本を読む #064〈近代社と日夏耿之介〉

(64) 近代社と日夏耿之介

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  小田光雄        

 

1976年7月の『牧神』6の「広告のページ」の牧神社の最後のところに、『奢灞都』復刻が告知され、そのコンテンツと寄り添うようにして、由良君美の推薦文というよりもオマージュが寄せられている。

 

 日夏耿之介先生の毒素は、ここに極まれり、といいたいほどの、物凄い雑誌だった。

燕石猷の「オシアン鈔」など、この同人誌の水準の高さを教えるものといえるだろう。《日本世紀末》の粋の粋が、この『奢灞都』に集約されている。

《日本の世紀末》—それは、昭和盛期の直接の源泉ではなかろうか。そして日本世紀末の一つの凝められた言語芸術の粋は『奢灞都』のなかに集約されているのである。

 

この全十三冊の復刻版は76年4月に出され、限定300部、定価3万5千円だったので、手が出なかったし、牧神社倒産以後も古本屋であまり見かけなかったように記憶している。入手したのは5年ほど前で、古書価の暴落もあってか、確か5千円だったと思う。だが入手が遅れてしまったのは幸いでもあった。ここではそのことを書いてみたい。

 

『奢灞都』の内容と同人に関しては由良のオマージュに加えて、『日本近代文学大事典』の解題、及び拙稿「ポオ『タル博士とフエザア教授の治療法』、南宋書院、涌島義博』(『古本散策』所収)も参照すれば、さらに立体的になるのだが、紙幅がない。また「別冊解説」の「総目次」による内容紹介、城左門「『奢灞都』とその同人たち」に基づくそれらのプロフィルにも言及したいけれど、それも長くなってしまうので断念するしかない。由良のオマージュにしても、「別冊解説」の「奢灞都欹聞」の抜粋だとわかるし、井村君江の「解題」にしても言及したいが、これらは次回に譲るつもりだ。

 

さてここで書いておきたいのは、大正13年8月の『東邦芸術』創刊号に始まり、第3号から『奢灞都』へと改題され、昭和2年に第13号をもって終刊となった同誌の流通販売史なのである。そしてそれらを通じて浮かび上がってくる大正時代の出版の謎の解明ということになる。

 

まず『東邦芸術』と『奢灞都』の編輯所と発売処の推移をたどってみる。『東邦芸術』創刊号は編輯所が東邦芸術社、発売処が近代社、第2号から5号までは発売拠が泰文社、第3号から4号までは編輯所が奢灞都社、第5号から9号までは奢灞都館、第6号から9号までは発売処が仏語研究社、第10号から13号までは編輯兼発売拠が奢灞都館となっている。

 

奥付編輯者は第3号までが稲並昌幸=城左門、後の城昌幸、発行者は石川道雄だが、第4号以降は石川が編輯兼発行者で、「奢灞都南柯叢書」第一編のホフマン『黄金宝壺』の訳者ある。幸いにして石川は『日本近代文学大事典』に立項され、明治33年生まれ、東大独文科卒、詩人、独文学者、山宮允主宰の鈴蘭詩社同人で、初期の詩は『緑泉集』(大雄閣)に収録とある。それで『奢灞都』第4号に山宮、石川などの合著として旧「鈴蘭」同人詩集『緑泉集』が広告掲載されている事情がわかる。

 

だが『東邦芸術』と『奢灞都』において注目すべきは近代社との関係である。『東邦芸術』創刊号の発売処が近代社だと前述したが、『奢灞都』第4号裏表紙一面に同社の『世界短篇小説大系』全16巻、第9号にも同じく『世界童話大系』全22巻の予約募集の広告が出されている。

 

前著に関しては拙稿「近代社と『世界童話大系』」(『古本探究』所収)、後者については『近代出版史探索』161で「吉澤孔三郎と近代社『世界短篇小説大系』」、また『近代出版史探索Ⅴ』991でやはり「近代社『神話伝説大系』」に言及している。だが吉澤の近代社が新潮社との共同出版である大正13年の『近代劇大系』全16巻から始まっていることは判明しているけれども、古澤のプロフィル、新潮社との関係、近代社の背景などはほとんどつかめていなかった。それは近代社が昭和2年の円本『世界戯曲全集』全40巻の失敗によって、わずか4、5年で出版界から退場してしまったことに起因していよう。その後吉澤はまったく出版と関係のない半生を送ったようで、彼の遺族もまたそうした事実を知らず、彼の死後に近代社に携わっていたことを知ったという。

 

しかしここに至って、思いがけずに近代社が『東邦芸術』の発売処だったこと、『奢灞都』に『世界短篇小説大系』と『世界童話大系』の広告を見るに及んで、ようやく近代社の企画出版、翻訳者人脈の一端が浮かび上がってくるように思われた。それは日夏耿之介門下の人々、『東邦芸術』『奢灞都』に集った文学者たちであり、その一例を挙げれば、『世界童話大系』で全3冊となる『一千夜譚』は他ならぬ日夏訳となっているけれど、このような背景を知ると、3千ページに及ぶ翻訳は彼一人でなされたものではなく、門人たちを総動員させた翻訳と見なすのが妥当であろう。

 

だがどのようにして、近代社の吉澤と日夏たちが結びついたのかは依然として定かではない。

 

—(第65回、2021年6月15日予定)—

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