矢口英佑のナナメ読み #024〈『改訂新版 真夜中のミステリー読本』〉

No.24 『改訂新版 真夜中のミステリー読本』

矢口英佑〈2020.3.23

 

 

 本書は2019年5月に他界した藤原宰太郎が今から30年前の1990年に刊行した『真夜中のミステリー読本』(KKベストセラーズ ワニ文庫)の「改訂新版」である。

 

 藤原宰太郎はミステリー作家として「名探偵・久我京介」を生み出す一方、読者に犯人を推理させるクイズ本の『探偵ゲーム』(1968年)や『世界の名探偵50人』(1972年)がベストセラーになるなど、ミステリー小説に関わる書籍を数多く刊行した。

 

 本書の改訂者は藤原遊子で、「二一世紀のIT社会にも通用するミステリー案内書を作りたいという父の遺志を引き継ぎ、娘の私が加筆や訂正、および項目の削除を行い、『真夜中のミステリー読本』を生まれ変わらせました」と「あとがき」にある。共著者として彼女の名があるのはそのためである。

 

 改訂新版を刊行するにあたっては、1990年版の誤りが訂正されたのは無論のこと、第4章の「古今東西トリック研究」では、トリック例が大幅に増補されている(「あとがき」より)。

 

 ところで、私たちは本書の書名にも見える「ミステリー」という小説ジャンルについては、かなり曖昧なままに「探偵小説」「推理小説」「サスペンス小説」などとも言ったりしている。この点については、文章の内容に応じて「推理小説」「探偵小説」「ミステリー」という表記を使い分けているようではあるが、それぞれの名称の使い分けに強いこだわりはないようである。

 

 それだからだろう、本書は評論でもなければ、専門的な研究書でもないと断り、「推理小説は娯楽のための読み物である。エンターテイメントなのだから、読んで楽しいことが一番だ。肩の力を抜き、気楽に読めばいい。それが最良の読書法なのだ」と「はじめに」で本書との〝つき合い方〟が示されている。さらに著者は「これからミステリーを読みはじめる読者には手軽なガイド・ブックが必要」と記しているが、ガイド・ブックであれば、より楽しく、飽きることなく最後のページまで読ませることが必須であり、著者がそれに心を砕いていたことは、本書の章立てや項目立てからも見て取れる。

 

 本書は古今東西のミステリーを取捨選択して1冊ずつ紹介するといった手法は取られていない。読者が興味を持ったり、面白さを感じたり、目に留めたりすると思われる項目を立て、ミステリーに関する博学多識を平易な文章でコンパクトにまとめている。著者は「オモチャ箱をひっくり返したみたいに」「とりとめのないテーマで書いてみた」と記しているが、決してそのようなことはなく、読者が「気ままにミステリー散歩を楽しむ」ために、大いに行き届いた配慮と計算のもとに構成されている。

 

 それにしても「散歩を楽しむ」とは、なかなか巧く本書を言い表している。「ミステリーに関する意外な話や豆知識、トリックの紹介を読物ふうにまとめてみたので、どのページからでも、手当たり次第に読んでいただいてかまわない」とは、読者が本書を最後まで手離さない周到さを整えたからこそ言える言葉だろう。

 

 ではどのような配慮が施されているのだろうか。

 

 「はじめに」で、ミステリー小説は気楽に読めばよいと勧めながら、「プロローグ」では推理小説にはルールがあると言う。そのルールを読者に伝えたうえで、次に「第一章 ミステリーを10倍楽しく読む方法」で、「私立探偵の元祖はドロボウ」「名探偵の私生活拝見」「シャーロック・ホームズは麻薬中毒だった」「日本ミステリーの鉄道事情」等々、「これからミステリーを読みはじめる読者」には、なにやら興味がかきたてられるような項目が23項目並んでいる。さらに「第二章 事実は小説よりもミステリー」は「事実は小説よりも奇なり」をもじったものだが、「同一作家が対談するトリックとは」「芸能界から推理作家へ転職した男」「刑務所は最高のミステリー学校」「大統領はミステリーがお好き」等々、20項目にのぼる。この章に記された内容はトリックではなく事実であり、読者とすれば感心したり、驚いたりするしかない。以下「第三章 こんなミステリーがあった 知られざる推理小説ガイド」26項目、「第四章 古今東西トリック研究 難事件の謎に挑戦せよ」10項目、「世界のユニーク探偵たち 名探偵紳士録」11項目となっている。

 

 このような章立てを見ただけでも、気ままに散歩してみたくなるコースがあり、寄り道したくなるような場所(頁)も少なくなく、読者はなかなか家に戻れなくなる(本書から離れる)かもしれない。

 

 また本書には著者のミステリー小説と関連著作の膨大な読書量を証明するように、日本独特の「時代小説」と呼ばれるジャンルの一つである「捕物」にも目が行き届いている。現在、「時代小説」を好む読者は少なくなく、それなりに人気があるだけに、著者が数多い「捕物帳」の中から「ぜひ読んでいただきたいベスト5」を選定しているのは興味深いにちがいない。ちなみに、①岡本綺堂『半七捕物帳』、②野村胡堂『銭形平捕物控』、③横溝正史『人形佐七捕物帳』、④久生十蘭『顎十郎捕物帳』、⑤都筑道夫『なめくじ長屋捕物さわぎ』がそれである。

 

 主に江戸時代を舞台とし、奉行所の与力や同心、御用聞きが主人公となることが多い「捕物帳」は警察小説とも言えるものだろう。推理や実証、裏付けなどによって事件を解決し、「お裁き」を受けさせる頼もしい主人公(たち)が存在する。それは海の向こうのシャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロ、ミス・マープルといった探偵や、メグレ警視、ジョゼフフレンチ警部といった警察組織に所属した人びとの活躍を描いたシリーズものと共通している。

 

 その共通性は、本書の「プロローグ」に記されているヴァン・ダイン『探偵小説作法の20則』に関する著者の解説に目を通せば明らかである。ヴァン・ダインが挙げている作者側が守るべき最低限の20の条件のほとんどに「捕物帳」もみごとに当てはまるのである。なかでも「⑤論理的な推理によって、犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって、事件を解決してはいけない。⑥探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と、一貫した推理によって、事件を解決しなければならない。⑦長編小説には、死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では、読者の興味を持続できない」という3条件からは「捕物帳」が探偵小説にほかならないことを教えてくれている。

 

 このように「目からうろこが落ちる」とも言える記述はほかにもあって、その一つの例として「推理小説は、本質的に民主主義的であり、民主主義のなかでのみ開花する」とは、ミステリー評論家ハワード・ヘイクラフトの言葉だそうだが、「この名言どおり、推理小説が盛んな国は、発祥の地アメリカと、その本家にあたるイギリスで、ともに民主主義の国である」には、なるほどと思わずにいられない。

 

 このように気ままなミステリー散歩は寄り道が多くなってしまいがちだが、散歩を続けるうちに、ふとあることが気になり始めてきた。それは本書『真夜中のミステリー読本』にはなぜ「真夜中」がつけられているのかという点である。

 

 書名についての著者の言葉は見あたらないが、何か意味があるのではないだろうか。どうにも気になる。

 

「真夜中→謎→暗闇」といった暗示的な意味なのか、あるいは「ミステリーは真夜中に一人で読むように」という著者からのメッセージなのかなどと、あれこれ推理はしてみるものの解答は得られそうもない。

 

 ひょっとすると著者は、ミステリー読本にふさわしく書名の解読を読者一人ひとりの推理に委ねたのかもしれない。

 

(やぐち・えいすけ)

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『改訂新版 真夜中のミステリー読本』 四六判並製208頁 定価:本体1,800円+税

 

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