- 2019-6-26
- お知らせ, 論創通信, 矢口英佑のナナメ読み
No.13『推理SFドラマの六〇年』
矢口英佑〈2019.6.26〉
決めた領域の知識を求めて書店に足を運ぶ読者を除けば、ある本をなんとなく手に取って、パラパラと目次や内容に目を通すことになるか、スルーしてしまうかを決定づける要因に書名は大きく関わる。
それだけに著者も、編集者も書名の決定までにはそれなりの時間をかけることになる。やや大げさに言えば、読者との最初の〝勝負〟となるからである。
そう考えると、本書の著者や編集者がどこまで計算していたのかわからないが、巧みに読者の興味をかき立てる仕掛けを表紙カバー、帯などの装幀に仕組んでいたのではないかと思ってしまう。
書店で新刊本が発売時に平積みになるようなことはそう多くない。本書も書棚にそっと1冊収められていて、あなたの目が本書の背表紙「推理SFドラマの六〇年」に留まれば、編集者の第1の仕掛けは〝うまくいった〟というところかもしれない。
なぜなら、あなたは書棚から本書を取り出し、表紙カバーの文字にも目を向けるに違いないからである。そのカバーには「ラジオ・テレビディレクターの現場から 推理SFドラマの六〇年」となっている。背表紙とは異なる「ラジオ・テレビディレクターの現場から」がさらにつけ加えられているのである。
ここで初めて本書が放送関係者、しかも「ディレクター」とあるので、映画で言えば「監督」に当たる人の現場経験談、回顧談らしい、という新たな情報があなたには伝えられる。
次いで、著者の「川野京輔」とは、いかにも筆名くさいこの人物は誰なのか、という当然の疑問が起きるはずである。それを見越したかのように、カバーの帯の表側には「電波に乗ったミステリとSFの歴史を書けるのは、NHKの名演出家で小説デビューはぼくの先輩、川野さんしかいないのだ」とアニメの脚本や推理小説を書いている作家の辻真先の言葉が置かれているではないか。
そして、これは本書の編集担当者が書いたのだろうが「島田一男、星新一、松本清張、山村正夫たち著名作家たちとの交流。大ヒットドラマ「事件記者」の裏話。知られざるドラマ史の系譜を繙いた推理&SFドラマ年代記(クロニクル)」とくれば、著者の「川野京輔」氏はNHKのラジオ・テレビディレクターで、しかも、島田一男や星新一などともつき合いのある作家でもあるのだということがわかってくる。そのうえ本業でも、今や伝説にもなっている人気番組だった「事件記者」の制作者だったということから、辻真先の「名演出家」もあながち過大宣伝文句ではないかもしれないと、あなたに思わせることができれば、第2の仕掛けも〝うまくいった〟ことになるはずである。
穏当を欠いた表現になるかもしれないが、ここまで「のぞき趣味」的興味の持続があれば、次はカバーの裏側へと目が転じられるはずである。
放送が開始されてから六〇年、わたしがNHKに入局したのが昭和二九年だから、三〇年余り、半分ばかりの年数、放送に携わっているに過ぎない。推理小説(その頃の探偵小説)の古いファンであると同時に、昭和二八年に探偵雑誌『宝石』の「新人二十五人集」に載って、何やら推理小説めいたものを書きはじめ、探偵作家クラブ(日本推理作家協会)に入会し、NHKに入ってからは、ひたすら推理SFドラマを企画・演出してきたわたしとしては、今迄恐らく誰も手がけなかったであろう推理SFドラマの推移・歴史をまとめてみるのが義務のように思えてきた
本書の「あとがき」から抜粋された著者の言葉が記されている。
本書がどのような内容であるのか、これでもう、あなたにはほぼ掴めたのではないだろうか。そして、おそらくさらに興味を持続させているあなたは、巻末の著者紹介を見るために、あるいは目次をみるために、ようやく本書を開くことになるのである。
第3の仕掛けに乗ったあなたは、著者略歴から「川野京輔」がやはり筆名であることを、著者が定年まで2足のわらじを履き続けたことを知るはずである。目次に目を通せば、著者が長年、推理、SFドラマの企画・演出に携わっていたからこそ書けた内容になっていることがわかるだろう。なぜなら「わたしだけが知っている」事柄が盛りだくさんだからである。
本書は著者の放送現場からの生の声であるとともに、「わたし語り」による、まさに「知られざるドラマ史の系譜を繙いた推理&SFドラマ年代記(クロニクル)」と言っていいだろう。
ドラマが放送された日時、主だった出演者名、演出者の明記は資料的にも大きな価値があり、時にはその時代背景、ドラマの評価、さらには視聴者からの反響などは60年間の日本という国の歩み、世相を知る歴史の証人にもなっている。
著者が推理小説、SF小説の作家でもある面目躍如と言っていいのが、本書の「はじめに——大変だ!! 巨大くらげ出現」だろう。「はじめに」は、次のように書き出される。
昭和三三年(一九五八)の六月、わたしは広島から松江の放送局に転勤を命じられ、広島駅の端っこのホームから古い蒸気機関車に引っぱられた〝快速ちどり〟で、新婚早々の妻と共に出発、はじめて中国山脈を越えた
「わたし語り」の年代記という装いを施した本書からすれば、極めてオーソドックスな書き出しとなっている。次いで、
芸備線、木次線と、快速とは名ばかりの列車は息もたえだえに、斐伊川にそって走った。そして出雲神話の須佐之男命ゆかりの鳥上山(船通山)を横に見て、列車は下り切った
乗っている列車の様子が描かれ、読者に臨場感を持たせ、さらに広大な出雲平野と、海と見まごうばかりの宍道湖、そして周囲の農家の佇まいなどが描写され、
今にも降り出しそうな雨雲のせいで視野は悪い。風も強いのだろう。濁った波が高く舞い上がって岸辺の岩に噛みついている。鏡のような湖面を想像していたわたしは意外だった。わたしはじっと、窓ごしに、この不気味ともいえる宍道湖のたたずまいを眺めていた
と続くと、転勤を命じられた者が初めて訪れる土地の描写と自分の思いが「はじめに」に綴られても不思議ではないのだが、こうも詳しく、宍道湖の不気味さが、いかにも小説風に描写されると、「オヤッ」と思ってしまう。だが私などは、まだ「はじめに」の文字だけに目が奪われていて、そのあとに続く「大変だ!!巨大くらげ出現」にまで読み手としての心構えができていなかったのである。やがて科学解説の番組でアナウンサーと地元の大学助教授とが傘が3メートルの巨大くらげについて放送している最中に、宍道湖半で夜釣りをしていた人が巨大なくらげに襲われて行方不明になったことが知らされ、現場からは「水中は青白く光って不気味だそうです」との報告が入るのである。
このあたりで、わたしもさすがに著者がSF作家であることにあらためて気がつかされたというわけである。その意味で、私は著者にみごとにしてやられたということになる。
「はじめに」で展開される巨大くらげの顛末は小説風にさらに続く。この放送を聞いた人びとの反響についても触れられているが、SFドラマ「巨大くらげ出現」については、本書の第三章「わが心のミステリードラマ」に詳しく触れられている。
何気なく本書を手にされたあなただったとしても、もはや本書の世界に飛び込まないわけにいかなくなっているのではないだろうか。そして、きっと第三章から読み始めるに違いない。
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〈次回『幻の探偵作家を求めて 完全版 上』2019.7月上旬予定〉
『推理SFドラマの六〇年』 四六判上製232頁 定価:本体2,200円+税