本を読む #086〈朝日ソノラマ「サンコミックス」と橋本一郎『鉄腕アトムの歌が聞こえる』〉

(86)朝日ソノラマ「サンコミックス」と橋本一郎『鉄腕アトムの歌が聞こえる』

 

                                          小田光雄

続けて雑誌コードが付されておらず、書籍として流通販売のコミックにふれてきた。その差異は圧倒的に発行部数が少ないことで、1960年代後半から70年代にかけて、それでも最大のシリーズとなったのは朝日ソノラマの「サンコミックス」であった。

 

しかし当時、青林堂の書籍としてのA5判の「現代漫画家自選シリーズ」や「現代漫画の発見シリーズ」は『ガロ』との関係で、少数の書店や古本屋に置かれていたことに比べ、B6判の「サンコミックス」はほとんど見かけず、それが揃った棚を目にしたことはなかった。

 

それゆえに、どれほどの出版点数なのか、どのような作品が刊行されているのか、不明のままだった。その頃のコミックは現在のような全盛下にあったのではなく、出版と流通販売状況も異なり、雑誌、書籍の双方とも、書店では売り切りで補充されず、通常の雑誌販売と変わらない環境に置かれていたといえよう。それが半世紀前のコミック出版の現実であったのだ。

 

ただそうはいっても、「サンコミックス」は1980年代まで刊行され続けていた。それに「まんがの宝庫」とのキャッチフレーズにたがわず、手塚治虫『鉄腕アトム』、赤塚不二夫『おそ松くん』、水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』といった名作群も収録されていた。それらの定番の人気作家だけでなく、永島慎二、池上遼一、真崎守、諸星大二郎、山上たつひこたちの作品もラインナップに加えられ、さらに山岸涼子、水野英子、西谷祥子、里中満智子、大島弓子、岡田史子といった女流たちの作品も並んでいた。つまり「サンコミックス」は定番名作、『ガロ』『COM』系、女性漫画家も含めての多彩な作品群という構成で、まさに戦後のコミックを横断するかたちでの「まんがの宝庫」となっていたのである。

 

そうした「サンコミックス」ならではの特色もあって、そこには60年代前半の少年漫画誌や貸本漫画の記憶が見出された。それは石森章太郎の『幽霊船』においてだった。私は51年生まれだが、小学生時代に少年漫画誌は身近なものではなく、周りにも定期購読している者はいなかったし、私たちは貧しかったし、雑誌や書籍に恵まれていなかった。そのような環境の中で、そろいの少年漫画誌を見たことはなく、どこかでそれらの一冊に出会えれば僥倖といえた。

 

実はその僥倖といえる一冊のタイトルは思い出せないのだが、石森の『幽霊船』が掲載されていた。太平洋沖で出没する黒い幽霊船と謎の船長らしき男を目撃した少年の物語のようだったが、その連載の第一回目を読むことができただけで、その続きを読む機会を得られないままに時が流れてしまった。それはコミックが読み捨てで、ほとんど単行本化もなされていなかったからだ。「サンコミックス」の「石森章太郎名作シリーズ」の一冊として『幽霊船』が刊行されたのは76年なので、ほぼ15年ぶりにようやく再発見したことになる。それは225ページの長編で、私はその最初の16ページまで目を通し、そこまで読んでいたことを思い出したのである。

 

もうひとつの記憶は貸本漫画で、永島慎二のO・ヘンリーを原作とする「最後の一葉」、それにサンドイッチマンのアルバイトをしているが学生を主人公とする作品を読んだことがあった。これらも一冊に収録されていたはずだが、先の少年漫画誌と同様にタイトルを思い出せないので、「サンコミックス」の67年から68年にかけて刊行された永島の『漫画家残酷物語』全3巻を読んでみた。ところがそれらの作品にめぐり会えなかった。

 

私にとって「サンコミックス」に関するエピソードはこれらに尽きるのだが、朝日新聞社の子会社である朝日ソノラマから、どうしてこのコミックシリーズが刊行されることになったのか、それが長きにわたって気になっていた。同時代に朝日ソノラマから「サンコミックス」と連動するコミック誌は発行されていなかったからだ。

 

その疑問が氷解したのはまさに今世紀を迎えてからで、橋本一郎の『鉄腕アトムの歌が聞こえる』(少年画報社、2015年)が上梓されたことによっている。この橋本が何と「サンコミックス」を創刊企画した編集者だったのだ。彼の証言するところのサブタイトルに示された「手塚治虫とその時代」をたどってみよう。

 

橋本が朝日ソノラマの前身である朝日ソノプレス社に入社したのは1961年だった。同社は59年に朝日新聞別館に設立され、「音の出る総合月刊誌」として、コンサート、インタビュー、映画音楽などの6枚のソノシート付きの『朝日ソノラマ』を創刊してのスタートだった。出版ニュース社編『出版データブック1945~96』を確認してみると、59年の「10大ニュース」の2番目に、「雑誌界の革命的花形、音の出る雑誌創刊」とあった。『朝日ソノラマ』は有斐閣が設立したコダマプレス社の『KODAMA』『AAA』の二つの雑誌に続くものだったようだが、ソノシートは音がよくないこともあり、ブームは2、3年で終わったとされる。

 

橋本はテレビ放映中の『鉄腕アトム』の主題歌がレコード化されていないことに目をつけ、そのソノシート化を企画し、アトム御殿と称された手塚治虫の自宅兼アニメスタジオ「虫プロダクション」を訪ね、その契約を結ぶに至る。作詞は谷川俊太郎、作曲は高井達雄だった。そして彼の思惑どおり、63年発行の「鉄腕アトム」第1集は120万部を超えるミリオンセラーとなった。

 

それが始まりで、橋本は虫プロに通うようになり、60年代のマンガ出版の世界に足を踏み入れていく。続いて『少年サンデー』連載の藤子不二雄の『オバケのQ太郎』のテレビ放映に先駆け、そのテーマソング「オバQ」第1集を発売すると、これも65年に200万部を突破するダブルミリオンを記録する。「鉄腕アトム」「オバQ」の成功に続いて、橋本は円谷プロの「ウルトラQ」のソノシートも刊行し、怪獣博士といわれていた大伴昌司と組んで、66年に単行本『怪獣大図鑑』を刊行する。これもまた「いくら重版しても配本が間に合わないほどの追加注文が殺到」し、「炸裂したような凄まじい売れ行き」を示したのである。後は橋本に語らせよう。

 

そのとどまるところを知らない勢いに乗って、11月には、新書判のサンコミックスのシリーズを創刊しました。アニメや特撮のソノシートのブームは、一過性のものかもしれない、永続的に刊行できる漫画のシリーズを出したい、という思いがあったからです。調べると、いい作品がたくさん眠っているのを知ったことも踏み切る契機となりました。

第1回配本は、石森章太郎『黒い風』と、水木しげる『日本奇人伝』でしたが、毎月2、3点ずつ発売することにしました。私はやりたいことを片っ端から手がけていったのです。

 

ここまできて、ようやく「サンコミックス」創刊事情が明らかにされたことになる。そして『鉄腕アトムの歌が聞こえる』のカラー口絵写真に示された「アニメソングことはじめ」から「画期的な作品、アーカイブ」としての「サンコミックス」までの経緯、及び「当時、出版社の垣根を越え新書判で刊行するのは画期的なことだった」との説明を了承するのである。

 

橋本のその後のコミック誌はまだ続いていくのだが、それは実際に『鉄腕アトムの歌が聞こえる』を読んでほしい。

 

—(第87回、2023年4月15日予定)—

 

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