊の復刻が「日夏耿之介の作品」として掲載されている。それは1973年刊行の河出書房新社の『日夏耿之介全集』全8巻に未収録であることを伝えているのだろう。

 

この2冊の紹介の上に、「奢灞都由来記」なる一文が置かれていて、これはここでしかお目にかかれないかもしれないので、前口上のようにして引いておく。

 

 グリーアスン古書に傳ふさばととは魔宴の意にして諸々の悪鬼羅刹魑魅魍魎の類争ひて集会し歓を盡すと云ふと我等今此處に徒党をなして彼等妖怪共の向ふを張るには非ねど素より百鬼夜行の異形さに劣らざれば各自が魔力を弄し以て諸人を迷妄の境に東道かんとす

 

しかし『吸血妖魅考』がジョン・ディーの面影などを掲載し、フランセス・イエイツの『薔薇十字の覚醒』(山下知夫訳、工作舎)の気配をうかがわせているのに対して、『近代神秘説』は「近代神秘説」を始めとする13編の文芸評論集といっていいだろう。それらよりもむしろ、日夏による「訳者の序」としての「全神秘思想の鳥瞰景」「フランシス・グリーアスン」、後記にあたる「神秘思想と近代詩」がタイトルにふさわしい内容にように思える。

 

日夏は「全神秘思想の鳥瞰景」において、「神秘Mystery」という言葉はそもそも「神秘講の秘密教義、秘密儀礼即ち、舞踏や神歌や斎戒やその外の一切を籠めたものを表はす希臘語」に由来すると始めている。それを語源として「神秘主義Mysticis」が新プラトン学派のプローティヌスによって使われるようになった。ただそれは思想の表白、哲学の大系を限定するものではなく、「直示、直観の謎解きによつて、悟性を超絶する真理に見参し、ここに唯一信業(しんぎょう)の世界と見出さんとする心的傾向が神秘説で、これを奉ずる内的人が神秘家」だとする。そしてそれが中世、近世をたどられ、英国の近代にまで及んでいくのである。それはグリーアスンの8ページの「近代神秘説」を補正して、その倍の16ページに及び、日夏の学説を知らしめ、同時に「奢灞都由来記」の内実と道筋を伝えているようだ。

 

著者のグリーアスンのポルトレも日夏によって提出されているけれど、ここではより簡略な『世界文芸大辞典』(中央公論社)の立項を引いてみる。それにしてもよくぞ「グリアスン」を立項してくれたという思いを禁じえない。

 

 グリアスン Francis Grierson(1848-1927)哲学、文芸の批評家、音楽家。英国西部チェシアのバークンヘッドに生れ、1869年巴里で音楽家として立ち、欧州各都市でピアノ独奏をなす。次で文学、芸術、心理学、経済学を研究し、アメリカにて各大学、協会等で講演す。『近代神秘説』“Modern Mysticism”(1899)、『セル人的気質』“The Celtic Temperament”(1901)、『幻の谷』“The Valley of Shadows”1909)、『巴里人面影集』“Parisian Portraits”(1910)、『生と人』“La Vie et hommes”(1911)等の著書がある。詩人的哲学者的気質の批評家として一家をなす。

 

だがこのように立項はされても、翻訳されたのは『近代神秘説』の一冊だけだったようだ。『新潮社四十年』の「刊行図書年表」を確認してみると、『近代神秘説』が出版されたのは大正11年である。それがどのような経緯と事情で刊行されたのかは定かではないけれど、同年に早大文学部講師に就任していることからすれば、早大教授として『神秘主義者の思想と生活』や『近代神秘主義の思想』を刊行していた吉江喬松の紹介によっているのではないだろうか。それに何よりも吉江は先の社史に「新潮社四十年の歴史と佐藤代表」を寄稿していることからわかるように、新潮社の関係が深かったのである。

 

それだけでなく、この新潮社の『近代神秘説』を通じて近代社との関係が生じ、大正13年における『東邦芸術』創刊に当たって、近代社がその発売元を引き受けたこと、翌年の『世界童話大系』における『千夜一夜譚』の翻訳出版へとリンクしていったのではないだろうか。『東邦芸術』の「吉例編輯後記」によれば、発行所を引き受けてくれた吉澤孔三郎、及び様々に援助してくれた中根駒十郎への謝辞ある。吉澤は近代社の経営者、中根は新潮社の営業責任者であり、やはり大正13年の『近代劇大系』の出版に当たって、吉澤と中根は流通販売でコラボレーションしていたと推測されるし、それが『東邦芸術』へも反映され、二人への謝辞がしたためられることになったのではないだろうか。

 

 

—(第66回、2021年7月15日予定)—

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