『日蓮誕生——いま甦る実像と闘争』No.013

Ⅰ 日蓮の出自について

 

おわりに

 

はじめに、弟子の教線が親族に伸びたのと同様、日蓮自身の教線もまず親族に広がったと仮定した上で、法的な権利の執行を求める書簡から、日昭・日朗・池上宗仲と日蓮が親族関係にあると想定した。次に日昭に残る伝承と、日昭の母・妙一尼と日蓮との親密な関係から、日蓮は工藤祐経とその嫡子・伊東祐時につながる血筋だと考えた。

 

さらに、伊東の流罪先が日蓮の本貫地であり、身柄を預かった伊東祐光が親族である可能性を示すとともに、妙一尼との関係からも日蓮の父は伊東祐時であるとした。

 

伊東氏と千葉氏は、源頼朝が主導して婚姻を重ねている。日蓮は、千葉介頼胤やその子息と交流し、門下に千葉氏の親族や被官がいる。さらに日蓮が母に言及した書簡、富木氏の伝承、日蓮と富木氏の特別な近さ、富木氏が母の墓所を日蓮の草庵裏に設けた事実から、日蓮の母は千葉成胤の娘であると結論した。

 

日蓮の出身が安房とされる点については、光日尼に対する書簡などを通して、工藤光隆(吉隆)が乳夫であったと指摘した。

 

本論では触れなかったが、日蓮の血筋は源頼朝以来の将軍近臣につながる。門下も将軍家近くに広がり、日蓮一門は、それまでに歴史の表舞台から消えたかに見えた将軍派が再結集したような教団である。この立場に立つと、日蓮への圧迫は、将軍執権派と得宗御内派の抗争のうちにあったように映る。日蓮の視点は、鎌倉史に新たな光を当ててくれるが、これについては改めて論じたい。

 

追記

これまでなぜ日蓮の出自についての研究が進まなかったのか、について考えてみたい。一つは、もちろん史料の不足がある。

 

弟子が日蓮の書簡を集め始めたのは、没後のことだろう。その際、当然のことながら漏れたものがあることは仕方がないとして、なぜ日蓮が自身の肉親に宛てた書簡が含まれなかったのか。馬を扱うような日蓮の生活を支えた所領が必ずあったはずで、そこに宛てた文書も同様である。理由は、当時の弟子が求めたものは、日蓮の信仰に関する書簡であって、日常生活の細々としたものは必要としなかった、ということが考えられる。さらに日蓮の親族に対しては、弟子たちの遠慮が働いた可能性もあるにちがいない。将軍家に宛てた「大豆御書」や「初穂御書」と呼ばれる書簡が残されたのは異例といっていい。さらにいえば「刑部左衛門尉女房御返事」を除き、日蓮が門下たちへの書簡のなかで自身の実父母について語っていないことが挙げられる。これは当時、日蓮の出自は自明であって、日蓮自身も弟子も語る必要がなかったということではないだろうか。

 

一方、日蓮の書簡以外の文書や史料にも、日蓮の出自を示すものがない。伊東氏の系図もしかりである。日昭・日朗や池上氏について、かろうじて残った伝承が今回の考察の手掛かりにはなったが、それにも直接、日蓮の出自を示すものはなかった。これは後年、日蓮の親族が意図的に日蓮の存在を隠したか、日蓮が弟子・門下に語ることを禁じたか、あるいは双方の理由があったものと思われる。

 

日蓮が念仏を否定して題目の唱導をはじめたのは、父・祐時の七か月の喪が明けた後である。この時すでに日蓮は、自身の身に大難が襲うことを予測し、覚悟をしている。肉親にその難が及ぶことを恐れていたとすれば、日蓮の唱導が父の死後であったことも偶然とはいえない。一二六八(文永五)年一月に蒙古からの国書が届きながら、これを契機とした評定を求める上申書はなぜか十月中旬に提出している。これも十月三日の母の死後である。

 

日蓮没後間もなく一二八五(弘安八)年、霜月騒動を前に門下に対する弾圧があった。これに対する申し開きが「日昭申状」「日朗申状」として残っている。いずれも我々は天台の門弟であって叡山の嫡流である、というものである。当時の仏教界をすべて敵に回した日蓮とは、およそ掛け離れた主張で弾圧をしのごうとしている。この二人に象徴される動きは、ほかにもあったはずで、日蓮を失った教団には、幕府と真っ向から対峙できる力はなかった。幕政の中枢に同志的連帯を築きつつ、一方で妥協なき宗教的主張を押し通そうとする日蓮の姿は、日蓮ならではの政治的・宗教的な闘争であって、弟子といえども真似ができるものではない。日蓮自身は、そのことを十分に承知していたのではないだろうか。であれば日蓮が、肉親との関係をあえて断とうとしたとも考えられるし、肉親の方から日蓮との関係を伏せたとも考えられる。

 

日蓮の出自の研究が進まないもう一つの理由に、研究者の問題を指摘できると思う。日蓮の研究者は、大半が日蓮の信徒である。信徒が日蓮の研究をする場合、信仰の鏡をそこに求めようとする。おのずと正しい信仰・信者の姿とは、どういうものか。日蓮の宗教の本質はどのような体得・悟りにあるか、という視点になる。特に、日蓮の門下については、「この人は純粋な信仰を貫いた正しい人」、「この人は退転した悪い人」というような二元的な解釈から抜け出すのは難しい。象徴的なのが領家の尼に対する評価ではなかろうか。

 

日蓮の両親(または乳母)などが世話になったという領家の尼は、佐渡流罪を契機に日蓮のもとを一度は去るのだが、その後、弾圧が過ぎ去ると日蓮に曼荼羅を所望する。日蓮は、一度は退転した領家の尼に曼荼羅を授けることはできないが、代わりに一緒に住む嫁に曼荼羅を与えることとした。ここでいう領家の尼は名越朝時の妻で、名越の大尼と呼ばれた女性であり、嫁は二月騒動で討たれた名越教時の妻で、新尼と呼ばれていたという。このように日蓮の書簡を読んで矛盾はないはずなのだが、日蓮が世話になった領家の尼は愛すべき女性であり、名越の尼は日蓮に敵対した悪人であるとして、両者を別人と解釈するのである。そう解釈して、名越の尼を信仰上の反面教師にしようとする意図は、全面的に否定するわけにはいかない。しかし、そのような見方では、ある時は日蓮を信じ、またある時は裏切った人物に対して、それでも何とか救いの手を差し伸べようとする日蓮の苦悩が見えなくなってしまうのである。

 

歴史を専門とする研究者には、宗教とは関わりたくない、と思う人が少なくない。歴史的事実を提示しようとしても、信者の感情と合致しなければ無用な批判に晒されるからだ。特に、信徒が多く、批判を許さない教団を擁する宗教とは距離を取りたいという。

 

誠実な学問的研究の成果によって、日蓮の信徒がむしろ信仰心を強めることができるのであれば、これまでの陥穽から抜け出して日蓮の実像に迫れるにちがいない。

 

—次回11月1日公開—

 

バックナンバー 日蓮誕生

 

 


好評発売中!

関連記事

「二十四の瞳」からのメッセージ

澤宮 優

2400円+税

「西日本新聞」(2023年4月29日付)に書評が掲載されました。

日本の脱獄王

白鳥由栄の生涯 斎藤充功著

2200円+税

「週刊読書人」(2023年4月21日号)に書評が掲載されました。

算数ってなんで勉強するの?

子供の未来を考える小学生の親のための算数バイブル

1800円+税

台湾野球の文化史

日・米・中のはざまで

3,200円+税

ページ上部へ戻る