本を読む #085〈戦後の漫画=コミック出版の変容〉

(85) 戦後の漫画=コミック出版の変容

 

小田光雄

 

前回の『つげ忠男作品集』の函入限定版出版に象徴されるように、意図して漫画の大判化に挑んできたのはやはり青林堂であった。それは『ガロ』の増刊特集号やA5判の「現代漫画家自選シリーズ」や「現代漫画の発見シリーズ」にも顕著だった。

 

しかし本連載74の『つげ義春作品集』はそうではなかったけれど、弟の『つげ忠男作品集』のほうは直販の限定800部だったことからもわかるであろうが、大判上製の「バンド・デシネ」的市場は成立していなかった。そうした漫画出版史を考えてみると、私たちが主として読んできた漫画は戦後創刊の『少年』(光文社)、『冒険王』(秋田書店)、『ぼくら』(講談社)などの大手出版社の月刊誌とその付録で、それらの上製単行本は出されていたにしても、まったく縁がなく、ほとんど見たことがなかった。そうした出版事情ゆえに、大手出版社の月刊漫画誌の付録の並製小B6判のフォーマットが後のコミックスへと引き継がれ、現代に至るまで続いていることになる。だが月刊誌や付録のほうは月遅れ雑誌として縁日でも売られていたし、特価本業界ともつながっていたのである。

 

ちなみに週刊誌としての『少年サンデー』や『少年マガジン』の創刊は1959年を迎えてのことだった。当然であるが、もはや付録はついておらず、月遅れ雑誌として縁日でも売られることはなく、週刊漫画誌の出現は何かしら時代が変わったように思われた。

 

その一方で、短い年月ではあったが、商店街に貸本屋が開かれ、漫画も置かれ、それは農村の雑貨屋の片隅に及び、私もその恩恵に浴することができた。それらは少年漫画誌と異なるもので、付録ともちがうA5判の粗末な用紙と製本の漫画群だった。この時代の貸本漫画に関しては高野肇『貸本屋、古本屋、高野書店』(「出版人に聞く」8)を参照されたい。

 

このようなことを書き連ねてきたのは、『近代出版史探索Ⅱ』292の「貸本屋、白土三平『忍者武芸帳』、長井勝一『「ガロ」編集長』」でふれておいたように、長井が大手出版社の出身ではなく、出版業界の裏通りとでもいうべき赤本や貸本漫画の世界に属していた前史があり、青林堂の設立と1964年の『ガロ』創刊もその系譜上に成立していた。その貸本マンガのフォーマットのほうはA5判で、それが青林堂の先述したふたつの漫画シリーズにも受け継がれ、大手出版社の小B6判と異なる判型が採用された経緯となろう。

 

しかし青林堂にはひとつの制約もあった。大手出版社の小B6判漫画は大量生産、販売の目的に則った雑誌コードにより、取次を通じ、流通していたのだが、青林堂のA5判漫画は取次の雑誌コードを得られなかった。それは漫画のテーマと内容もさることながら、初版部数が圧倒的に少なく、また定期刊行物に準ずる漫画として出版は不可能だったことにもよっている。それでも『ガロ』のほうは少部数ではあったにしても、とりあえずは月刊誌として創刊されたので、雑誌コードが付され、流通販売されていたが、部数的にずっとマイナー雑誌であったことに変わりはなかった。私などもその雑誌コード配本による流通実態を詳細に把握しているわけではないけれど、取次からの支払い条件がかなり優遇されていることは推測がつく。

 

そうした漫画の流通販売事情に加えて、1980年代までは都市の大型書店にしても、漫画売場を設けておらず、あくまで漫画はサブカルチャーとしての範疇にとどめられていた。だが『ガロ』の創刊に続き、1967年の『漫画アクション』(双葉社)、『ヤングコミック』(少年画報社)、68年の『ビッグコミック』(小学館)も創刊され、70年代には漫画ならぬコミック市場も隆盛に向かっていた。それとパラレルにB6判コミックのフォーマットも普及していったのである。

 

ところがこれらの青年誌の人気連載コミックにしても、当初は『ガロ』がそうであったように、臨時増刊号のかたちで出されたり、単行本にしても、大手出版社ゆえに雑誌コードによる大量生産と大量消費を前提とする、あくまで雑誌として流通販売されたので、書店の棚の常備品となることは少なかった。つまり雑誌と同じく、売り切って終わりだったのである。

 

そのようなた書店市場のコミック販売を変換させたのは80年代における書店の郊外店出店ラッシュであり、『少年ジャンプ』の500万部を超える売れ行きだった。それまでの商店街の書店よりも大型化した郊外店は、これも新しい郊外の団塊の世代の二世といえる若年読者層を確保する必要から、コミック売場を設けることになった。そのために新刊だけでなく、バックナンバー、つまり既刊分も揃え、販売することになり、かくして雑誌コードコミックの生産、流通、販売のコンセプトが変容し始め、それまでサブカルチャーと見なされてきたコミックも、日本が誇るべきカルチャーの位置へと躍り出ていくのである。

 

ただ問題なのはコミックの場合、雑誌コードによって流通し、雑誌のうちの月刊誌として販売金額も計上されてきたこともあって、80年代以降の出版業界が、コンビニ市場と週刊月刊のコミック誌も含め、コミックスによって支えられてきた事実に注視してこなかったことだ。例えば、1980年の雑誌販売金額7799億円が、ピーク時の97年には1兆5644億円と倍増しているのはそれらの事実によっている。だが2021年のコミック市場は電子コミックが4114億円に達し、紙の2645億円の倍に及び、コミックの生産、流通、販売のかつてない大パラダイムチェンジが起きていることになろう。

 

そこに至る過程で起きていた漫画、コミック出版史を、これから少しばかりたどってみることにしよう。

 

—(第86回、2023年3月15日予定)—

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