『日蓮誕生——いま甦る実像と闘争』No.032

Ⅳ 日蓮仏法論

 

〈南無妙法蓮華経とは〉


唱題で、法華経の再興を目指す

燎原の火のように、またたく間に広がっていく称名念仏の勢いに対して、かつて浄土宗を批判していた仏教界は、こぞって念仏との共存を選択し、極楽往生を願う人々の要求に応えていきました。念仏は、もともと仏教界では一般的な修行でしたから、専修でさえなければ、抵抗はなかったのです。

 

称名念仏の圧倒的な流行の中で、つい先日まで諸経の王と崇められてきた法華経信仰から、人々の関心は離れていきます。それは、幕府を担う為政者も同様でした。かつては源頼朝でさえ大事にしていた法華経に代わり、念仏が重用されたのは時代の流れであり、仕方のないことでした。そして、この状況を変えようとしたのが、日蓮だったのです。

 

日蓮は、天変や飢饉による世の不幸は、為政者が法華経に代わって念仏を信仰していることが原因だ、と考えました。日蓮は、中国の智顗(天台大師、五三八-九七)、日本の最澄(伝教大師、七六七-八二二)の流れをくむ正統派の僧として、法華経信仰の再興を目指したのです。日蓮の目には、念仏の広まりが、法華経信仰を否定する邪教からの挑戦と映っていました。

 

では、念仏信仰の広がりを抑えて、再び幕府の為政者に法華経を信仰させるには、どうしたらいいか。念仏が南無阿弥陀仏と唱える称名念仏という方法によって、広範な信仰を獲得している以上、それに対抗する口唱の方法を法華経信仰が確立し、広めなければならないと日蓮は考えました。今では日蓮の代名詞となっている南無妙法蓮華経の唱題(妙法蓮華経という法華経の題目・タイトルを唱えること)は、こうして誕生します。

 

天台大師は、法華経のタイトルである妙法蓮華経の五文字に、法華経と諸経の一切が収まり、集約されていると論じ、この解釈は仏教界で広く受け入れられていました。日蓮は、この解釈を踏まえ、法華経への信仰をタイトルである五文字の帰命に集約したのです。

 

唱題の確立によって、当時の東国に、武家から下層の庶民に至るまで信仰できる仏教として、再び法華経が立ち現れました。日蓮は、南無妙法蓮華経の唱題を流布することによって、真正面から称名念仏の流布と対峙し、念仏信仰の波及を押し返そうとしたのです。日蓮が当初、強く意識したのは、称名念仏との勝負であり、それを広める念仏僧との闘争だったといえるでしょう。

 

江間浩人

 

—次回6月1日公開—

 

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