- 2022-7-27
- 論創通信, 矢口英佑のナナメ読み
No.56「「松の種子」健康法と私の人生」
矢口英佑〈2022.7.26〉
書名に見える「松の種子」とは、「五葉松の種子エキス」のことであり、「私の人生」とは言うまでもないが、本書の著者「吉原將純」の人生である。
「健康法」とあるが、何か面倒な方法を実践しなければならないというのではない。ただ「五葉松の種子エキス」カプセルを飲むことで得られる効果について語られているに過ぎない。
それなら世の中に溢れかえっている健康食品やサプリメントと同様と思う向きもあるかもしれない。ただし、本書は決して「五葉松の種子エキス」の広告宣伝、売り込みの冊子ではない。語られているのは、著者である吉原將純の松の種子との悪戦苦闘の歴史であり、抗ウイルス効果が期待できる松の種子配合食品を商品化することに生涯をかけた執念の人の人間模様である。
人間にはその時には気がつかない、ただのエピソードとして記憶されていた事柄が後から考えると大きな啓示になっていたと思い至ることは珍しくない。
著者は父親の仕事の関係で、韓国の釜山で生まれ、そこで初めて松の種子が韓国では滋養強壮の秘薬として珍重されているのを知る。1945年5月に広島に家族で引き揚げ、被爆し、やけどをした友人がジャガイモや胡瓜、大根をすり下ろして傷に塗って一命をとりとめたのを目にして、植物のパワーに眼を向けるようになっていた。こうして、
「私たちを脅かす多くのウイルス感染に対しても、薬だけでなく、食べ物の持つパワーを最大限に利用することが有効」(本書「まえがき」)
と思うようになっていく。
やがて菓子製造卸業を営んでいた著者のもとに菓子の材料にできないかと殻付きの松の実が大量に持ち込まれてきた。
これらの出来事は、まるで目に見えなかった地下のいくつもの水脈が地上に一本の流れとして姿を現したかのように見事に繋がってきていたのである。だがその当時は、どのような流れになるのか、どこに流れていくのか著者本人にもわからない流れではあった。
こうして著者の松の実との40年間にわたる悪戦苦闘が始まったのだった。
松は日本でもよく見かける樹木の一つで、過酷な自然環境の中でも生き延び、生物進化の歴史でもかなり早い時期からこの地球上に存在していた。それだけ生命力が強いのだが、ここで紹介されている松の実は日本ではごく一部の地域にしか見られないチョウセン五葉松と呼ばれる種類である。松笠が大きく、人の顔ほどもあり、シベリア、モンゴル、中国北東部、韓国など極寒の山間部で多く見られる種類である。
この松の実は古来より中国、韓国では滋養強壮に効果があるとされ、珍重されてきている。中国の明代(1368~1644)に編集された李時珍の『本草綱目』全52巻にも「関節炎、めまい、解熱作用、内臓の活性化、皮膚の若さ保持、老化防止、咳止め、肺の活性化、身体爽快、虚弱体質改善等々」に効果があると記されている。
この『本草綱目』に記されている「松の実」の効能を、著者は現代医学によって解き明かしていった。「松の実」に取り憑かれた者だからこそなし得た執念の結果と言えるかもしれない。
たとえば「松の種子オイル」に含まれるリノレン酸(多価不飽和脂肪酸)は、特別な元素構造をしていて、「松=Pineの頭文字を取って、「P-リノレン酸」と名前を付けた」と著者は記している。五葉松の種子だけに存在する「P-リノレン酸」の発見は「世界的な大発見」だったとまで著者が記しているのには理由がある。このピノレン酸こそが鎮痛効果、解熱効果、抗炎症作用があることを突きとめたからである。細かな説明は省略するが、他の効能として体内の脂肪のバランスを調整し、アトピーやアレルギーを抑制する効果があり、細胞の増殖を助ける作用から若さを維持し、高血圧予防にも有効であることがいくつもの症例から明らかにされた。
このように著者は国内外の大学や研究機関と連携し、世界で初めて松の種子に含まれる有効成分の抽出に成功する。
「松の実」パワーがなぜ非常に優れ、古来より健康秘薬と見られていたのかを科学的、医学的に解明してきた著者だったが、さらに予想もしなかった啓示を与えられていく。
あるテレビ番組で「五葉松の松笠を煎じて飲むと胃腸に良い」という九州地方の民間伝承を解明しようとしている医師の話が著者の妻から聞かされたのである。松笠に一定の効能があるというなら、あるいは「松の種子殻」でも……。それが驚くべき結果に導かれていくことになるのだった。
著者にとって「松の実」を包んでいる硬い「殻」は、せいぜい燃料として使える程度で、廃棄するしかないものと見ていた。実際、銭湯の燃料として使ってもらっていたのである。
そのお荷物だった「松の種子殻」をテレビで紹介されていた医師に託すと、実験結果は衝撃的な報告だった。なんと「従来の抗がん剤より最大で25倍ほどの効力がある」という内容だったのである。著者は記している。
「一九八七(昭和六二)年三月十六日、この日から、全人類の存亡をかけ、私の人生を捧げる闘いが始まった」と。
「全人類の存亡をかける」という言葉が決して大げさでないことは現在、世界中の新型コロナ感染状況に目を向ければ納得するにちがいない。一定の予防対策はできても、コロナウイルスを強く抑え込む有効な薬剤は見いだせていないからである。
松の種子殻から抽出される成分とは「リグニンポリフェノール」と呼ばれるものであった。これは特殊な結合を持つ酸性多糖類で、リグニンとは植物繊維の一種で、細胞と細胞をくっつける役割を果たす。木質素とも呼ばれ、樹木が立っていられるのはこのリグニンの作用によるものだという。著者が被爆体験から学んだ「植物のパワー」を証明するように、松の種子殻だけでなく豆類、ココア、チョコレート、イチゴやラズベリーの種子にもリグニンは含まれているという。
ポリフェノールは赤ワインに含まれることでよく知られている植物の天然色素成分の一つで、抗酸化、抗腫瘍、抗ストレス作用があるとされている。
松の種子殻には「従来の抗がん剤より最大で25倍ほどの効力がある」と報告されてから5年後の1992年、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)での動物実験などから松の種子殻の抽出物にウイルス感染を予防する効果、ウイルスの働きを不活発にする効果があることが科学的に証明されたのだった。
こうして著者は免疫力を活性化させ、抗腫瘍、抗菌、抗ウイルス作用があるとされる「松の種子殻エキス」と上述した「松の種子オイル」、この二つを混合した天然の種子加工食品を作り出すことに成功する。
松の実を傷つけずに、硬い松の種子殻を割る機械製作から始まった松の種子との格闘はようやくここまでたどり着いたと言えるだろう。
しかし、著者は「あとがき」で、「これからの主な病気はウイルスによってもたらされる難病と思われる」と予測している。おそらくこの予測が間違っていないことは、現在のコロナウイルス蔓延状況が教えている。そのうえで著者はこうも記している。
私は「松の種子エキス」に抗ウイルス作用があると突き止めましたが、食べ物でウイルスを抑制できるということは、現代の医学では考えられないことなのです。(中略)私から大学の医学部・薬学部の皆様へのお願いです。常識の枠に捕らわれずに、自由な発想で新しい何かに挑戦して、ウイルスを消す物質を是非とも突き止めて下さい。私たち人類のために――。
亡くなる一カ月前に記されたこの言葉には、「松の種子エキス」に抗ウイルス作用があることを突き止めた自負がにじみ出ていると同時に、抗ウイルス薬剤誕生を願う著者の強いメッセージが込められている。
この著者の切実な願いを汲んで、医学界の人びとが常識の枠に捕らわれず、自由な発想で挑戦を続け、いつか抗ウイルス薬剤誕生のニュースが飛び込んでくるのを待ち望むのは著者ばかりでないことは言うまでもない。
(やぐち・えいすけ)
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