『コロナの倫理学』 ②感染対策と経済の両立
森田浩之
どこで感染するのか?
日々の感染状況を見ていると、おおよそのパターンが描ける。刻々と変化していくから暫定的なものだが、1日の感染者数が発表されると、その半数は経路が追えるが、半数は経路不明となる。感染経路が追える濃厚接触者では、大雑把に家庭内が一番多く、次が施設、そして職場、さらに会食と続く。
いずれにせよ、マスクを外して至近距離で会話した時に感染は起こる。だから以上の4つはマスクを外して会話しやすい場所ということになる。家庭内が一番多いのは、食卓で家族がマスクを着用するということがあり得ないからである。施設では、たとえば高齢者施設なら、入浴など、どうしても接触しなければならない状況があり、世話をする側がマスクをしていても、世話を受ける側がマスクをしていないために、感染させてしまうことがある。
犯人探しをするわけではないので、その点はご留意いただきたいが、高齢者施設では、世話を受ける側(高齢者)が外からウイルスを持ち込むことは考えにくいので、世話をする側(介護士さんなど)が持ち込んでしまう。世話をする側は常時マスクをしていても、マスクが完璧に飛沫を防ぐわけではない。入浴時など至近距離で密着しなければならない時間が長ければ長いほど、マスクの隙間から漏れたウイルス入りの飛沫が高齢者の口と鼻に届いてしまう。
職場で起こり得るのは、昼食時にマスクを外して会話をしてしまう場面である。私はフリーランスだからあまり経験はないが、それでも会議室でプレゼンするために、クライアントのオフィスを訪れることがある。会社の会議室の備えは完璧である。参加者どうしは1メートル以上離れて座るが、もちろん話をするのは私ひとりだから、参加者は沈黙にもかかわらず1メートルの距離をとって静かに座っている。もちろんマスクは着用している。横長の机ならば、ひとり分ごとに透明のパーテーションで区切られている。私は参加者から2メートル以上離れたうえで、パーテーションに向かって話をする。これではウイルス保持者が参加していても、絶対に感染しない。
しかし私はその現場を見ていないので想像だが、昼食時になると、いきなり緊張感がなくなるのだろう。マスクを外して弁当を食べながら、おしゃべりをする。もし運が悪く、そのなかにウイルス保持者がいれば、感染が広がってしまう。
これも犯人捜しではないので、その点ご配慮いただきたいが、スポーツ選手でもウイルスに感染してしまうが、そのひとつのパターンがロッカールームでのマスクなしの会話である。職場での昼食にしても、練習や試合後のロッカールームにしても、どこかで気が緩むのだろう。マスクなしのまま至近距離で、それなりの時間、話をしてしまう。
濃厚接触
「3密」という言い方がある。「密閉」「密着」「密接」のことで、締め切った室内はダメ、至近距離はダメ、至近距離で長時間話すのはダメということである。締め切った部屋ではウイルス入りの飛沫が空中に漂って留まりやすく、他人の口や鼻に入りやすいからである。そして人との距離が近いと、ウイルス入りの飛沫が相手に届きやすい。このふたつに関しては「密閉」「密着」は言い得て妙だろう。この点、長時間、至近距離で話すことは密接な関係だから「密接」というのは理解できるけれど、少し無理がありそう。とはいえ、すべてに「密」という言葉をつけることで覚えやすくしたことは、素晴らしい発想である。
ただし、意地悪な言い方をすれば、要するに「密接」は密着して(つまり至近距離で)長時間話すことだから、結局は「2密」すなわち「密閉」と「密接」だけで充分かもしれない。対策としては、室内にいるなら、2方面の窓か戸を開けて、人との距離を取って、マスクをつけて話をするということである。
「密閉」はすでに述べたように、ウイルスを含んだ飛沫は軽いのでしばらくは空中を漂うが、部屋が密閉状態だと、そこに留まる時間が長くなり、近くの人の口と鼻に入りやすくなってしまう。前回、ウイルスは遺伝子をタンパク質が包んでいる構造をしていると述べたが、水分も含んでいる。だから部屋のなかの湿度が高ければ、ウイルスはさらに湿気を含むので、重くなる。重ければ、空中に漂う時間が短くなり、床に速く落ちるので、室内の湿度は高めにしておいたほうがいい。
とはいえ、この話を文字どおりに受け取ると、窓を開けるのがいいのか、加湿器をかけるほうがいいのか、迷ってしまう。湿度が高く、風がないほうが、飛沫が速く下に落ちるからである。これについて明確なインストラクションを見たことはないが、やはり両方するのがいいだろう。湿度を高くして落ちるスピードを速くしつつ、漂わないように窓を開放しておく。厳密に言えば、ふたつの方法は相反するが、安全策として両方を同時に行うのがよい気がする。
私は勝手に「密着」と「密接」を一緒にして「密接」としたが、これは長時間、至近距離で話をすることである。マスクを着用していても、先ほどの高齢者施設のように、マスクの隙間から飛沫がもれ出すので、マスクをしていても距離は取ったほうがいい。では「長時間」「至近距離」とは具体的にどれくらいか。これを「濃厚接触」と言う。
「濃厚接触者」の定義は当初とは少し変わったが、いまはある人がウイルスに感染したとして、その人と「マスクなし」で、距離が「1メートル以内」で、「15分以上」会話した人のことを指す。ある人の感染が認定されたら(PCR検査で陽性判定が出たら)、保健所は感染者にインタビューし、過去2週間の行動履歴を聞き取る。そのなかにマスクをせずに1メートル以内で15分以上話をした人がいたら、保健所はその人に連絡を取って、PCR検査を受けてもらう。
しかし飛沫の拡散の仕方に関する研究によれば、飛沫は2メートル飛ぶので、定義上「1メートル以内」を「濃厚接触」としているが、日常的には2メートル以上離れることが求められる。
要するに、家庭でも、施設でも、職場でも、会食でも、マスクを着用しないで1メートル以内で15分以上会話をした人たちで感染が拡大しているということである。だれがウイルスをもっているかは、本人を含めてだれにもわからないので、用心に越したことはない。話をしたければ、マスクをして2メートル以上、離れよう。前回のくり返しだが、だれがウイルスを持っているか、本人を含めてだれにもわからないのは、感染してから発症まで(ウイルスをもらってから5日から6日)のあいだでも、ほかの人にウイルスをうつしてしまうからである。その間、本人は無症状だから、ウイルス保持者は意図せず、無意識のうちに、ウイルスをまき散らしている。
感染のパターン
私はこの1年、コロナ関連のニュースをなめるように追ってきたが、最も注目してきたのがどのような状況で感染が起こるのかということと、クラスターがどのように発生するのかということである。クラスターとは感染者の集団のことで、ひとつの場面で5人以上の感染者が出たら、「クラスター発生」と言われる。なぜクラスターが大事なのかと言うと、一度にこれほど大量に感染者が出ると、今度はその人たちが自分たちの居場所(家庭・職場)に戻って、さらにウイルスを拡散させかねないからである。倍々ゲームがさらに倍々倍々ゲームになってしまう。これほど一気に拡大してしまうと、もう追跡できなくなり、「爆発的感染拡大」と描写される状況になってしまう。
クラスターまで規模は大きくなくても、会食などでの感染パターンはこの1年でよく研究されて、ネット上で知ることができる。やはり公式に頼るに越したことはないので、国立感染症研究所の分析を紹介すると1)、1メートルくらいの対面の距離で発症者以外の2名が感染するとか、カウンターで近くに座った客とお店の人が感染したとか、同じテーブルに座った人のなかでスプーンを共有して感染したという事例が挙げられている。
先ほどの「密閉」とも関連するが、私が「3密」を極度に怖れるようになったのは、密閉空間でエアコンの風がウイルスを運ぶというニュースを読んだ時である。少し長いが、まさに私がそれを最初に知ったニュース(NHK NEWS WEB 2020年6月5日)をそのまま引用しよう2)。
「CDC[アメリカの疾病対策センター]の報告書によりますと、中国・広州市の保健当局が、1月から2月にかけて新型コロナウイルスの感染が確認された、別々の3つの家族、合わせて10人の感染経路を調べたところ、全員が1月24日に、同じレストランで昼食をとっていたことがわかりました。」
「3つの家族は、エアコンの吹き出し口からみて1列に並べられた3つのテーブルに分かれて座っていました。」「レストランに窓はありませんでした。」「真ん中のテーブルには、当時、中国で最も感染が広がっていた武漢市から前日にやってきた家族が座っていて、このうちの1人はこの日の昼食後に発症しました。」
「報告書では、当時、症状はなかったものの、この1人から出た飛まつが風下に流れて、隣のテーブルの家族に感染し、さらに、強い空気の流れで壁に反射して最も風上のテーブル[エアコンの真下―著者注]の家族にも感染が広がったとみられると結論づけています。」
「エアコンのある壁から向かいの壁までの距離は6メートルで、エアコンからはウイルスの遺伝子は検出されず、同じフロアにいた、ほかの73人の客から発症者は出なかったということです。」「報告書は、ウイルスの拡散を防ぐため、飲食店ではテーブルの間隔をあけ、換気を十分に行うよう勧告しています。」
私はこのニュースを読んだ時、いろいろと考えさせられたが、まずエアコンがウイルス入りの飛沫を運んでしまうことに衝撃を受けた。そして知り合いどうし、つまりグループ内での感染だけでなく、他人のグループにもウイルスを伝播させてしまうことに驚愕した。さらに、別の観点だが、中国の事例をアメリカの政府機関が研究したという国際的取り組みに感激した。中国はWHO(国際保健機関)の調査に非協力的だと言われているが、まったくの鎖国ではないことに安堵している。
事例ついでに、同じくらい衝撃を受けた話を紹介したい。これはマスコミでも大きく取り上げられたことなので、ご存じの方も多いと思うが、バスツアーでの感染である。これは2020年10月の北海道周遊バスツアーで、国立感染症研究所が詳しい調査結果を公表している3)。
この事例がマスコミで話題になったのはGo Toトラベルだったことと、感染者どうしの接触がそんなにはなかったからである。国立感染症研究所が述べるように、バス以外の宿泊施設や休憩所での接触は少なかったとのことである。ということは、知らないどこかで感染したか、みんながマスクをしていたはずのバスのなかで感染が広がったということになる。もしバス内だとしたら、気をつけていても、比較的密になりやすい場面は危ないということで、コロナ禍の観光振興のむずかしさを示した。
飛沫の飛び方
マスクなし会食が危ないのは間違いないが、マスクなし会食に参加した人全員が感染するわけではない。さまざまな事例から明らかになったパターンは、やはり1メートル以内は危険、スプーンの共有は禁止、そして意外に共有されていないのが、対面よりも横並びのほうが危険だということである。朝日新聞(2020年10月13日)は「理化学研究所などのチームは[2020年10月]13日、新型コロナウイルス対策で、飲食店の会話時のしぶき(飛沫(ひまつ))の広がり方をスーパーコンピューター『富岳』を使って計算した結果を発表した。隣に座る人と話す場合、正面の人に話すのに比べ、5倍の数の飛沫を浴びせることになると推定された」と伝える4)。
一方で、会食での感染が報告された事例で、短時間かつ対角に座った人は感染しなかったという報告もあり、同じテーブルを共有していても、距離を取れば安全であることがわかる。朝日新聞と同じニュースを読売新聞(2020年10月14日)は「新型コロナウイルスの感染対策を研究する理化学研究所や神戸大などのチームは[2020年10月]13日、計算速度世界一を誇るスーパーコンピューター『富岳』を使い、飲食店での会話による唾液の飛沫の拡散状況などを予測した結果を公表した。4人がけのテーブルでは、斜め前に座った人にかかる飛沫が最も少なかった」と伝える5)。
マスコミ情報はとても大事だし、私も新しいことを最初に知るにはマスコミに頼らざるを得ない。しかしマスコミが情報源を示してくれたら、私はそれ自体を読まないと・見ないと気が済まない。国立感染症研究所のサイトはよく利用させてもらっているし、ほかにいろいろな学会が研究成果を発表しているし、政府とくに内閣府と厚生労働省のホームページは頻繁に訪れている。
ということで「富岳」と聞いたら、直接その研究成果を教えてもらいたくなる。そして幸運なことに、記者発表の模様がそのままYouTubeで視聴できる。「スーパーコンピュータ『富岳』記者勉強会 室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(1)」6)と「スーパーコンピュータ『富岳』記者勉強会 室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(2)」7)である(文章で簡潔に知りたい方は、理研の公式ホームページへ8])。
富岳はさまざまなパターンを示しているが、湿度30%と90%での飛沫の飛び方の違いでは、明らかに湿度の低いほうが飛沫は遠くに散らばっていく。くしゃみや咳も正面に向かって進み、対角の人にはあまりかからない。パーテーションの高さについてもシミュレーションしており、適切な高さのガイドライン策定に役立っている。
私の対応
以上のような報道や研究成果を熟読してきたのは、前回述べたように、私が行きつけの店で安全に食事できるようにするためである。そこは店内が狭く、飲食店のガイドラインを完全に守ることはできない9)。とくに同じグループ内の感染ではなく、他人どうし、つまりグループを超えた、グループどうしの感染を防ぐために、テーブルとテーブルのあいだを1メートルは開けるという項目である。
お客さんが来れば入れたいのは人情で、気がついたらテーブルとテーブルの間隔が30~40センチに縮まっている。この状態で、隣りの席に2人組が入ってきたとしよう。そして2人とも座った途端にマスクを外して会話を始める。私の真隣りの人は前を向いて話しているので、私のほうに飛沫が来ることはない。問題は対角の人の飛沫が私の口と鼻に入ってくるかどうかである。
見てきたように、同じテーブルでも対角の人に飛沫はあまり飛ばず、事例集でも正面の人への感染は認められても、対角の人は感染しなかったというのが多い。だから普通に考えれば、私は大丈夫だと思う。しかし上記のアメリカCDC(疾病対策センター)が解析した中国・広州の話のように、エアコンの空気が飛沫を運ぶこともある。この場合は2メートル以上でも感染は広がった。
感染症の専門家なら、問答無用に「2方面の窓を開放して、テーブルの間隔は1メートル以上取りなさい。そうすれば、対角の人どうしの距離は2メートル以上になるから」と言うだろう。しかし私はお店にそんなことは言えない。できることは、もう行かないことだが、それもできない。ということは、自分で工夫して、自分の身を守るしかない。
私の対策は、まず窓側に座ること。そうすれば外からの風で、隣りの席に座った人の飛沫は私とは反対方向に行く。さらに(身勝手で申し訳ないと思うが)一番乗りで窓側の席につくと、お店の人が見ていないうちに、隣りのテーブルを反対側に少し押しておく。すると対角との距離はさらに伸びるので、風の流れと合わせて、私は相手の飛沫の届かないところに居られる。
「ここまでしなければならないのかなぁ」と自分でも思うが、感染拡大防止と経済活動を両立させるためには、医療現場のことを第一と思いつつ、飲食店を積極的に利用しなければならない。私個人において両立がむずかしいのだから、社会全体で見ても、医療従事者の負担を軽減することと、飲食店を助けることは、なかなか両立しづらいようである。
1)https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9910-covid19-25.html
2)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200605/k10012458661000.html
4)https://www.asahi.com/articles/ASNBF6FD3NBFPLBJ002.html
5)https://www.yomiuri.co.jp/science/20201013-OYT1T50192/
6)https://www.youtube.com/watch?v=Z6EbAO3nLy8
7)https://www.youtube.com/watch?v=MY_LMJzGZ6k
8)https://www.r-ccs.riken.jp/highlights/pickup2/
9)http://www.jfnet.or.jp/contents/_files/safety/FSguideline_201130kai.pdf
森田浩之(モリタ・ヒロユキ)
東日本国際大学客員教授
1966年生まれ。
1991年、慶應義塾大学文学部卒業。
1996年、同法学研究科政治学専攻博士課程単位取得。
1996~1998年、University College London哲学部留学。
著書
『情報社会のコスモロジー』(日本評論社 1994年)
『社会の形而上学』(日本評論社 1998年)
『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社 1999年)
『ロールズ正義論入門』(論創社 2019年)