矢口英佑のナナメ読み #004〈『核家族の解体と単家族の誕生』〉

No.4 『核家族の解体と単家族の誕生』

 

矢口英佑〈2019.3.10〉

 為政者にとって本書は〝恐ろしい本〟かもしれない。なぜなら豊富な数字と統計を駆使して日本という国の形が大きく変化していることを教え、激しく警鐘を打ち鳴らしているからである。それだけでなく、読み進むに従い、為政者たちがいま現在、ひたひたと近づいてきている状況を正確に把握し、それに対処しなければならないという危機意識が希薄であり、具体的で、より有効な方策となると、極めてお寒い状況にあることが明らかにされていく。

 

 一方、日本という国に住むごく普通の者にも、当然、覚醒をうながす内容となっている。明治維新以来、近代化を推進し、まっしぐらに突き進んできた日本の現在がいったいどのような状況になっているのかが繰り返し示されていく。そして、それを〝対岸の火〟として、傍観者的に眺めているわけにいかないという、一種の覚悟を迫っているとも言えるのである。

 

 

 本書は次のように書き出されている。

 

 「2015年(平成27)の国勢調査によると、全世帯の34,5パーセントが一人暮らしである。つまり三軒に一軒が一人で暮らしている。1960年(昭和35)には5パーセントしかなかった単独世帯が、55年間で約7倍に増えた。(中略)1970年(昭和45)には男性の生涯未婚率は1,7パーセント、女性の生涯未婚率は3,33パーセントで、既婚者が圧倒的多数だった。しかし、2015年(平成27)には男性で23,37パーセント、女性で14,06パーセントが生涯未婚者となった。2014年(平成26)に結婚したカップルは、64万9千組となり戦後の最少を記録した。20年後には、三人に一人が生涯未婚ですごすだろうと予測されている」

 

 単独世帯が急激に増え、未婚者はさらに増えていくことを示した驚くべき数字である。しかし、これは紛れもない事実なのだ。

 

 本書が単に家族の形が変形してきていることを証明し、今後、どのような社会になるのかを推論しているだけならば、私は〝恐ろしい本〝などとは言わないだろう。

 

 本書は、日本の現状を直視しながら「核家族」という家族形態がもはや破綻してきていると断じる。それゆえ著者は、家族の形を意識面は無論のこと、制度面からも変革に取り組むべきだと鋭く切り込んでいくのである。さらには、これまでの日本という国が前提とし、それに基づいて策定してきた家族に関わる制度をすべてといっていいほど否定しているのである。つまり本書は、日本人のこれまでの生き方を根本的に〝変えなければならない〟という革命的とも言える言論に満ちている。

 

 いまや「少子高齢化」「専業主婦」「男女雇用機会均等法」といった言葉を知らない日本に住む人は、おそらく少数だろう。その言葉の意味する内容についても、おおよそのことは知っていると思われる。

 

 確かに日本中に結婚しない単身者が増えてきている。間もなく出産を控えているらしい女性の姿を街で見かけることが減ってきている。会社勤めの者が出勤したあとの街には、老人と女性ばかりがやたらと目につく。退社時間になると、急ぎ足でホームに向かい、電車に飛び乗る女性たちが増えてきている。

 

 どれをとっても芳しい状況とは言えない。しかし、こうした状況にどう対処すべきなのかという問いかけに十全に答えられる人はいるのだろうか。事態解決への手だてどころか、何も持ちあわせていないのが一般的だろう。せいぜい自分に関わる生活の中で、あくまでも個人的な生き方として何らかの処置をほどこすのが精一杯なはずである。

 

 一方、為政者たちはこうした事態に、これまで対処療法的としか思えない手だてをひねり出し、それを実践してきているのが実情である。一例を挙げると、内閣府の資料によれば、2003年(平成15)には「少子化社会対策基本法」が制定され、2017年(平成29)には「子育て安心プラン」が公表された。

 

 それによると2022年(平成34)度末までに女性の就業率が80パーセントに達しても対応できる約32万人分の保育の受け皿を整備するとしている。また2017年12月に公表された「新しい経済政策パッケージ」では、

 

 少子高齢化という最大の壁に立ち向かうためとして、「人づくり革命」と「生産性革命」を打ち出し、「人づくり革命」では、幼児教育の無償化、待機児童の解消、高等教育の無償化などで2兆円規模の政策を盛り込み、子育て世代、子供たちに大胆に政策資源を投入し、社会保障制度を全世代型へと改革する、としていた。

 

 こうした政府の取り組みから事態が好転し、子どもを産もうとする女性が増え始める気運が現れてきているようだという話は残念ながら耳にしていない。

 

 著者は、このような為政者たちの取り組みでは日本は衰退すると批判する一方、日本の社会構造の変化を次のように分析している。それによれば、産業と家族の形は明らかに連動していて、明治時代は農業を主体とした社会であり、大家族という「拡大家族」「共同体家族」だった。一軒の家に祖父・祖母から孫まで数世代が一緒に暮らし、家族の誰もが住んでいる土地としっかり結びついていた。やがて物つくりが主流となる工業社会になると、土地との関係が切れて、人びとは都市へと流入していった。戦後、急激な工業社会化によって食料は都市部に奪われ、農業従事者が減少することで、大家族から「核家族」化へと日本の社会は変貌を遂げた、という。

 

 確かに産業と家族の形態は連動していることは誰もが認めざるを得ない。それでも戦後まもなくの頃は、国民的マンガとも言える「サザエさん」のような工業社会のなかでも三世代が同居する家族もいた。だが夫=サラリーマン、妻=専業主婦という性別役割分業であるかぎり、「サザエさん」のような家族構成を維持することはできない。

 

 なぜなのか。家が生産の現場ではなく、家族と土地は結びつかず、家の存続意義が失われてしまっていることが著者の分析によって明らかにされていく。

 

 そして著者は、日本は工業社会から情報社会へと移っていて、工業社会に都合が良かった、性別役割分業を前提とした〈核家族〉形式では対応できなくなってしまっている。結婚を忌避し、少子化が進行するのは〈核家族〉が機能不全に陥っているからで、日本のこれからの家族形式は「単家族」だと断言するに至るのである。

 

 では「単家族」とは、どういう家族形式なのか。著者によれば、「単家族とは一人の成人と子供を組み合わせとする組織であり、社会的な家族の単位である。成人男子+子供もしくは成人女性+子供という単位」である。

 

「家族」という形式を取ることで初めて正当と見なされてきた男女の関係に切り込んで、女性も自立することが前提となっている。たとえ内縁関係であろうと、同棲であろうと、あるいはいずれかの通い婚であろうと、それが可能となるのが頭脳労働を主とする情報社会であり、だからこそ、単家族が増加しているのだと言う。

 

 著者は女性も一人の人間として、経済的な自立を果たすべきことを力説するとともに日本の家族制度の変革を提言する。先ほど引用した為政者の言う「人づくり革命」や「生産性革命」がいかに陳腐な、言葉だけの遊びに映るのかは、著者の提言にほんの少し耳を傾ければすぐに理解できるだろう。

 

 戸主中心の戸籍制度を廃止し、個人戸籍の導入。嫡子、非嫡子の差別を撤廃。性別役割を基本とした制度の排除。企業側の立場で定められている現行制度の変革。配偶者控 除や住宅取得控除など〈核家族〉を維持する税制度の見直し。逆に新しい税収としての専業主婦に対する課税。年金制度という考え方の見直し等々である。

 

 家族の形が変わってきている現在、それに対応した制度の変革が求められるのは当然である。ただし、本書に見える提言は、提言などという生易しいものではなく、為政者にとっては、怖じ気づいてしまうほどの抜本的な制度面での「革命」が叫ばれているのである。

 

 為政者に取って本書は、本を閉じたくなってしまうほどの「恐ろしい本」となっているのは間違いないようである。そして一般読者には、もうそこまで来ている社会での生き方に目を向けさせる一書となっている。

(やぐち・えいすけ)

 

 

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〈次回、2019.3.20予定『ロールズ正義論』〉

核家族の解体と単家族の誕生』 四六判上製504頁 定価:本体4,600円+税

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