矢口英佑のナナメ読み #079 『サインはひばり』

No.79 『サインはひばり』

 

                                                           矢口英佑

 

本書は「論創海外ミステリ」シリーズの303冊目である。このシリーズは20年近く刊行され続けているので、1年間に15冊前後刊行してきている計算になる。

 

聞くところによると固定した読者もそれなりにいて、発行部数も安定しているという。本が読まれなくなって、書店が消えていくなかで、想像するのも怖くなるような出版界の衰退ぶりを日本での翻訳を含めたミステリー小説が多少なりとも食い止めていると言えるのかもしれない。

 

それはともかく、「論創海外ミステリ」が英米の作品を主にして翻訳出版されているなかで、本書はフランス人作家による、フランスで出版された作品である。その意味では英米のミステリー作品に慣れた読者には社会のあり方や生活スタイルや生活感覚、人間の関係性などで異なる味の小説世界に浸れるにちがいない。

 

時代は1950年代のパリ、活躍するのは有能な探偵や警察官ではなく、本書のサブタイトル「パリの少年探偵団」とあることからわかるように学校に通う少年たちである。小説の中で主人公の一人が年齢を訊かれて11歳と答えているので、日本で言えば小学校5年生あたりだろうか。

 

本書はフランスのミステリー作家ピエール・ヴェリー(1900~1960)がジュニアの読者のために執筆したということで、訳者の塚原史が「訳者あとがき」に。

 

「原題は「サインはヒバリ」ですが、戦後間もない一九五〇年代のパリの街や学校を  舞台に、十代前半の少年たちが協力して難解な事件を解決するストーリーなので、副題に「パリの少年探偵団」をつけ加えました」

 

と記していて、原題だけでは内容を推測することが難しいだけに適切な判断だったと思われる。

 

ところで「少年探偵団」といえば、日本では江戸川乱歩が生み出した小林芳雄少年を団長とする少年探偵団を思い浮かべ、名探偵・明智小五郎、そして変装の名人・怪人二十面相が登場する少年・少女向けの探偵小説があることを知る人は多いだろう。

 

だが、本書に描かれる少年探偵団は江戸川乱歩のそれとは大きく異なり、小学校高学年(日本とは学制が異なるため正確な表現ではないが)の子どもたちの学校生活が描かれ、彼らの目線による物語の展開となっている。そのため、この小説世界に入り込んだ読み手は、いつの間にか少年たちの発想や行動世界に招じ入れられるはずである。かつてどこかで体験したような懐かしさに包まれるとともに、少年たちの事件解決に向けた一途さと危なっかしさに、いつの間にかこの探偵団を応援していることに気づかされるのではないだろうか。

 

このように書くと、どこがミステリーなのかと思う向きもあるかもしれない。しかし、身代金目的の誘拐事件に対する少年たちの奮戦ぶり(彼らの果敢な謎解き、推理、行動等)によって事件は解決に導かれるのである。

 

ただ、先述したように学校生活が描かれているため、教室での教師と生徒とのやり取りなども描かれていて、授業参観しているような気分になり、1950年代のフランスの学校の教室の様子が窺えて、なかなか興味深い。また日本の学校にも勉強はできるがどこかひ弱なタイプの生徒、身体は大きいのに勉強はからっきしダメ。ガキ大将的でひ弱なタイプの生徒をいじめたり、利用したりする生徒などがいたのではないだろうか。

 

本書の少年探偵団メンバーもまさにそうした生徒たちである。ガキ大将のドミニックは北アフリカ料理レストラン経営者の息子。ドミニックからイワシの顔のようだからと「アンチョビ・フェース」とあだ名をつけられているエルンスト・ラジューは毛皮商人の息子。北アフリカから来た14歳の少年アリはドミニックの父親の店で皿洗いをしていて、学校の生徒ではないが、ドミニックからは「ババ・オ・ラム」(ラム酒漬けケーキ)とあだ名で呼ばれている。そして、日刊紙と週刊誌の2社の社長の息子で、ドミニックに気に入られようとしている成績抜群のノエル・ド・サンテーグルの4人である。

 

この小説は彼らが学校の休み時間に始めた目隠し鬼遊びで、ドミニックのいたずらから校庭の外の道を歩いていた大柄な目の不自由な人に目隠し鬼になっていたノエルがぶつかるように仕組んだことから事件は始まる。

まさか不自由な目が偽装で、ノエルを誘拐する誘拐一味としてノエルの動き見張っていたとは知らずに、この偽盲人がいつも連れていた犬がいなくなったのを知った少年たちは自分たちの小遣いを出すほか、必死の集金活動をして犬をプレゼントしようと動き始めるのである。そのような心優しき少年たちが学校の校庭の向かい側の通りに面した宝石店の2階の窓にボール紙のボードに暗号めいた文字が現れ、すぐに隠されたことに気づくのである。宝石店を襲う強盗団の連絡暗号ではないのか……。

 

その謎解きの結末を含めて、少年探偵団による誘拐されたノエル解放までの活躍ぶりは、是非本書で確かめていただきたい。

 

ところで、本書は確かにミステリー小説なのだが、作者のピエール・ヴェリーにはジュニア向けという執筆対象へのこだわりがあったと考えられる。

 

4人の探偵団は親の職業や社会的な地位などに関係なく、さらには民族の垣根をとっぱらい、学べる者学べない者もない、みごとに差別感のない少年たちを登場させていることは見逃してならないだろう。

 

また、学校の学期末の表彰式で歌う「ひばり」という歌の練習風景やこの歌が誘拐されたノエルの解放につながる重要な役割を果たしているのも、この歌がフランスの子どもたちにとって身近な歌だったからだろう。

 

さらには孤児院から養子縁組でサンテーグル家に引き取られたノエルは2番目のサンテーグル氏の妻からは実子の幼子がいるため、遠ざけられる。だが、ノエルが誘拐されたことからノエルを実の子として見るようになるのである。またガキ大将でノエルを冷たくあしらっていたドミニックがノエルの誘拐事件が起きるや自分が目隠し鬼遊びを始めたからだと激しく後悔したりするのも、作者が人間の持つ心優しさを伝えたかったからであろう。

 

私がこのように見る最大の理由は、誘拐されたノエル少年と誘拐犯の一味の一人であるトニーが二人とも両親の顔も知らないまま孤児院に預けられた同じ境遇だったことから親近感が生まれ、相手を互いに理解すればするほど、自分にとってかけがえのない友と思うようになっていく過程が実に細かく描写されているからである。こうして誘拐団の一味のはずのトニーはノエルを殺そうとする一味からノエルを守り抜こうとしていくのである。

 

このように見るなら、本書はミステリー小説なのだが、そのミステリー性ゆえに読み始めたら読者が途中で放り出せなくなり、最後までドキドキしながら読了させることをたくらみとした、ノエルとトニーの心温まる友情誕生物語と見ることも可能だろう。

 

(やぐち・えいすけ)

 

 

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