本を読む #049〈生田耕作とベックフォード『ヴァテック』〉

㊾生田耕作とベックフォード『ヴァテック』

                                         小田光雄

 

 思潮社の『思潮』は第6号で終刊となったけれど、菅原孝雄が1972年に設立した牧神社のやはり季刊誌『牧神』へと引き継がれていく。「表紙・目次・本文レイアウト」は『思潮』と同じく清原悦志が担当し、内容も同様に特集形式を採用したのである。

 

 この『牧神』は6号で終わった『思潮』と異なり、12号までは出たはずで、それだけは残っていたこともあり、中村文孝『リブロが本屋であったころ』(「出版人に聞く」4)で取り上げている。この号の特集は「人間の棲家―建物の生理学」で、編集人が堀切直人だったこと、また19社に及ぶ共同広告、おそらく小出版社同士による交換広告に言及し、当時の文芸書の小出版社状況にふれている。そこには本連載の国書刊行会、月刊ペン社、創土社、イザラ書房も見られるが、ここではそれを繰り返さない。

 

 菅原は『本の透視図』の中で、『牧神』第1号に平井呈一と生田耕作の山の上ホテルでの対談を掲載したと述べている。その理由のひとつとして、「ふたりが翻訳の達人として共通していたこと」を挙げているが、それだけでなく、「意外なことにご両人の実家のご商売が、料理や食べ物を扱うのをはじめて気づいた。ことばに対する細やかな、職人的な配慮は、なにかそんなことで共通していたのではないか」とも付け加えている。これはとても重要な指摘のように思えるし、優れた翻訳言語は味わうに価するし、それは平井と生田の翻訳が体現していたからだ。

 

 本連載で既述してきたように、菅原は『思潮』などを通じて平井や生田の面識を得て、牧神社を設立したことで、二人が企画や翻訳のブレーンのような存在になっていたのだろう。平井の場合は前回の『アーサー・マッケン作品集成』、生田はベックフォードの『ヴァテック』の刊行だった。これはウォルポールの『オトランド城綺譚』と並ぶゴシック・ロマンスである。だがそれは1932年に矢野目源一訳、春陽堂の「世界名作文庫」の一冊として出されていた。この翻訳はとても優れたものだったので、生田によるマラルメの「序」の訳、及び春陽堂版の「補訳・校注」、別冊「ウィリアム・ベックフォード小伝」を付し、1974年に刊行の運びとなった。

 

 私の手元にある『ヴァテック亜刺比亜譚』は普及版2000部、2500円の一冊だけれど、二重函入、A5判上製での見事な造本で、これは未見だが、特装本のすばらしさがうかがわれる。外箱カバー表紙にはつぎのような一文が記されている。

 

 物語は大空が読まれる高塔の頂きで始まり、地下の魔界深く降りて終る。想像力の誇らしい飛躍とマラルメが語る本書は珍籍であると同時に、異端文学の聖書であり、悪を語って最もおそるべきゴシック・ロマンスの最高峰をなす。旧態の妙味を生かした訳業が初めてここに完成した。

 

 『ヴァテック』の「物語は大空が読まれる高塔の頂きで始まり、地下の魔界深く降りて終る」との言は、マラルメの「序」にあるものだが、実際のそのように始まり、終るのである。教王ヴァテックは聡明で美貌を有していたけれど、女色と美食に溺れ切り、あらゆる官能の充足とこの世の外のものへの好奇心をたぎらせていた。ある日、異相の男が宮殿を訪れ、様々に不思議な品物を見せるが、説明を拒み、姿を消してしまう。王は激怒し、正気を失ってしまったように見えた。そのうちに母で魔女のサマラアにそそのかされ、殺人、放火などの悪行を繰り返し、地下の宝物の世界をめざす旅に出る。そして悪徳と冒瀆の限りを尽くし、魔王エブリスの地下宮殿で、神に背いた罪は罰せられ、ヴァテックたちも炭火と化した自らの心臓から手を放すことができず、地獄の炎に灼かれていくのである。この最後の地獄のシーンはピラネージの監獄の版画からイメージが想起されたと伝えられ、牧神社版『ヴァテック』も表裏見返しにそれを掲載している。

 

 『ヴァテック』と作者のウィリアム・ベックフォードに関しては、澁澤龍彦の「バベルの塔の隠遁者」(『異端の肖像』桃源社、1967年)などで描かれていたが、ここで本格的にその作品と小伝が提出されるに至った。ベックフォードは政界の名士、ロンドン市長を父として、1760年に生まれ、父は西インド諸島の農園経営と奴隷売買で巨万の富を築き、彼が10歳の時に亡くなったので、多大な遺産を残した。その一方で、ベックフォードに英才教育も施し、語学と音楽には卓越した才能を示し、政治には不向きだったけれど、徹底した自己中心主義者、快楽追求者となった。『アラビアン・ナイト』を耽読し、イスラム世界の文献収集に励み、自らを教王になぞらえ、魔術的東方へ憧れ、ゴシックロマンに新たなオリエンタリズムをリンクさせ、『ヴァテック』を仕上げたということになろうか。

 

 その私生活における古めかしいゴシック様式の大伽藍の建築、具体的にいえば、領地の周りに12フィートの囲い壁を張りめぐらし、285フィートの塔を具えたフォントヒル・アベイは生田の「小伝」などを見てほしい。それと関連して思い出されるのは、セジウィック『男同士の絆』(上原早苗他訳、名古屋大学出版会)において、指摘されていたゴシックロマンの作者たちとホモセクシャルの関係で、これもまたゴシック建築にまつわるひとつのメタファーのように思える。

 

−−−(第50回、2020年3月15日予定)−−−

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