タイトル | 日本近代文学の潜流 |
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刊行日 | 2022年6月21日 |
著者 | 大和田茂 |
定価 | 5000円+税 |
ISBN | 978-4-8460-2176-4 |
Cコード | 0095 |
ページ数 | 528 |
判型 | 四六 |
製本 | 上製 |
内容
社会と文学と人と
1910~20年代の労働文学、民衆文学、プロレタリア文学を研究対象としてきた著者が、文学史の表層から隠れた深層を抉り出す!
1910~20年代の労働文学、民衆文学、プロレタリア文学を研究対象としてきた著者が、文学史の表層から隠れた深層を抉り出す!
著者紹介
1950年東京都豊島区生まれ。
法政大学大学院日本文学専攻博士課程退学。日本近代文学・社会運動史を研究。
職歴は、東京都立高等学校教員、法政大学・城西短期大学ほか非常勤講師。
著書『社会文学・一九二〇年前後』(不二出版、1992年)、『社会運動と文芸雑誌』(菁柿堂、2012年)。
編著書『一人と千三百人/二人の中尉 平沢計七先駆作品集』(講談社文芸文庫、2020年)。
共著『自由人の軌跡』(武蔵野書房、1993年)、『評伝平澤計七』(恒文社、1996年)、『フロンティアの文学』(論創社、2005年)、『経済・労働・格差―文学に見る』(冬至書房、2008年)ほか。
共編著『宮地嘉六著作集』全6巻(慶友社、1985年)、『社会文学事典』(冬至書房、2007年)、『大杉栄全集』全12巻別巻1(ぱる出版、2016年)ほか。
法政大学大学院日本文学専攻博士課程退学。日本近代文学・社会運動史を研究。
職歴は、東京都立高等学校教員、法政大学・城西短期大学ほか非常勤講師。
著書『社会文学・一九二〇年前後』(不二出版、1992年)、『社会運動と文芸雑誌』(菁柿堂、2012年)。
編著書『一人と千三百人/二人の中尉 平沢計七先駆作品集』(講談社文芸文庫、2020年)。
共著『自由人の軌跡』(武蔵野書房、1993年)、『評伝平澤計七』(恒文社、1996年)、『フロンティアの文学』(論創社、2005年)、『経済・労働・格差―文学に見る』(冬至書房、2008年)ほか。
共編著『宮地嘉六著作集』全6巻(慶友社、1985年)、『社会文学事典』(冬至書房、2007年)、『大杉栄全集』全12巻別巻1(ぱる出版、2016年)ほか。
目次
Ⅰ 近代文学の諸断面
『吾輩は猫である』とタカジアスターゼ
近代温泉医療の夢と挫折——ベルツ・田山花袋の伊香保体験をめぐって
鷗外「大塩平八郎」の読み方——野口存彌「森鷗外『大塩平八郎』を読む」にふれて
コロナ禍で、感染症と文学を考える——百年前のスペイン・インフルエンザ小説と今
「多分大杉栄氏の論文が悪るかつたのだらう」——『早稲田文学』最初の発禁問題の考察
『大杉栄全集』書簡篇余滴
スメルジャコフの憤怒——小説「奪還」のなかの〈里村欣造〉
関東大震災と文学
一、「空想」から現実へ——上司小剣『東京』四部作の曲折
二、土田杏村『流言』の先駆性
三、一〇月号はどうなったのか——月刊文芸誌などの発刊事情
円本文学全集と自筆「小伝」——経歴を語り出した作家たち
調べた小説の先駆——加藤一夫『村に襲ふ波』
中央線沿線のプロレタリア文学者たち
平林初之輔「五十年後の文学」の驚き
細田源吉のこと
〈シンガポール陥落〉寸前の華僑たち——中地清の小説『みなみ』
田宮虎彦と宮地嘉六
有吉佐和子『恍惚の人』再認識——痴呆症から認知症へ
「知の街」神保町への愛着——記憶の中から
かなしい水の物語——黒井千次「のびどめ用水」と杉本苑子『玉川兄弟』
Ⅱ 社会と文学をめぐって
一九一〇年代の一元論——大杉栄と平沢計七における「政治と文学」
日本の文学者はロシア革命にいかに反応したのか——片上伸を中心に
文学から、そして文学へ——堺利彦と一九一〇年代労働文学
一九二〇年前後の社会文学に見る大逆事件の底流——「事件」から一〇〇年と三・一一以後をめぐって
プロレタリア文学の出発点をめぐって——定説への反措定のための覚書
宮地嘉六——〈故郷〉への幻視
「体験派」の労働文学——宮地嘉六の場合
新井紀一における民衆と文学
〈棄教〉の文学——加藤一夫「見神」への挫折
プロレタリア文学作家への道——小林多喜二の初期
小田切秀雄の中の宮沢賢治——賢治の文学史的位置をめぐって
Ⅲ人と人と
唐沢隆三と中西伊之助——一枚の色紙から
追悼唐沢隆三氏——個人誌『柳』八六三号でついに終刊
慈父のような存在——北川太一氏を語る
高橋書店・高橋理氏を悼む
折々の思い出——小田原の小田切秀雄先生
プロレタリア文学研究の導き手として——祖父江昭二氏の思い出
やはり師であった——堀切利高氏と私
野口存彌さんとのおつきあい
超人・浦西和彦——氏のプロレタリア文学研究に導かれて
あとがき
初出一覧
人名索引
『吾輩は猫である』とタカジアスターゼ
近代温泉医療の夢と挫折——ベルツ・田山花袋の伊香保体験をめぐって
鷗外「大塩平八郎」の読み方——野口存彌「森鷗外『大塩平八郎』を読む」にふれて
コロナ禍で、感染症と文学を考える——百年前のスペイン・インフルエンザ小説と今
「多分大杉栄氏の論文が悪るかつたのだらう」——『早稲田文学』最初の発禁問題の考察
『大杉栄全集』書簡篇余滴
スメルジャコフの憤怒——小説「奪還」のなかの〈里村欣造〉
関東大震災と文学
一、「空想」から現実へ——上司小剣『東京』四部作の曲折
二、土田杏村『流言』の先駆性
三、一〇月号はどうなったのか——月刊文芸誌などの発刊事情
円本文学全集と自筆「小伝」——経歴を語り出した作家たち
調べた小説の先駆——加藤一夫『村に襲ふ波』
中央線沿線のプロレタリア文学者たち
平林初之輔「五十年後の文学」の驚き
細田源吉のこと
〈シンガポール陥落〉寸前の華僑たち——中地清の小説『みなみ』
田宮虎彦と宮地嘉六
有吉佐和子『恍惚の人』再認識——痴呆症から認知症へ
「知の街」神保町への愛着——記憶の中から
かなしい水の物語——黒井千次「のびどめ用水」と杉本苑子『玉川兄弟』
Ⅱ 社会と文学をめぐって
一九一〇年代の一元論——大杉栄と平沢計七における「政治と文学」
日本の文学者はロシア革命にいかに反応したのか——片上伸を中心に
文学から、そして文学へ——堺利彦と一九一〇年代労働文学
一九二〇年前後の社会文学に見る大逆事件の底流——「事件」から一〇〇年と三・一一以後をめぐって
プロレタリア文学の出発点をめぐって——定説への反措定のための覚書
宮地嘉六——〈故郷〉への幻視
「体験派」の労働文学——宮地嘉六の場合
新井紀一における民衆と文学
〈棄教〉の文学——加藤一夫「見神」への挫折
プロレタリア文学作家への道——小林多喜二の初期
小田切秀雄の中の宮沢賢治——賢治の文学史的位置をめぐって
Ⅲ人と人と
唐沢隆三と中西伊之助——一枚の色紙から
追悼唐沢隆三氏——個人誌『柳』八六三号でついに終刊
慈父のような存在——北川太一氏を語る
高橋書店・高橋理氏を悼む
折々の思い出——小田原の小田切秀雄先生
プロレタリア文学研究の導き手として——祖父江昭二氏の思い出
やはり師であった——堀切利高氏と私
野口存彌さんとのおつきあい
超人・浦西和彦——氏のプロレタリア文学研究に導かれて
あとがき
初出一覧
人名索引
関連書籍