矢口英佑のナナメ読み #048〈『殺人は自策で』〉

No.48『殺人は自策で』

矢口英佑〈2022.3.21

本書は「論創海外ミステリ」シリーズの279冊目である。そして、事件の謎を解く主人公は海外のミステリーについて多少知識をお持ちの方なら、たぶんご存じの探偵であるはずだ。ネロ・ウルフである。ネロ・ウルフとくれば、シャーロック・ホームズのワトソンよろしく、アーチ-・グッドウィンがウルフの助手として常にそばにいることもご存じだろう。

 

この二人が活躍しないことにはネロ・ウルフの探偵小説譚は成立しない。本書でも二人三脚、以心伝心で殺人事件を解決する。だが、いつも思うのだが、この二人の関係は暖かいような冷たいような、親しいような親しくないような、仲が良さそうな、そうでないような、といった感じで、常にクールな空気が小説世界全体を包み込んでいる。

 

しかも、このネロ・ウルフはとにかく動かない。外出が嫌い、乗り物が嫌いとくれば、およそ探偵に相応しくない。闇に閉ざされ、複雑に絡んだ糸をほぐしていくためには、何よりも行動し、自分の目で確かめ、証拠の積み重ねが求められているはずの探偵という職業にはあまりにも不向きと言える。

 

このようなキャラクターを創造した作家のレックス・スタウトには他の小説世界の名探偵とは異なる意外性を出したかったという狙いがあったにちがいない。たとえば、イギリスの推理小説家アーネスト・ブラマ(1868〜1942)が生み出した名探偵のマックス・カラドスは盲目という設定であったことがよく知られているように。

 

太ったウルフが家に閉じこもり、ひたすら蘭の栽培に熱中しながら難事件を解決するためには、ウルフの手足となって縦横に動き回り、ウルフよりは劣ると自覚しながらも、鋭敏な頭脳と判断力を持つ助手のアーチ-・グッドウィンなしにはあり得ない。その意味では彼も優れた探偵であり、事件の核心に迫っていく彼の推理、判断が重要な役割を果たすことになる。また本作でもそうだが、アーチ-・グッドウィンのウルフに対する畏敬、尊敬の念があるからこそ抱くにちがいない同情、不安、不満、批判等々、さまざまな感情や思いからのつぶやきは小説世界の薬味になっている。特に本書は長編であるだけに、この薬味も十分に堪能できる。

 

そして、これまたネロ・ウルフの世界に足を踏み入れると、専用のシェフまで置いている美食家のウルフだけに、さまざまな素材で手の込んだ料理が名シェフのフリッツによって作られる。さぞかし美味なのだろと思いつつ、そうした料理を毎日食べているウルフが太って巨漢なのも頷けるのだが、読者としては生活習慣病は大丈夫なのか、などと余計な心配までしてしまう。

 

ウルフを主人公とする小説でもう一人忘れてならないのがニューヨーク市警クレイマー警視である。この二人の会話には読者もなぜかピリピリしてしまう場面も少なくない。いざとなれば警察権力を大いに駆使できる者と私立探偵という警察側から見れば、勝手に事件に首を突っ込んできている余計者とでの立場のちがいが鮮明であり、彼らの会話の端々からそれを読み取ることができるからである。ウルフにしても一介の私立探偵に過ぎない弱い立場であることは重々承知している。そのため時には下手に出たり、時には掴んでいる情報で取引きしたり、時には高圧的に出たりと、その駆け引きはなかなかお見事と言うしかない。クレイマー警視が見せる高圧的であったり、横柄であったりする姿勢をウルフが許容するのは、二人とも犯人逮捕という共通の目的があるからで、一見、不仲に見えながらも、この二人には他人には理解しづらい不思議な信頼関係さえ生まれている。

 

こうしたネロ・ウルフが本書で取り組むのは盗作訴訟をめぐっての殺人事件である。盗作と訴えられたそれぞれの作品の作者たちには無論、身に覚えはないという。こうして出版社や当該作品の作者たちは盗作問題合同調査委員会を組織し、ウルフに詐欺犯の割出しを依頼する。

 

盗作だとし多額の賠償金を請求され、虚偽にもかかわらず信頼を失うことを恐れて要求を飲んでしまった作家がいたことで味をしめた犯人は、次々に詐欺事件を画策したのだった。

 

一般的に盗作とされる場合、一部分であることが多く、黒白をつけるのはそう簡単ではない。それだけに著述に関わる者は取り上げるテーマや表現、さらには結末などにはかなり神経を使わなければならない。ひょっとすると何かを読んで得た表現などを使っている可能性がないとは言えないからである。しかし、それでも似たような内容や表現、結末は起こり得る。そうした事情はネロ・ウルフ生みの親であるレックス・スタウトも知り尽くしていたはずで、それが本作品誕生のきっかけになったと思われる。ただし、盗作問題だけではミステリー小説にはなりにくいのは言うまでもなく、本作品でも連続殺人事件としてウルフとアーチーが活躍する舞台が次第に整えられていく。

 

今回の事件でウルフが犯人に迫っていくために目をつけたのが〝文体〟である。犯人が損害賠償を請求する根拠とした三つの掌編をウルフが丹念に読み込むことで、訴えた相手を突き止めようとしたのである。ではウルフは文体のどこに目をつけたのか。ウルフの言葉を借りれば「本質的な証拠——言葉の使い方、構文法、段落分け——は偽装しようがありません」

 

その結果、三つの掌編はすべて同一人物が書いたと断定することになる。ところが盗作として訴えた作家たちの作品も読み込んだウルフの結論は、訴えた作家たちが書いたものではないという。

 

盗作による賠償請求の犯人割り出しが単純でないことをウルフから告げられた盗作問題合同調査委員会の面々が考え出した犯人割り出しの方法は、訴えた作家たちの

 

 「だれかに、白状すれば二万ドル出すって持ちかけるんだよ。請求のもとになった掌編をだれが書いたのか、どうやって原稿を忍ばせたのか……一切合切だ。裏付けの証拠も一緒に。そこは簡単なはずだ。相手には訴追されないこと、不正に受けとった金の分け前の返済を求められないことも、保証する」

 

というものだった。

 

だが、この方法が連続殺人事件を誘発することになってしまい、ウルフにも読みの浅さを後悔させていく。

 

それにしても文体から詐欺犯を割り出そうとしたウルフの着眼点がいかに有効であったのか、殺人を繰り返さなければならなくなった犯人に次のよう言わせている。

 

 「掌編を書くときにちがう文体を使わなかったなんて、自分がどんなにばかだったか、そのときわかったんです。(中略)わたしは自分に文体があるなんて本当に知らなかったんです。文体があるのは、優れた作家だけだと思っていたので。でも、わたしはばかでした。それがわたしの大きなまちがいでした」

 

本書には犯人割り出しに〝文体〟という変わった道具立てが使われているが、もう一つ変わっているのは、作者がウルフの助手のアーチ-・グッドウィンの口を借りて読者に犯人割り出しを持ちかけていることだろう。小説世界の登場人物から生身の読者に謎解きを促すなどミステリー小説だからこそできる手法なのかもしれない。

 

それでは犯人は誰なのか? あなたはこのミステリー小説の中途で犯人にたどりつけるだろうか。是非ともお試しあれ!

 

 

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