- 2019-12-1
- お知らせ, 論創通信, 矢口英佑のナナメ読み
No.18
『私たちがたがいを何も知らなかった時』
『アランフエスの麗しき日々』
矢口英佑〈2019.12.1〉
10月 10日、2019年ノーベル文学賞の受賞者が発表された。昨年はスウェーデン・アカデミー関係者のセクハラ行為をめぐるスキャンダルで見送られたため、今年は昨年分と合わせて二人の受賞となった。昨年分はポーランド出身の女性作家オルガ・トカルチュク(57)が、今年分はオーストリア出身で現在、フランスに住むドイツ語圏作家のペーター・ハントケ(76)が選ばれた。
日本ではあまり馴染みのない二人だが、ハントケに関して言えば、彼の作品はすでに10冊ほど邦訳、出版されている。その意味では、日本でも一部ではそれなりに注目されていた作家だったと言える。彼は24歳の時に小説「雀蜂」を発表してからは、戯曲、詩などでも幅広く活動を続けてきていた。
ハントケは小説家として知られているようだが、戯曲も多く手がけ、いくつかの文学賞受賞のほか、2014年には舞台芸術分野で世界的に権威のあるイプセン賞が与えられている。したがって今回のノーベル文学賞受賞に彼の地の人たちには意外性はなかったと思われる。ただし一部からは猛烈な反発も起きた。1990年代の旧ユーゴスラビア紛争でNATO(北大西洋条約機構)のセルビアへの空爆を批判し、故ミロシェビッチ旧ユーゴ元大統領を擁護し、元大統領から弾圧されたアルバニア人が多い国から今回の受賞に強い批判が出たからである。
このようにノーベル文学賞受賞に賛否渦巻くというのも珍しい現象だが、ハントケという作家がそれだけ〝発信力と行動力に富んでいる〟ことを証明しているとも言える。ただし創作ということで言えば、政治的信条や主義、主張をストレートに作品に表出させる作家もいれば、それらを奥に潜ませたまま描写、表現にこだわる作家もいる。その意味では、ハントケは後者であり、その優れた文学的営為を重ねてきた〝作家・ハントケ〟にノーベル文学賞が与えられたことは政治的意味で反対があったにせよ、スウェーデンアカデミーの決定を歓迎したい。
このようなハントケの作品を論創社は13年前の2006年に『私たちがたがいをなにも知らなかった時』を、5年前の2014年に『アランフエスの麗しき日々』を翻訳、出版している。いずれも戯曲作品で、特に『アランフエスの麗しき日々』はヴィム・ヴェンダースの監督で映画化(2017年)もされ、日本でも劇場映画として公開されている。
正直に言えば、私はこれまでペーター・ハントケという作家も知らず、その作品を読んだこともなかった。さらに正直に言えば、論創社が2冊の戯曲を翻訳刊行していたことも知らなかった。そのまったくの門外漢が論創社からの2作品を取り上げるのだから、せいぜい感想文の域を超えられそうもないことを断っておきたい。
それにしてもハントケという作家は〝不特定多数の読者〟の存在にはまったく無頓着のようである。言い方を換えれば、他者にみずからの意を伝える役割を果たすはずの言葉の不確実、不透明さを知ってしまっているとも言える。それゆえ、みずからの思いをみずからの手法でさまざまに紡ぎ出すしかないのかもしれない。それだけにこの2作品には難解さがつきまとってくる。ただし、何を言っているのかわからないというのではない。『私たちがたがいをなにも知らなかった時』では、冒頭で「舞台はまばゆい光のさすひろびろとした野外の広場」という舞台の説明があったのち、
「はじまりにまずひとり、すばやく舞台を走り抜ける。
次に反対方向からまたひとり、おなじく足早に駆け抜ける。
つづいて両方向からひとりずつ斜めに駆けてきてすれ違い、すぐあとをおなじ間隔でさらに各々ひとりが追いかけてきてすれ違う」
と続く。どこにも難しい言葉はないし、読み手の多くは、次にこの劇の主人公や脇役たちが登場すると思うにちがいない。しかしそれはみごとに裏切られる。
その後も次々に現われる人物やその時の状況は説明されるが、それらの人物は一言も言葉を発しないし、舞台に長く留まることもせず、登場するや消え、また異なる人物が登場し、そして消えていく。これだけの描写が延々と最後まで続くのである。さらに困惑させられるのは小説の世界や音楽の世界の人物だけでなく、聖書の世界の人物までが登場し、消えていくのである。
まさに〝私たちがたがいをなにも知らなかった〟ことが永遠に続くと訴えたいように、ハントケは読者(観客)に示し続けていく。
一方、『アランフエスの麗しき日々』では、若くはない、この世の酸いも甘いも経験してきたような男と女の会話が静かにひたすら続く。身体的な動きはほとんどない。せいぜいテーブルに置かれたリンゴを手で触り転がす程度で、あとは延々と男と女の会話が続くのである。この二人がいる「場」は冒頭で次のように読者には伝えられる。
「そしてふたたびの夏。そしてふたたびの麗しい夏の一日。そしてふたたび一人の女と一人の男が、戸外のテーブルを挟んで、空のもとに、座っている。庭。テラス。樹々の音は聞こえるが、見えてはいない。夏の優しい風のなかで、樹々は存在を主張するというよりは予感される。そしてときおり吹くこの夏の風が、舞台風景にリズムを与えている」
この一人の女と一人の男がどのような関係なのか、いっさい明かされない。濃密な関係なのか、そうでないのか。それは継続中なのか、そうでないのか。しかし「ふたたび」が繰り返されるように、そこに座る男と女には一定期間の時と場の共有があったのは確かなようである。
それにしてもこの男と女の会話は会話と言えるのだろうか。「問い」に対する「返事」ということで言えば、その返事は微妙にズレたり、まったく噛み合わなかったりする。二人は言葉を交わし続けていながら、それぞれがばらばらに自分の語りを重ねているかのようで、まるで一人語りといってもいいほどである。
この二つの作品は、いずれも何を言っているのかはよく理解できる。しかし、作品として何が言いたいのかとなると、一筋縄ではいかない。通底しているのは、他者との関係性が曖昧であったり、希薄であったり、かみ合わなかったりすることだろう。どのような濃密な関係を結んだとしても、依然として対象者との間には埋めようのない疎外感、孤独感が横たわっているのである。
他者という人間の集まりは互いに理解し合うことを拒み続けるかのように、掴みきれない現実となって私たちの前に現われる。そこにはもはや言葉は不能となり、『私たちがたがいをなにも知らなかった時』では、現れては消え、消えては現れる無数の無言の人間形象として描かれていく。『アランフエスの麗しき日々』にしても、会話の核心となるはずの女の性体験が曖昧、不確実、不透明な過去として語られていくのもそのためではないだろうか。
しかし、その一方でハントケが描写する自然界の現象は細やかで、『私たちがたがいをなにも知らなかった時』の「まばゆい光」「ひろびろとした広場」はキーワードのように繰り返される。そして鳥や虫やみつばち、風や波や魚などの姿やさまざまな音への敏感な反応は、それらにこそ確たる存在を実感しているかのようで、輝きさえ増している。
『アランフエスの麗しき日々』には女がみずからの男との交わりを語る場面で、次のような長い描写の中に「音」が現われる。
「実際はこう。場所のおかげ、小屋のおかげ、その男と私のおかげで、私の耳は、それまでどこでもなかったほど、かつてなかったほど、開かれた。私の耳が耳になった。そして聞こえてくるものは、みんな合わさって、一つのアンサンブルになった。そこの音、あちらの物音、ひとつまたひとつ、あるいは隣り合い、あるいは一緒に、次第に大きく広がって行く全体の楽器になった。あそこで乾いた葉がかさこそいう音が、緑の葉群れのざわめきに混じっている―あっちの空の方でカモメの叫び声がする。その声は、一時間前だったらホラー映画の悲鳴のように聞こえたかもしれないけれど、いまはもうそうではなかった。―むこうの方では、あの音が、ほとんど繊細な、ほとんど音そのものの音、蝉の鳴き声が。―そしてあっちの裏手では、塩の山の頂上に、雷のようなとどろきが。(後略)」
身体的な描写はいっさい現われない。象徴性に富んでいると言えばそれまでだが、まるで音だけが実体のある物とでもいうように綴られていくのである。しかし、その実感として捉えているはずの音ほど、瞬く間に消えていく、形のないものはないのだ。
そしてこのあと男に「それから」を繰り返し聞かれた女は、
「あなたがどうしても知りたいというのであれば―わたしたちはずっと一緒だった。「わたしたち」というものが無くなってしまうまで。—-一人の男も、そのシルエットもなくなってしまうまで。あとに残ったのはただ、他人。」
という言葉が残されるのである。
ハントケには人間が関わるあらゆる形あるものへの懐疑があるように思える。あるいは人間の存在そのものへの懐疑と言っていいかもしれない。しかしまた、それをきっぱり否定することもできず、なお抗い続け、真に実体あるものを求め続けるがゆえに、そこにこそハントケの文学世界が築かれているのかもしれない。
(やぐち・えいすけ)
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〈次回 2019.12月15日予定〉
『私たちがたがいを何も知らなかった時』
ペーター・ハントケ 著/鈴木仁子 訳
A5変形並製78頁 定価:本体1,200円+税
『アランフエスの麗しき日々』
ペーター・ハントケ 著/阿部卓也 訳
四六上製140頁 定価:本体1,400円+税