- 2025-6-3
- お知らせ, 論創通信, 矢口英佑のナナメ読み
No.97 小田光雄 著『近代出版史探索外伝Ⅱ』
矢口英佑
本書は論創社のホームページの連載コラム「本を読む」に2016年2月から2024年6月まで掲載した文章と未掲載分10篇、それに他所に発表した3篇、合計113篇が収録されている。
著者の仕事として「近代出版史探索」は大きな柱の一つであり、これまでにこのシリーズは7冊が論創社から刊行されている。いずれも著者のブログ「出版・読書メモランダム」での「古本夜話」に書き続けてきた成果である。
ところが本書には「外伝Ⅱ」とあり、『近代出版史探索』とはやや趣をことにする内容であるらしく、2021年9月に刊行された同系列の『近代出版史探索外伝』での著者の「あとがき」には、
「拙ブログ「出版・メモランダム」において、それぞれ「ゾラからハードボイルドへ」「謎の作者佐藤藤吉郎と『黒流』」「ブルーコミックス論」として2010年4月から2012 年11月にかけて連載したものを一本にまとめたものである(中略)十年以上放置していたことになるけれど、いずれも愛着のある論考なので、映画を見始めた一九六〇年代の洋画や邦画も合わせた三本立て上映を思い浮かべ、この三編を一冊に収録することを考えた次第だ」
と記されていて、最初は「ゾラからハードボイルドへ」という書名を考えていたらしい。
少々本筋からは外れてしまうが、この「あとがき」からは、いかにも著者らしく、視点が融通無碍に時には広く、時には深く、そして時には意外な方へと飛んで記述される特徴が垣間見られる。それは汲みきれないほどの、大きく言えば日本の出版界の事情通としての知識と情報が次々に湧き出てくるらしいこと教えている。ここでも今から60年以上も前の「三本立て映画」など知らない日本人が多いに違いないのだが、かつてそうした映画文化があったことを「思い浮かべ」てしまい、「三編を一冊に収録する」などという表現がつい出てしまったのだろう。
ここでもう少し著者の言葉を追うなら
「当初はタイトルを『ゾラからハードボイルドへ』を想定し、それを論創社の森下紀夫氏に話したところ、思いがけずに『近代出版史探索外伝』としての刊行を提案された。確かに『近代出版史探索』は全十巻を予定し、今年中に第Ⅵ巻が刊行予定となっているし、この外伝はその間奏曲のような趣もあり、まさにふさわしいタイトルのように思われた」
と出版社側からの新たな書名提案を〝良し〟としていたことがわかる。
このような書名についての経緯というか、流れを見るなら本書が『近代出版史探索外伝Ⅱ』とあり、上述したように趣を異にする内容であるのは間違いなく、著者の言い方に倣えば「間奏曲的趣」なるものとして見ていいのだろう。
しかし本書には「外伝Ⅱ」となったことについての著者の言葉はない。いや正確に言えば
「あとがきにかえて」が巻末に置かれているが、執筆者は「小田光雄」ではない。小田啓子氏である。そこには以下のようにある。
「小田光雄の著書ではめずらしく、「本を読む」のタイトルどおり、少年期の農村の駄菓子屋兼貸本屋、町の商店街の貸本屋や書店、隣市の古本屋、そして中高生時代の学校図書室での読書体験などがふんだんに織りこまれています」
小田啓子氏の指摘はその通りで、「私についての語り」が展開されている。ただし、言うまでもないが、それだけではない。これまでの「近代出版史探索」で見られたように書籍の内容世界だけでなく、その書籍と出版社、著者と出版社、著者とその他の書き手、出版社と他の書き手とその作物といったように縦横につながり、まるで玉手箱のように、次々と新しい事実関係が明らかにされている。
再び小田啓子氏の言葉に戻ると、
「二〇二四年二月に体調を崩し、三月に入院した時にはすでにステージⅣの食道がんで、三カ月にも満たない闘病の末に力尽きてしまいました」
ちょうど一年前の二〇二四年六月八日、小田光雄は黄泉の国へ旅立ってしまっていたのだ。残念なことに『近代出版史探索』は全十巻までの刊行をもくろんでいたらしい当人の願いは叶えられなくなってしまった。
自分の見解や知見を誰に対しても物静かに、しかし確信的に飄々と語り、聴く者を飽きさせなかった姿が彷彿として浮かんでくる。だが、もはや彼と親しく言葉を交わすことはできない。
一一三篇が収められた本書は個人的にも長くつき合いのあった論創社社長・森下紀夫氏と論創社からの花向け、そして追悼の書といえるもので、編集過程では無論、小田光雄の手を経ていない(小田啓子氏の手は経ているであろうが)。その意味で本書に見える外伝Ⅱとは、私なりの解釈では「外」の手を経て「伝えられる」著書となっているのである。
「「売れない物書き」になるのが夢だった小田光雄ですが、鹿島茂氏の選考により、思いがけず、『古本屋散策』で第29回Bunkamuraドウマゴ文学賞を受賞しました。長きにわたって書き続けてきたご褒美だと喜んでいました」と「あとがきにかえて」で触れられている鹿島茂氏の追悼文「追悼=小田光雄 偉大な仕事の評価はまさにこれから」が本書に再収録(2024年8月16日『週刊読書人』より転載)されていることを最後になったが記しておく。
(やぐち・えいすけ)
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