矢口英佑のナナメ読み #037〈『約束』〉

No.37 『約束』

矢口英佑〈2021.3.17

 

 本書に足を踏み入れた際、そこに広がるのは紛れもなく「自伝」的世界であり、自分語りによる自分史が記されていくのだろうと予想するのは、私だけではないだろう。

 

 この予想は正しかったとも言えるし、誤っていたとも言えそうである。つまりノンフィクションとフィクションの境目がはっきりしないため、読み手の立つ位置が〝虚と実〟の間で揺れ動き、名状しがたい不安定感がまとわりつくからである。

 

ただ、私の独断を許していただくなら、このような手法を著者が作品世界の構想段階で綿密に組み立てていたとは思えない。また、この作品には執筆当初から特定の読者が想定されていて、そうした人びとへの自分語りによる自分史の確定と確認作業がもくろまれていたように思える。その中の一人が学生闘争の中で知り合い、著者の精神的な支えにもなった人物であり、本書で重く取り上げられている「死者の鞭」という詩の作者でもあり、さらに本書の解説を書いている佐々木幹郎氏だろう。

 

 重ねて断っておくが、以上は私の独断である。ただし、私の言う「名状しがたい不安定感」とは、決してマイナス評価として持ち出したものではない。言い換えれば、本書の世界にとどまる限り、常に緊張感が伴うのである。それは、一人の人間がその人生を輪郭正しく生き続けることの苦しさが滲み出ているとともに、著者の行動を支えた思想的な営為の過程と蓄積が幾層にも重ねられて披瀝されているからである。

 

 そのため本書には少なくない読書ノートとも、研究ノートとも呼べるような著者が傾倒、ないしは強い関心を抱いた書物やその作者たちへの思いが綴られている。また高校時代以降、著者と深く心を通わせた友人、知人たちとの時には楽しく、時には緊張した交流と〝自分が自分として生きていく〟ために、影響、感化された人物たちへの評価が著者の自分語りのなかで記されていく。

 

 本書が読み手に緊張感を与えるのは、著者が語る自分史の時代とも大きく絡んでいることは見逃せない。戦争と動乱の時代に生まれ、敗戦後の混乱の中で青春期を送った詩人・大学教育堀川正美の「新鮮で苦しみおおい日々」という詩で「時代は感受性に運命をもたらす」と詠んだ詩句を、著者は引用しながら次のように語っている。

 

 共通の時代を生きても人はだれも固有の体験しか生きない。そして、体験を振り返るその人特有の癖のようなものが、長年の間に神経細胞の独特の伝達経路を作り上げていく。同じ時代を生きてもその人にしか感じられない特有の感受性を形作っていく(中略)一九六七年前後の時期だったと思う。この頃に私と時代との宿命的な出会いがあり、この言葉に背中を押されるようにして時代の奔流の中に入っていったのだった

 

 著者にとっての「時代との宿命的な出会い」とは、1967年10月8日、佐藤栄作首相(当時)の南ベトナム訪問に反対する学生デモが羽田空港で起きたことだった。それは当時、アメリカが北ベトナムと戦っており(ベトナム戦争)、佐藤首相の南ベトナム訪問は日本のベトナム戦争加担に突き進むとして起きた「佐藤訪ベト反対闘争」だった。

 

 このデモで山崎博昭という京大生が亡くなった。この時、著者は女子大生10名と男子学生10名との合同ハイキングに参加していた。デモではなく合同ハイキングを選んだ著者は、恥と罪意識がないまぜになった感情に捉われ、学生運動の活動家となっていくのである。

 

 著者が学生運動の活動家となっていった時代は、1964年に東京オリンピックが開催され、その後、日本は高度経済成長時代へ突入する一方、さまざまな社会的問題や矛盾が露呈し始め、国民の間には政府への不満が膨らんでいっていた。労働者や学生たちはデモという行動手段で次々に政府、権力執行者への抗議行動を起こしていた。また全国の多くの大学で大学のあり方や教育に疑問を抱いた学生が大学校舎を占拠し、バリケード封鎖する激しい大学闘争も起きていた。

 

本書に記されている著者が加わった抗議行動だけでも、アメリカの原子力空母エンタープライズの佐世保寄港反対闘争、成田国際空港建設反対運動の三里塚闘争、ベトナム戦争で負傷したアメリカ兵の治療を目的とした病院を王子に作ることに反対した王子野戦病院闘争、ベトナム戦争の後方支援となる爆撃機の修理をしていた会社への反戦デモ、東大の安田講堂闘争等々があり、著者は「私は授業にはほとんど出ず、街頭デモや学内でのビラまき、自治会や生協理事会を握る党派との論争や小競り合い、教授会への乱入など、とても忙しかった。忙しくしていないと自分の気持ちが漂流しそうだった」と回想している。

 

 著者にとって1967年10月8日の羽田での山崎博昭の死は、その後の人生に決定的な刻印を打ちつけた。「当時も今も、私は一九六七年十・八のデモ隊の側に、歴史の必然、歴史の真実があったと判断している。自らの軀を矛にも盾にもした行為の突出にこそ意味があったのだと思っている」と記している。

 

 当時、大学闘争でのリーダー格の多くが逮捕、起訴、裁判という道筋をたどったが、著者も例外ではなかった。そして、まだ裁判が続く1970年始めに同じ大学・学科の1年下級生だった女子学生と図書館で言葉を交わすようになる。ヘミングウエイと三島由紀夫についてが、そのきっかけだった。

 

 私とM子は、一九七〇年の二月に初めて口をきいて六月には一緒に暮らすようになっていた。何かに急き立てられるかのように短い期間に急速に接近した(中略)M子の両親は、私たちに同居の条件を約束させた。M子が大学を卒業すること。きちんと結婚すること。私がまじめに働くこと。の三つだった

 

 本書の書名が「約束」であり、M子の登場となってようやく書名の意味に迫り始めるのだが、このあたりからの自分史には更なる緊迫感に覆われた告白の色合いが強まる。人間の心の闇の深さを前にした苦悩が著者を襲い始めてくる。

 

 二人の新しい生活は、二人にとって何が自立か、を巡って早くもズレが生じていた。一方で、1970年11月に三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をしたその夜、M子が三島由紀夫の『豊穣の海』4部作の第2部『奔馬』の末尾を書きつけた文章を見せた。それは主人公が割腹自殺する箇所だった。そして、著者はなぜ男は割腹自殺などするのかというM子の問いに答えられなかった。

 

「ええんよ、そんな困った顔せんでも。言いたくなかったらええの」M子は哀しそうな声で言った。「あなたは死なんといてね」

私は死ななかった。一九七一年二月五日、M子が死んだ。部屋の窓と襖に目張りをし、ガス自殺した

 

 何らかの精神的な重圧がM子を自殺に追い込んだ。「M子の発作は私という存在への根源的な拒否の身振りなのではないか?」と著者はみずからを責めもしている。

 

 離れていると不安でたまらないのに、一緒にいるともっと不安でお互いの心を閉ざし合うために軀を求め合う。辛い数週間が続いた。いつも不安だった。二人して見えない不安を煮る鍋の中に閉じ込められ、いつも不安と一緒に煮詰められていた。そして、ある日突然、不安が形になった

 

  著者はM子の両親との3つの約束を果たせなかった。そして、自殺の真の理由がわからないだけに懊悩を繰り返していくのである。そのようなときに古井由吉の「杳子」という小説と出会い、M子を「杳子」に重ねて読むことで、「人が人を愛し信じようとすることには、あえかな希望を託す値打ちがあるんだ、という生への希望」をこの小説からくみ取る。こうして著者は

 

 「M子の生の輝きを生き生きと匂い立つように思い出し続けよう。私が生きてM子を思い出し続ける限り、M子の生の痕跡は残り続ける。生きよう。生かそうM子の思い出を。かすかな輪郭だけの感じに細っていこうとも」と生き続けることを決意する。

 

 とはいえ、M子の死の理由は依然として謎のままだった。M子の死を考え続ける著者は自問を繰り返し、答えとならない自答を繰り返していく。この間に両親を始め、著者を励まし、生活の場に引き戻してくれた知人たちの死と直面していく。M子の死が常に心に濃い灰色の靄となって立ち込め続けている時、吉本隆明のみずからの体験から導き出した「死は自分に属さない」という言葉に慰められていく。

 

 しかし、「死は自分に属さない」との思いに至ったとしても、M子の死から解き放たれたわけでもなく、乗り越えられたわけではなかった。

 

では、書名の「約束」とは? その意味が明らかになるのは、ノンフィクションとフィクションの境目がもっとも不透明となる本書の末尾である。

 

 著者がハワイに旅行したおり、スノーケルで海に潜りイルカと戯れ「呼吸を止めていることを忘れていた。もう三分は経っている。おかしい、これは夢だな。そう思い始めた時、闇が蠢いた。私が包まれた光の球体に闇の一部が突き進んできた。その変形した光と闇の境目にM子が現れた」

 

 みずからが死の淵をさまよい始めたときに現れた人物がM子だった。そのM子は1971年の正月に帰省した時の振袖姿で正座し、著者を直視していた。そして、聞こえてきた言葉は「もう、ええよ」「あなたはあなたの人生を生きて。私のことは私に任せて。約束でしょ」だった。

 

 一人の女性の死が著者にいかに大きな懊悩をもたらし、苦悶と葛藤を繰り返す精神の歴程には、まさに濃い灰色の靄が晴れることはなかったにちがいない。語るに語れない、文字にしようにも文字にできない精神の歴程の辿りついた今、本書が生まれたのである。

 

(やぐち・えいすけ)

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