本を読む #083〈矢作俊彦とダディ・グース作品集『少年レボリューション』〉

(83) 矢作俊彦とダディ・グース作品集『少年レボリューション』

 

小田光雄

 

『ベッドタイムアイズ』の山田詠美に先駆けて漫画家から作家になった人物がいる。それは矢作俊彦で、漫画家名としてのダディ・グースは早くから知られていたが、それが単行本として出版されたのは今世紀に入っての2003年になってからだった。版元は飛鳥新社、企画編集者は1990年代半ばに一世を風靡したベストセラー『磯野家の謎』を生み出し、『クイック・ジャパン』も創刊した赤田祐一であった。

 

そのA4判上製318ページの『少年レボリューション』は内容と体裁はアメリカンコミック的、造本と装丁は「バンド・デシネ」的といっていいかもしれないし、後に飛鳥新社がメビウス『天使の爪』を刊行する際の範となったとも考えられる。『MAD』を手にして書見台の本に見入っているマルクスらしき男をあしらった表紙には真紅の帯が巻かれ、大友克洋の「ダディ・グースを読みなさい」との推薦の辞が付され、その裏には次のようなキャッチコピーが記されているので、それを引いてみる。

 

当時「漫画アクション」などの劇画誌に、ノン・フィクションとフィクションの間(あわい)をも溶かす壮絶奇怪なる「ポリティカル・オペラ」を書き散らし、知らないうちに漫画界から疾走した幻の漫画家―ダディ・グース。

30年間の沈黙を破り、煽動の書、ついに初単行本化なる!

 

収録されているのは1969年の「砦の下に君が世界を Macbeth69!」を始めとする、主として『漫画アクション』に発表された11本の作品である。著者紹介として、神奈川県生まれの在日日本人一世、17歳で、『劇画コミックサンデー』でデビューとされているが、そのデビュー作品は収録されていない。このコミック誌はどこから発行されていたのだろうか。60年代後半には多くのコミック誌が創刊されていたはずで、双葉社の『漫画アクション』の創刊も67年だった。モンキー・パンチの『ルパン三世』が始まっていて、それらの創刊事情は吉本浩二『ルーザーズ』(双葉社)が詳細にコミック化している。

 

ダディ・グースも「あの日」と題するあとがきで、『漫画アクション』に原稿を持ちこんだところ、編集長の清水文人が「よし、載せよう」との即決で、大学初任給の3、4倍に当たる原稿料も提示された上に、「また書いたら持ってこいや。いつでも載せるから」といわれたエピソードを語っている。ダディ・グースも述べているように、「そのころまで、漫画は子供のものだった。大人が読むようなストーリーマンガは存在していなかった」のだが、『漫画アクション』と同年に『ヤングコミック』、68年に『ビッグコミック』も創刊され、所謂「青年劇画誌」の時代が訪れようとしていたのである。

 

それでは清水が即座に採用した「砦の下に君が世界を Macbeth69!」はどのような作品なのか見てみよう。その採用理由は清水がダディ・グースの「服から催涙ガスが匂ったのが気に入った」といったことから類推されるように、1968年から69年にかけての学生運動を時代状況として書かれた「ポリティカル・オペラ」の様相を呈している。68年12月には大学紛争で東大と東京教育大の69年度入試が中止となり、69年1月には東大の安田講堂を占拠している学生を排除するために、警視庁機動隊が出動し、激しい攻防戦を繰り拡げた。2月には日大紛争で文理学部の封鎖解除に機動隊が導入された。

 

そのような大学紛争を背景として、「砦の下に君が世界を Macbeth69!」は描かれたことになり、タイトルの「砦の下に君が世界を」はワルシャワ労働歌の「砦の上に我らが世界を」の本歌取り、Macbethはいうまでもなく、シェイクスピア『マクベス』でその日本の69年版といえよう。そのカルチェ・ラタンとある「序詞」において、序詞役のピエロが登場し、「舞台も花の大江戸に」「芝居こそ良策栄策/それで騙してみせるぞ国民の良心を/ズバリ斬ります全共闘」という前口上が述べられ、「ポリティカル・オペラ」の幕開けとなっていく。すでにこの「序詞」からわかるように、先行する物語や出来事のパロディとして展開されていく。

 

その「風雲急を告げるこのご時勢!」の幕開けはまず3人の狂言廻しの召喚で、彼らのプロフィルは判然としないのだが、1人はそのハーケンクロイツをつけた軍服からナチスの高級将校である。その下にはこれも背中に「死んで下さいおっ母さん」から始まる一文を彫った男が描かれ、これもまた橋本治がつくった駒場祭のポスターの「とめてくれるなおっ母さん」のもじりで、舞台は「東大天城内 安田本丸前」へと移り、全共闘と花の四機の攻防が始まる。そこに先の「隠しトリデの三悪友」が再び登場し、東大の加藤鮪兵衛法学部長を「東大の星」と持ち上げる。加藤こそは東大への機動隊導入を決定した男で、「東大の星」とはこれも星飛雄馬が出てくるように、当時の絶大な人気であった梶原一騎、川崎のぼる『巨人の星』からの引用で、続いてその父の一徹も顔を出している。

 

そのようなパロディと引用は全23ページ、いやすべてのコマにといっていいほどで、ダディ・グースが60年代コミックを幅広く渉猟していて、そのミメーシスの才をフルに発揮し、この「ポリティカル・オペラ」に臨んだことが了解されるのである。『漫画アクション』の清水文人はそれを即座に理解したと推測される。そのミメーシスの才が小説へと転回された場合、ダディ・グースは矢作俊彦として、『マイク・ハマーへ伝言』や『神様のピンチヒッター』を上梓するに至り、ハードボイルド作家となっていったことになる。

 

またコミック原作者としての矢作は大友克洋との『気分はもう戦争』(双葉社)がよく知られているが、私の好みでは平野仁と組んだ『ハード・オン』(双葉社)が捨て難い。あえて物語にはふれないので、古本屋で見つけたら読んでほしいと思う。

 

—(第84回、2023年1月15日予定)—

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