本を読む #067〈ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』〉

(67) ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』

 

                                         小田光雄

 

1975年の『牧神』創刊号の巻末広告欄にジャン・ド・ベルグの『イマージュ』が掲載されている。それは当時、『反解釈』(高橋康也他訳、竹内書店)で鮮烈にデビューしたスーザン・ソンダクの「本書はエロチックな素材を利用しながら、強烈な感覚の形式上の極地を追い、性的人間のありようをオブジェ化しつつ、エロスの超歴史的な領域へ参内する」との言を引き、次のように続いている。

 

(ソンダクが―引用者補)ジョルジュ・バタイユの『眼球譚』、ポリーヌ・レアージュの『O嬢の物語』と並べて論じたように、本作品は二十世紀、特に戦後フランス文学に出色のポルノグラフィである。レアージュが序文の筆をとった本書は、匿名に隠れた現代仏文学者の手になり二人の女性の織りなすエロティックな像は当時の呪術・祭儀にも等しかろう。

 

ここに寄せられたいささか大仰なまでの言辞は、必然的にジャン・ド・ベルグ=「匿名に隠れた現代仏文学者」が誰かという問いを生じさせた。それは訳者も同様で、「訳不詳」とあったからだ。

 

しかしこの『イマージュ』は特装限定本も刊行されたようだが、古本屋でも見かけなかったし、読むことができたのは、1974年に行方未知訳として出された角川文庫版によってだった。そこには牧神社の1年前の佐藤和宏挿画入り少部数限定版の文庫化と明記されていた。その発行は11月、先の『牧神』創刊号は75年12月の刊行だから、両者の編集はほぼ同時に進行していたことになる。

 

名前が付されたとはいえ、やはり匿名の訳者は「解説」で、まず『イマージュ』が1956年にLes Éditions de minuit =深夜出版から刊行され、初版千部、再版五千部がともに発禁処分を科されたと記している。そしてこのような、実在しない人物でありながらも、高名作家たちが推定されるエロチシズム文学が、「特有な謎解き遊び」、いずれも匿名の『眼球譚』や『O嬢の物語』、アルベール・ド・ルーティ・ジー『イレーヌの女陰』、エマニュエル・アルサン『エマニュエル夫人』などの系譜に連なる「伝統的な一場の余興」に過ぎないと述べている。

 

これには若干の補足が必要であろう。拙稿「オリンピア・プレスとポルノグラフィの翻訳の系譜」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収)で言及しているように、1930年代のパリにポルノグラフィと見なされた文学作品を果敢に刊行する出版社があった。それはジャック・カハンによって創立されたオベリスク・プレスであり、50年代になって、その息子のモーリス・ジロディアスが引き継いだオリンピア・プレスに他ならなかった。

 

そのオリンピア・プレスのラインナップを発祥とする企画は1960年代の河出書房の「人間の文学」で、このシリーズに関してはこれも拙稿「河出書房『人間の文学』」(『古本屋散策』所収)を参照されたい。そしてこのオリンピア・プレスと「人間の文学」の系譜は、70年代前後の二見書房の『ジョルジュ・バタイユ著作集』を始めとするフランス文学翻訳書、70年代以後のフランス書院のポルノグラフィの出版とフランス書院文庫、富士見書房の富士見ロマン文庫へと継承されていったのである。

 

そうしたトレンドの中で、牧神社によるジャン・ド・ベルグの『イマージュ』の翻訳出版と角川文庫版も刊行されていったのであり、後者は富士見文庫創刊を促したと推測される。それから付け加えておけば、1930年代から70年代にかけて、ポルノグラフィは売れていたし、日本の翻訳書も例外ではなく、50年代のチャタレイ裁判、60年代のサド裁判に象徴されているように、社会の話題性を帯びてもいた。

 

だが『イマージュ』の場合、それほど話題を呼ばなかったと推測されるし、高名な作家の名前が挙がることもなかったように記憶している。しかし私はその少し前に、アラン・ロブ・グリエの『快楽の館』(若林真訳、河出書房新社、1969年)を読んでいたので、その視線に基づくエクリチュールが『イマージュ』と通底することに気づいていた。

 

例えば、『快楽の館』の書き出しを見てみよう。

 

 女たちの肉体がぼくの夢のなかではいつも大きな場所を占めてきたようだ。ぼくは女たちのイメージに悩まされつづけている。歪曲したうなじを見せている夏服姿のひとりの娘―サングラスの紐を結びなおそうとして―下げた頭から髪がなかば垂れさがり、しなかやか肌とブロンドのうぶ毛をのぞかせている。

 

ここに書きつけられている「ぼくは女たちのイメージに悩まされつづけている」との表白は、『イマージュ』における作家の「わたし」のものであり、そのテーマそのものといえる。また『快楽の館』も深夜出版から1965年の刊行であることから類推すれば、ジャン・ド・ベルグはロブ=グリエと見なしていいように思われた。

 

このことはずっと忘れていたのだが、2012年に牧神社の経営者だった菅原孝雄の『本の透視図』(国書刊行会)が出され、そこで、訳者の行方が彼自身、作者は本文語彙の特徴からロブ=グリエと書かれていたのである。ちなみに『イマージュ』は日活のロマンポルノとして映画化されたことがあって、角川文庫は80万部にまで達したが、その印税のすべてが牧神社の運転資金につぎこまれたという。同書についてはこれまた拙稿「牧神社と菅原孝雄『本の透視図』」(『古本屋散策』所収)を参照されたい。

 

—(第68回、2021年9月15日予定)—

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