矢口英佑のナナメ読み #010〈『荷風と玉の井 「ぬけられます」の修辞学』〉

No.10『荷風と玉の井』

 

矢口英佑〈2019.5.20

 

 本書の書名に見える「荷風」「玉の井」「ぬけられます」から、ごく当然のように「濹東綺譚」に結びつけていく人は、それなりに明治以降の文学に親しんできた人たちにちがいない。あるいは「ぬけられます」と「玉の井」が結びつき、実体験としてこの時代の匂いと雰囲気を思い起こす人もいるかもしれない。しかし、後者は極めて少数だろうし、前者のような人でさえ、ほとんどが活字や画像を通しての知識しか持ち合わせていないのは明らかである。なぜなら玉の井が消えて74年が過ぎようとしているからである。

 

 玉ノ井とは、東京が近代都市へと改造されていく大正時代から1945年(昭和20年)まで、現在の東京都墨田区東向島五丁目、東向島六丁目、墨田三丁目(旧東京市向島区寺島町)にあった私娼街である。1930年代まで地名としてあった「玉の井」は通称として使われてきていたものである。もともとは東京の近代都市化計画のなかで、浅草にあった銘酒屋(めいしや)という、表向きは居酒屋、実態は売春屋が移ってきたものだった。

 

 ところで、著者には、「荷風」とは、作家の永井荷風であり、「玉の井」とは、風俗産業で男を相手に生活の糧を得ていた女性たちの稼ぎ、住んでいた地域の名であり、「ぬけられます」とは、その地域に出ていた道案内の看板であり、「濹東綺譚」とは永井荷風が書いた小説、といったような批評の姿勢があるように見受けられる。その批評姿勢は、実に懇切、丁寧な説明、解説に徹している。それというのも、著者は極めて手堅く、一つ一つの資料にあたり、足場をきちんと固めながら、有効と判断された資料を使い、著者がこれまた有効だと判断した分析手法によって、対象に分け入っているからである。

 

 なぜこうした批評姿勢となったのか。それは本書の「あとがき」の著者の声から、いみじくも聞こえてくる。

 

 どうしても気になる作品というものがある。私の場合、永井荷風の『濹東綺譚』がそれであった。最初に読んだのは大学入学後すぐの頃だったと思う。新潮文庫で読んだ記憶がある。「面白かった」、「感動した」といった感想は一切持つことができなかった。小説家である「わたくし」の作品「失踪」が作中に引用されはするものの、結局、その作品の結末が記されることもなく、また「わたくし」と「お雪」の顛末もわからない。(中略)これまで抱いたことのない中途半端な読後感が残っただけだった。気を取り直して、挿画が全点収録されている岩波文庫を購入して読み直したが、今度は木村荘八の挿画があまりにも個性的で、荷風の本文と照らし合わせるよりも、独立した絵画作品として鑑賞してしまった。そのために、図像として私娼街玉ノ井が強烈に印象に残り、街への興味がかきたてられた。東向島に行ってみたりもした。こうなると、自分が一体何を読んでいるのかわからなくなってきてしまい、作品に対してますます混乱の度を深めていくこととなった

 

 永井荷風の『濹東綺譚』に取り憑かれた著者には、荷風が玉ノ井を「迷宮」(ラビラント)と評していたが、『濹東綺譚』という作品世界そのものが、「迷宮」化してしまったようである。

 

 その混乱を整理し、「迷宮」から抜け出そうと、著者がさまざまな道筋をたどっての地道な努力の結果が、本書に収められた一連の論考と言えるだろう。

 

 整理がつかない『濹東綺譚』の作品世界から明瞭な理解が得られるようにするためには、荷風の他の作品、特に『濹東綺譚』に流れ込むと思われる作品に着目するのは、一つの方法にちがいない。本書では、第一章に「永井荷風の「復活」——『つゆのあとさき』と女給」、第二章に「ヒモと金の〈物語〉——『ひかげの花』と私娼」を置いていて、私が指摘したように、実に手堅く足場を固めようとしている著者の批評姿勢がよく現われている。

 

『つゆのあとさき』は荷風が毎夜のように銀座のカフェーに通いつづけた経験から、そこで働く一人の女給を描いた物語であり、『ひかげの花』は私娼とそのヒモの物語であり、金への欲望にとりつかれた人間が描かれていると著者は結論づけている。

 

 都会にへばりつくようにして、男の欲望のはけ口を受けとめることを生業とする女性たちに荷風の目が強く向けられ、作品としてどのように描かれているのかが論じられているわけで、当然、第三章では『濹東綺譚』が取り上げられるだろうという推測はつく。

 

 ところが、ここでも著者の足場を固め、みずからの認識を確かなものにするかのように、「第三章 『濹東綺譚』の読まれ方——研究史概説」として、『濹東綺譚』の内側には踏み込まず、手堅く周縁からのこの作品の読まれ方が論じられていく。ただし著者は、みずからの確認作業だけをおこなっているのではない。研究史を概説しながら、今後の荷風研究や『濹東綺譚』の読まれ方の可能性にも言及している点は見逃してはならないだろう。

 

 第四章では荷風がなぜ、どのように玉ノ井という地域に関心を向けるようになったのかを、1917年(大正6年)9月16 日から死の前日の1959年(昭和34年)4月29日まで書き続けられた彼の日記(『断腸亭日乗』)と『寺じまの記』を足がかりに解き明かしていく。

 

 そしてここでも著者の一つの確認作業が行われている。

 

 荷風の玉ノ井への認識は『濹東綺譚』ばかりでなく、『断腸亭日乗』と『寺じまの記』を、同一の水準で再読することで、初めて理解することができる

 

という結論である。

 

 本書は「あとがき」に記されているように、「自分が一体何を読んでいるのかわからなくなってきてしまい、作品に対してますます混乱の度を深めていくこととなった」著者が、『濹東綺譚』を理解するためにたどってきたこれまでの成果集と言えるだろう。それとともに著者は、

 

 「つゆのあとさき」や、「濹東綺譚」は、銀座や玉ノ井といった都市空間や、当時の風俗が描かれた作品として、荷風の都市観察の総決算的な意味合いが強い。本書で注目したいのも、まさしくこの都市空間と、風俗の描写である。(中略)荷風の都市観察の頂点を示す、玉ノ井へのまなざしのありかたは、当時の玉ノ井の代表的な図像である「ぬけられます」を中心に据えて分析することで明らかにすることができるだろう」(「はじめに」)

 

と述べていて、その関心は『濹東綺譚』に登場する「お雪」などの人物ではなく、都市空間のなかでも、極めて特殊な地域・玉ノ井に向けられている。

 

 それだけに今は消えてしまった玉ノ井への著者の関心は並々ならないものがあり、政治学、図像学、地政学といった分析手法を駆使して読者の前に解き明かしていくのである(第五、六、七章)。ここでも著者の分析は実に堅実である。

 

 本書を手にした読者は、あるいは永井荷風の描いた玉ノ井へ足を踏み入れてみたい、と叶わぬ願望を抱かされることになるかもしれない。

 

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〈次回、2019.5.30予定『幸徳・大石ら冤罪に死す』〉

荷風と玉の井』 四六判上製256頁 定価:本体2,200円+税

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